第2話 俺達兄妹ですけど


「今日は涼しいですね、お兄様♪」


「あっ……うん、そうだな」



 次の瞬間。



 視線を元に戻すと大柄な男五人の顔色が悪い。さっきまで健康的な顔色だったのに対して今は青ざめておりかなり具合が悪そうだった。よく見ればとても寒いのか全身を小刻みに震わせている。


「これは警告です。私の前から去りなさい。一応反論は受け付けますが、凍傷には気を付けてくださいね」


 これが天才の力。

 周りに被害を出さずに魔術の一つだけでこの場を収めた。

 よく見れば女の子の周りだけ空気がかなり冷たいのか地面に落ちていた落ち葉が凍りついている。風にのって飛んできたコンビニの白いビニール袋が一瞬で凍りついたのが何よりの証拠だ。


「うわぁ~、俺が怒るのはわかるけど、なんでお前が俺以上に怒ってるんだ……」


 照麻は諦めがついたように言った。

 目の前にいる赤井照麻の妹――赤井由香は駄目兄貴とは違い正に天才でありとても兄想いの良い妹。だが少し兄に対する感情が強いのかたまに手が付けられなくなる時があり、兄である照麻を傷つけようものなら相手が誰であろうが由香は容赦なく排除する癖をもっている。


「……悪かった……許してくれ……」


「そうだ、俺達が全部悪い……頼む見逃してくれ」


 ――。


 ――――。


「そうですか? なら早く私の前から消えなさい」


 由香が使っていた魔術を解除して男達を逃がす。


 …………ん?


 照麻が疑問に思った時には既に遅かった。


 凍傷だ。凍傷とは低温が原因で生じる皮膚や皮下組織の傷害の事である。極度の低温はもちろん、0℃を少々下回る程度の温度でもなる可能性があるし、痛みを伴うことから彼らはまず病院に行くことになった。自業自得だ。


「助かった……。ってなんでここに由香がいるんだ?」


「そ、それは……」


 由香が魔術を解除して急にモジモジしだす。

 視線を下に向けて。


「お、お兄様の携帯にある位置情報反応がずっとここにありましたので変だなと思い、実家から……様子を見に……いえ、助けに来ました!」


 つまり、心配で助けに来てくれたわけでないと。

 恐らく由香は気になってここに来たのだろう。

 何が? と言うのはここでは言わないが多分後々嫌でもわかると思うのでそれは別の機会に話すとしよう。


「とりあえずそこにいる女性はここに置いていくと言う事でいいですか?」


 由香が満面の笑みで言う。

 照麻はため息をついてから。


「あのなぁ~、俺から全ての女性を遠ざけようとするな。どう見てもまだ震えている時点で放置できないだろ?」


「むぅ~。お兄様は私だけを見て、私だけを愛し、私だけに優しくして、私だけに愛情を与え、私だけに――」


「ストップ、ストップーーーー! 後、頬を膨らませて可愛いく言ってもダメ!」


「うぅ~だってぇ……」


「だってじゃない」


「はぁ~。まぁいいです。今日は諦めます」


 由香はあからさまに大きなため息ついて、残念そうにこちらを見る。

 そんな妹が可愛いく見えるのは兄として少し残念で仕方がならない。兄として妹の願いは叶えて上げたい。でもこの世には不可能なことだってあるのだ。


「さっきの連中ですが、あいつらは見たところ下級魔術師。別にお兄様なら私がいなくても勝てたのでは?」


「……まぁ、勝つのは簡単だ。後先を考えなければな。それに一応言っておくが俺も下級魔術師だからな。由香みたいに上位魔術師かつfase七まで扱える人間はこの魔術都市(エンディミオン)でも少ない。てか十人しかいない。それを基準にされると流石に俺も困る……」


 この都市に限っては純粋な力がある者が喧嘩でも優位ではない。あくまで魔術が使えてやっと力の暴力と言う喧嘩の土俵に立てるだけで、魔術がただ使えるだけでは話しにならない。照麻みたいに使えるだけではダメなのだ。本当の強者と言うのはこの都市において超が付く程の特待生クラスの魔術師の事を言う。一応説明しておくと学生でも魔術を扱う事が出来れば魔術師として認められている。魔術はfase一からfase七まであり外部の補助なしで完全に自分の身体と能力だけでfase一からfase三までを扱える者を下級魔術師、fase六までを扱える者を中級魔術師、fase六の魔術を完全に扱え魔術の才能に長けた者を上級魔術師候補者、最高位とされるfase七の魔術を扱える者を上級魔術師とこの魔術都市では言う。



「基準と言いましても……魔術なんてものは所詮は道具に過ぎません。剣の達人が扱えば鈍らだってそこら辺の素人が扱う名刀より切れる刀になります。魔術も大して剣と変わらないと私は思いますが?」


「…………うぅ」


 由香の言っている事は確かに一理ある。

 要は使い方次第だってことだ。


 そもそも魔術とは体内の魔力を媒体にして、頭の中でイメージした物を具現化させ、本来であれば起こりえない事象を起こす事を言う。まぁ少し難しい話し、人間が何か素材を使い戦闘用の道具を作るように人間が体内にある魔力を使い魔術を作る、この場合は行使すると言った感じだ。とは言っても元は人間。いや今も人間なのだが、アニメや漫画の様に誰しもが活躍できるなんて世の中はこの世にない。実際にこの都市でも二割は魔術を使えないし、三割は煙草吸いたい、なら火でも出すか! 程度のそこら辺の百円ライターでも代用できる程度の魔術しか使えない。


 それを考えると、戦闘用の魔術(fase二以上)を扱えるだけで一応は凄いのだ。


 本当に一応は!


「まぁ……魔術なんて近代化兵器の一つみたいな物だしな……。それにまだ未発見な事が多い分野。由香の言葉も一概に合っている、間違っているとは言えないな……あはははは」


 所詮は負け犬の遠吠えなのだが、それでも下級魔術師代表として。


「それに考えて見ろ。魔術が全てではないだろ。魔術も大事だが、要は相手を思いやる心も大事なんだ。それがゆくゆくは将来(進路)に繋がっているかもしれないからな」


 対して、百万人住む魔術都市でも十人しかいない上級魔術師の意見は。


「そうは言いますが、実際に才能がない者が使えば魔術の無駄遣いだと私は強く思います。別に下級、中級、上級魔術師と言うのは関係ないと言うのが私の意見です。要はそれをどう扱うかです。例えば洗練された魔術はfase一でもfase三の魔術を打ち消せます。つまりは鈍らと名刀の説明として辻褄が合います」


 そして由香は。


「つまり私はお兄様を最強だと自負しております!」


 う~ん、と照麻は困ってしまった。

 その時、由香が何かに気が付いたように。


「あ! そうゆうことですね! 今わかりました!」


「なにが?」


「さっきのお兄様の言葉です。確かに魔術が全てではありませんね。私にはお兄様の『愛』が必要ですから!」


「え?」


 う~ん、更に困ってしまった。

 最近妹の冗談がキツくなっている気がする、そしてなんて答えていいかが正直わからない。そもそもこれはほん……いやいや冗談だと言う事はわかっているのだが頼むから人前では恥ずかしいから止めて欲しいというのが照麻の本心である。


「そうだな」


 照麻はチラッとようやく泣き止んで、事が済んだ事に気付いた女の子に視線を向けて。


「なら俺はこの子が心配だから家まで送っていく」


 目をキラキラさせて何かを期待している由香に向かって告げる。


「え? ……私よりその人を優先するのですか? 浮気はよくありませんよ?」


 口を尖らせる由香。


「ち、違う! って付き合っていないからな、お・れ・た・ち!」


 照麻は泣き止んでこちらを見て首を傾げている女の子に聞こえるようにハッキリとゆっくりとした口調で答える。


「……それは、そうですが」


「正直アイツらを追い払ってくれた事には心から由香に感謝している。ありがとうな」


 照麻は拗ねた由香の頭を髪の毛をぐしゃぐしゃにする勢いで思いっきり撫でる。

 すると猫の様に気持ちよさそうにしてニヤニヤ顔になる。

 一見棘が合ったり、口が悪い様に見えるが照麻にとっては、実は甘えん坊な一面があってとても可愛げがある妹なのである。


 そう、それは。

 この都市の天才でもあってもだ。


「ん~気持ちいぃ~。えへへ~しぃわぁせぇ~」


 ――ムニュ。

 柔らかくて程よく弾力があって男の理性を刺激する感触が服越しでしっかりと伝わる。

 それは一つ年下とは思えない程の女性として照麻を意識させるには持って来いの破壊力を秘めていた。容姿も整っている事からこれは流石に反則だと内心思った。だけど本心では「お! ラッキー。てか相変わらず柔らかくて大きいなぁ~、なんなら手でモミモミしたいな~」と思ってしまう照麻。ただ顔には出さないように気を付けながら興味がない振りをする。


「ってこら、さり気なく抱き着くなよ……よし、ならまたな」


 優しく小さい子供のように抱き着いてきた由香を両手で引き離す。


「はい! お兄様、最近は物騒なので夜道に気を付けてくださいね」


「あぁ! ありがとうな」


「あと。浮気は駄目ですからね!」


「だから付き合ってないだろ、俺達! てか俺達兄妹!」


「てへぺろ」


 舌を出して、わざとらしく笑みを向けてくる由香を見て誰にも聞こえない声で。


「いや、可愛いんだけど……誤解を招くからそうゆうのは家の中だけにして欲しいんだが」


 照麻は呟いた。


 照麻は状況が良く理解できていない女の子を誘導しながら由香に手を振って離れて行く。

 一瞬「由香も気を付けてな」と言おうとしたが、それは止めた。本当は女の子だし少し心配ではあるが照麻の数倍強い由香が負ける相手など両手の指で数える程にしかいないのだ。心配されるだけ由香にとっては余計なお世話だと思い敢えて自重した。

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