第9話 可愛い由香との時間


 昼休みになると、香莉はクラスの女の子に囲まれて質問責め。それを見た照麻はこのままだと巻き込まれると判断し、校舎の屋上へと逃げるようにしてやって来た。

 別にクラスの皆の対象が香莉だけで香莉だけに対する質問責めなら問題はない。

 だが、それがこちらに来るとなると話しは別だ。

 バカな連中は自分達の良いように色々な事を解釈し、そしてそうなるといいなと心の奥底で願いながらこちらを甘い言葉で誘導し、最後に笑う。そんな奴らの都合の良い玩具にはなりたくない。


 そう思い逃げた先が屋上だったわけだが、照麻は今危機的状況に心臓の鼓動が高くなり、生命の危機を冗談抜きで感じていた。

 校舎と屋上を繋ぐ扉が開き、満面の笑みがとても良く似合う赤井由香。両手を後ろで組み、ゆっくりと照麻に向かって歩く仕草はとても可愛い。状況が状況じゃなければ。


「あっ、お兄様見つけましたよー。お兄様が屋上に来るなんて珍しいですね」


「あっ、うん。それでどうしたんだ?」


「え? 私ですか? 私はある噂である先輩が今日転校してきた女子生徒と円満な関係にあると聞いてその事実確認です。とは言っても、例えそれが単なる噂でもそんな噂になるほどお二人の関係が進展しているのは間違いないのでしょうが」


 ――ゴクリ。


「いやいや、待て、待ってください」


「嫌です♪」


 由香はそのまま照麻の目の前に来て、笑顔で答えた。

 そして由香の隠す気がない殺意を帯びた鉄拳が照麻の腹部にクリーンヒット。拳は照麻の日々筋トレで鍛えている腹筋を抉り込むようして入り、照麻は両膝を地面に着き、両手で腹部を抑え倒れた。

 地面に頭を付けながら照麻が弁解する。


「た、頼む。話しだけでも聞いて……下さいませんか」


「他の女とのイチャイチャ話しを妹に聞かせるって新手の苛めかなにかですか? それともお兄様本当はそう言ったご趣味があったのですか? だとしたら最低です」


 由香の冷たいトーンに照麻の背筋が凍る。

 だが、ここで誤解を解かねば家庭崩壊、兄妹関係の亀裂等、そう言った要因になる可能性を考え頑張る事にする。


「……うぅ、そこを……なんとか……」


 地面に這いつくばりながら照麻は震える右手を由香に向かって伸ばす。

 すると右手に布が触れた。

 照麻は由香がこのまま何処か行かないようにその布を掴み、引っ張る。


「ち、ちょ……お兄様止めてください」


 赤面しスカートの裾を両手で慌てて抑える由香からさっきまでの怒りや憎悪と言った物が一瞬でなくなり、変わりに羞恥心で心が一杯になる。

 由香が周囲を見渡せば、思春期まっしぐらの男子生徒がこの後のラッキースケベを期待してか鼻の下を伸ばしこちらをチラチラと見ている。それが更に由香の羞恥心を刺激する。


「うぅー、わ、わかりました。何でもしてあげますし、何でもお話し聞きますので! そ、そのスカートだけは勘弁してください……」


 最後は恥ずかしさに負けたのか由香の声が小さくなった。

 それから照麻は由香に介抱されながら立ち上がり、照麻と由香は近くに合ったベンチに二人で横並びになって座る。


「流石に噂が噂なだけにかなり嫉妬したあげくイラっとしたとは言え、やり過ぎましたと反省しています。すみませんでした」


 腹部を擦る照麻を見て由香が謝る。


「いてて……。まぁなんだとりあえず俺も悪かったな。由香に嫌な思いをさせて」


 由香の心配そうな顔に不安の色が混ざる。


「やっぱり……そうゆうことなんですね……」


「ち、違う。まずは話しを聞いてくれ。それと俺と香莉はそう言った関係じゃないから」


 その時、由香が何かに反応したように小さい声でボソッと呟く。


「かおり?」


「どうした?」


「いえ。何でもありせん。それでお話しとは?」


 照麻は一度深呼吸をしてから由香の目をしっかりと見る。

 照麻に真剣な目で見つめられた由香の顔が微かに熱を帯び赤くなった。

 これ以上由香に誤解を招かないようにして照麻は由香に今朝二人が学園に着き、別れてからの事を説明する。途中由香の表情が怒ったり、苦笑いしたりしたが、照麻は気にせずに最後まで説明する。

 一連の説明が終わるとどうやら誤解が解けたのか、由香の表情がいつも通りになる、


「……それは大変でしたね。そして何より勘違いした私が一番バカみたいですね。本当に――」


 由香の口を手でふさいで、照麻。


「バカ。それ以上は言うな。人間だれしも勘違いはあるし、感情的にもなる。本当に悪いと思っているなら、今度からは気を付けてくれればそれでいい。どうだ?」


 由香は照麻の手で口が塞がれているので、コクコクと首を上下に動かし頷く。


「プハッー」


「棘がない由香はやっぱり可愛いなー、ヨシヨシ」


 照麻はよく見ると若干困惑の色が残る由香の頭を撫でてあげる。髪の毛が乱れるぐらいに強めに撫でてあげると、由香の表情が柔らかくなる。まるで猫だなと思いながらも照麻は由香に笑顔が戻って良かったと安堵した。


 すると。


「えへへ~、気持ちいぃ~。ん? って、ち、ちょ、お兄様! み、皆が見てる前でなにさせるんですか! わ、私のクラスメイトだって何人かココにいるんですよ!?」


 由香が周囲の生徒から見られている事に気付いたらしく、我に返り赤面しながら言った。


「嫌ならもうしないけど?」


「うぅ~いじわる、ならもうしなくていいです!」


 言葉と行動が相反して、口では否定するが、照麻が手を止めようとすると、涙目で上目遣い更には口を尖らせて寂しそうな顔をしてくる由香。

 そんな由香が可愛いなと思い照麻は言葉の裏にある本心を汲み取ってあげる事にした。


「はいはい。でも俺がもう少し撫でたいから付き合ってくれ」


「ま、まぁ……お兄様がどうしてもと言うなら今回は特別に構いません。一応言っておきますが、今回はですからね」


「ありがとう、由香」


「はい」


 渋々返事をしてくれたかと思いきや、由香がほほ笑んだ。

 照麻は周囲から聞こえてくる声に照れくささを感じたが、兄妹と言う事は多くの生徒が知っている。つまり今回の一件に関しては誤解を生む要素はないと判断し心の中で一安心する。

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