第12話 愛莉の怒り


 いつの間にか日が沈み、タワーマンションから見える夜景はとても綺麗だった。

 まだ春の少し肌寒い風が時折吹いては照麻の心を優しく包み込む。


 香莉の手料理は確かに美味しかった。

 だけど料理を食べている最中に感じられる冷たい視線につい照麻は委縮してしまい香莉と優莉から質問されては答えるだけの受け身が主体となってしまった。せっかくだし二人の好意を受けいれようとしたのだがそれが上手く出来なかった。二人には悪いことをしたなと反省する。そして当然愛莉にもだ。夜ご飯を食べている間照麻が見てて感じたのは愛莉は照麻が大嫌いと言うよりかはどちらかと言うと長女の優莉、三女の香莉との時間をとても大切にしているように見えた。いわゆる家族の時間って奴だ。その為か、家族の時間を邪魔する照麻の事を必要以上に毛嫌いしているそんな感じがした。もっと言えば家族の事が大好きだからこそ照麻の事が嫌いなのかもしれない。


 なぜ照麻がここ三姉妹の家それもベランダに今いるかと言うと、愛莉と香莉が姉妹喧嘩を初めそれを優莉が仲裁しているからだ。


 事の始まりは二十分程前。


 料理ができ香莉の横に愛莉、照麻の横に優莉が座る形で四人がテーブルに座る。

 照麻の正面は香莉。


「お待たせしました。さぁ食べてください」


「美味しそうだな。それにしても料理の腕高いんだな」


「照麻さん……」


 嬉しそうに微笑む香莉。

 それを隣で見ていた愛莉はどうやら気に食わないのか一人でご飯を食べ始めた。


「いだだきます」


 優莉は手を合わせて早速食べ始める。

 香莉は照麻の口に料理が合うかが気になるらしくさっきから料理と照麻を交互に何度も見ている。


「いただきます」


 そのまま出された料理を箸を使い、口元まで持っていく。

 見た目、匂いは完璧。

 後は味である。

 多分大丈夫だろうと思い、照麻はそのまま口の中へと料理を運ぶ。


 ――パクッ


 料理の感想を聞かれた時の為に味わいながら一口、また一口とかみしめながらも味わって食べる。


「あ、あの……どうですか?」


 不安そうに確認する香莉。

 そんな香莉を見て照麻は正直に感想を言う。


「うん、とても美味しい。これなら毎日でも食べたいぐらいだ」


 少し気を利かせて大袈裟に答えた。

 すると香莉は自分の胸に手を当て安心したのか「よかったー」と言って安堵のため息をついた。


「でしょ。香莉は料理も上手なんだよ。お姉ちゃんの自慢の妹だからね!」


 香莉を褒める優莉。


「なるほど。それなら姉としても鼻が高いんだろうな」


「当然!」


「止めてください。私を前に二人でお世辞を言っても何も出てきませんよ。それに素直に褒められるのは恥ずかしいので」


 緩んだ口元を必死になって隠して香莉が言う。

 学園の時と言い真面目なイメージが強い香莉が頬を赤くして照れている姿は正直男目線としては可愛いの一言に尽きる。

 仮に客観的に見てもやはり可愛いと言う言葉が良く似合う。


「あれ~香莉もしかして照れてるの?」


 ニヤニヤする優莉。


「て、照れてなんかいません。ただ……」


「ただ?」


「男性に料理を出すのは初めてで、その……緊張したと言うか……」


「なんだ。やっぱり照れてるんじゃない」


「だから違います」


「あらあら顔を赤くして可愛い。男の人から見ても今の香莉は可愛い、そう思うよね照麻?」


 急に振られた照麻は思わずその場の勢いで、


「そうだな。十分に可愛いと思うぞ」


 素直な感想を述べた。


「あ、ありがとうございます。それよりもほら冷めないうちに食べますよ」


 香莉はからかう優莉から逃げるようにして箸を手に持ちご飯を食べ始めた。


「ところで照麻は魔術どこまで扱えるの? 学園では天才の妹とバカな兄貴みたいな感じで聞いたけど」


「自分の力だけだとfase三まで。体内の魔力量が平均値以下だから魔術も連発できない」


「それで兄妹で比べられてるんだね。妹さんは確か最高位の七まで使えるんだよね?」


「あぁ。アイツは俺とは全てが違うからな。体内の魔力量一つとっても俺の十倍近く魔力を持っているからな」


 比べられる相手が相手なだけに照麻は見栄を張ることをしなかった。

 照麻もまた妹――由香には逆立ちしても勝てないし、どんなに努力しても勝てないと内心諦めている。それに【氷の女王】と言う異名を由香は持っている。正面から喧嘩を売り勝てる上級魔術師が果たして何人いることやら。この十人が戦った事は今までない。だから由香の本当の強さを照麻ですら知らない。だけどこれだけはわかる。あれは天才が凡人以上に裏で努力し辿り着いた高見であると。才能がある者が才能がなく努力で這い上がっていく以上に裏では毎日魔術の鍛錬に励んでいた事を照麻は知っている。


「それは凄いね。本当に血繋がってるの?」


 驚いた様子の優莉。

 そしてこれには香莉と愛莉も驚いているのか箸を持つ手が止まっていた。


「頼む。それは言わないでくれ。というか言わせないでくれ。俺のメンタルに影響がでるんだ」

(一応繋がってはいるが、そうじゃないと言えばそうじゃないんだよ……)


「あはは……ごめん、ごめん。ちなみに私達は私が四で愛莉が六で香莉が二だよ」


「ふむ……つまり偶数姉妹?」


 これはまた綺麗に差が二の倍数で別れたなと照麻は思った。

 それにしても意外だったのが愛莉の実力だ。

 fase六と言えば魔術都市でも数十人程度とこれもまた限られた人間にしか入れない境地とも言える。中級魔術師と下級魔術師にはかなりの差がありfase三から四へのシフトは本当に難しい。そう考えると優莉と愛莉はとても凄い人間だと言う事になる。各国との戦争でも中級魔術師や上級魔術師ともなれば最前線でそこら辺の近代化兵器を単一個体のみで潰せることから重宝されることになるだろうと国からも言われている。逆に下級魔術師は近代化兵器以下の実力だと早い話し認知されている。とは言ってもこればかりは相性などの関係もある為一概には言えない問題もあるし、何より兵器にも強い弱いがあるのでどれを基準とするかなども当然ある。


「誰が偶数姉妹よ。たまたまよ」


「へぇ~」


 照麻はそう言ってチラリと愛莉を見る。


「な、なによ?」


「別に。ただ、お前って本当は凄い奴なんだなって思ってな」


「当然でしょ。私にはこれしか……ないから。後お前って呼ぶなこのバカ! 私の名前は愛莉よ」


 その時、愛莉はどこか悲しそうな目をしていた。

 照麻は気付いていながら、ここは敢えてスルーする事にした。


「悪い、愛莉」


「ふんっ」


 愛莉はソッポを向いて止めていた箸を動かし始めた。


「だけどね、勉学は香莉が一番できて、私が二番目、そして愛理が三番とこれもまた私達姉妹らしいと言うか凄いでしょ!?」


「そうだな。世の中本当にバランスが取れていると思うよ」


 藤原三姉妹は魔術知識と魔術の実践でバランスが取れているのに対し照麻と由香はバランスすら取れていない。そう考えると照麻には運がなく、失敗作の補填として両親がこの世に由香を育んでくれたのかもしれない。


「それよく言われる。実技の愛莉、バランスの取れた私、知識の香莉って」


「いいじゃないか。それぞれに個性があって」


「そうだよねー」


「でも私は照麻さんは困っている女の子に手を差し伸べてくれる優しい方だと認知していますよ。どうも愛莉と同じでお勉強嫌いな人間だと言う事も今日知りました。これも個性なのではないでしょうか?」


「はぁ!? 私がコイツと同じ? ふざけないで! 私はfase六つまり中級魔術師それも上級魔術師候補者でコイツは下級魔術師なのよ? 同じにしないで」


 どうも照麻と比べられる事が気に食わないらしく愛莉が怒った。

 照麻がなんて言ったらいいかを考える。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。照麻さんは素敵な方ですよ?」


「どこがよ。私のお姉ちゃんと妹を横取りする奴が良い奴なわけないじゃない」


 この時、照麻は思った。

 きっと愛莉は三姉妹の時間を邪魔されて怒っているのだと。

 

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