ときこぼれ
倉井さとり
ときこぼれ
それは秋風の吹き
秋ね、秋。
いろんな楽しみがあるよね。わんぱくな人も、
秋ね、秋。
なんかさ、年々短くなってる気がする。子供の頃は、もっと長かったように思う。夏は
そう考えると、秋が
最近まで秋が
いっとき、私の秋は長くなった。まるで
……なんだかさ、どうしてか分からないけど、秋が短くなるにつれ、どんどん笑えなくなっていく……。
今じゃ本当に、一瞬の秋ってかんじで。注意してないと、
これくらいの速さで走ったほうがいいよ。
だからって、そのたびに確認しに戻ってたら、いつまで
そうだよ、秋だよ。秋ね、秋。
そのころ私は高校生で、その日もいつものように、
だけど少しして、先生と
そして、
この
せっかく全校集会を乗り切って、
生まれてはじめて頭の
だけどそれは
「お母さんが
『倒れた』って言葉の、その意味が、
なんで病院? なんで私が? そう思った。
だけどその時の私には、
そのとき私は
でも、死んじゃうかもしれないなんて考えたらさ、やっぱりこわくてさ。涙が出てきた。そしたら
私よりすこし背の低い
それからはあっという
その病院はこじんまりとしてて、なんだか
おじさんおばさんたちは、
でもそのうちに、ケンカがはじまった。
ひとりのおばさんが私にこう言った。「お母さんのところに行ってあげな」
それに、ひとりのおじさんが『いや、だめだろ。立ち入るなって言われてるんだ。
私は、お母さんがいるという、白くておおきな
お母さんは、上半身まる出しでベットに寝かされて、
おばさんは
そこからは本当にまっしろだった。お母さんの姿にあんまり
だからなのか、掛けられる言葉もどこか白く感じた。まっしろな『きっとだいじょうぶ』。まっしろな『しんぱいいらないよ』。
そのうち、ひとりの女の医者が私のところにきた。たぶん、その日見た医者のなかで、いちばん
がんばった? じゃあもっとがんばってよ。そう、口にだそうとした。信じられなかった。お母さんが死ぬなんて。この人は
気がつくと私は、小さな部屋のなかにいた。まっしろな部屋、
おじいさんは説明してくれた。落ち着いた、
不思議だった。さっきの女の人とおんなじことを言っているはずなのに、なんの
お母さんの心臓はもう動かないって。
お母さんはもう死んじゃったんだって。
その瞬間、まっしろがすべて消えて、また水の世界になった。
あんなに泣いたのは初めてだったと思う。
お母さんはベットのうえで口をあけていた。
まるで眠っているようなんてことはなく、
高校生にもなって、おしっこを
制服も下着もぐちゃぐちゃになって、それでもこれが
お母さんはもう
そこからの記憶はほとんどない。
気がついたら私は、
お母さんは花に
お母さんは顔を死なせていた。
気がついたら、お母さんの体を
今なら、
だけど、まばたきをした瞬間に、そいつを
パパは私が小さい頃に死んでしまった。ちょうど、
昔はよく、お母さんはアルバムを開いて、私を呼びよせた。これがパパだよって。右から5人目の、これがパパだよって。
お母さんが、パパパパ言うから、パパはパパ。
お母さんはお母さん呼びなのに、お父さんのことはパパって呼ぶなんて、ファザコンみたいで
いくら写真をみてもピンとこなかった。どこにでもいる、ひ
やっぱり、私のパパは
目を
「最後だから、なにか言ってあげな」
そう声をかけられて、私は
ゆさぶられるお母さんに、なんて言ってあげたらいいんだろう。がんばって? それとも。
ふと、私が最後にお母さんにかけた言葉は、なんだったろうと考えた。
『うるさい』だった。
ケンカ
もう、
頭が真っ白になって、首に力が入らなくなった、
『ふつう、これだけすれば心臓はうごくけど、あなたの母の心臓はうごかない』
突然、そう、だれかが頭のなかでしゃべった。確か、だれかの言葉だったはず。だれの言葉だっけ? 思い出せない。もうなんだか時間の進み方がおかしくて、お母さんの胸がゆれていたのが、昔のことのように感じる。
やっぱり頭にうかぶのは、あの
『ふつう、これだけすれば心臓はうごくけど、あなたの母の心臓はうごかない』
『ふつう、これだけすれば心臓はうごくけど、あなたの母の心臓はうごかない』
がんばります、そんな顔して。きっとあなたの母の心臓を動かしてみせます、そんな
『ふつう、これだけすれば心臓はうごくけど、あなたの母の心臓はうごかない』
それから、私は
ほら、お母さんもよろこんでるよ。お
なんだか笑えてきた。笑うとすごく
お母さんがいつも笑っていた気持ちがわかった。笑うと気持ちがいい、すごく
笑えば、胃がうごくからなのか、どんな言葉も
そもそも、私の『うるさい』に
考えれば考えるほど笑えた。笑えば笑うほど
ときこぼれ 倉井さとり @sasugari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます