第4話


 あれから暫くして、俺は病院を訪れていた。療養中の美玲みれいの見舞いのためだ。


 「みんな騒ぎすぎなのよ。傷だって大したことないし、じんとするけど普通に歩けるし」


 刃物が深々と突き刺さって見えたのはテンパった俺の勘違いだった。大事には至らず、順調に回復している。ベッドの上の美玲は血色が良く、笑顔で俺を迎えてくれた。


 あの女生徒は、現在自宅にて試験観察対象となっている。


 凶器の刃物は彼女が鞄に隠し持っていたそうだ。警察は物的証拠と本人の供述から犯行の裏付けをすでに取っており、あとは家裁での処分決定を待つのみだった。逆送こそなかったが犯した罪もあり、おそらく少年院に送致されることになるだろう。


 後味の悪い幕引きにやるせなさは残るが、ストーカー騒動はようやく解決したのだった。


 その事を説明したが美玲はさして興味がないらしかった。それよりも俺が見舞いに来たことが心底嬉しいと言う。冗談半分で傷口を触らせようともして、俺をベッドに引き寄せる。その時、点滴台にぶつかってしまった。


 「あれ?液が出てない……じゅん、そこのひねって」

 「看護師呼んだ方がいいんじゃ?」

 「みんな忙しいのにこんな事で煩わせるのは良くないわ」


 何度も見てるから大丈夫という彼女に従って、俺は点滴管のを拈った。


 「それからお願いがあるの」

 「なに?」

 「家から日記を取ってきてくれない?」



 美玲から鍵を受け取り、俺は彼女の家に来ていた。家族は出払っていて誰もいない。


 今まで美玲の家に上がったことはなかった。門の前までなら登下校の際に何度も来たが、こうして中に入るのは初めてだ。じろじろと物色するのは失礼なのでまっすぐ彼女の部屋に向かう。


 日記はすぐに見つかった。訊いたとおり勉強机の抽斗ひきだしにあった。事件が起きたあの日は鞄に入れるのを忘れたそうだ。


 悩んだ末、俺は日記を見ることにした。すまん美玲、好奇心には勝てないんだ。


 『入学式。

 すごい!徇が教室にいた。またこっちで暮らすらしい。

 嬉しいので日記を付けることにする。明日から楽しみ』


 日記は俺のことが中心だった。一緒にテスト勉強して楽しかったとか、喧嘩が原因であまり口を聞いてくれず哀しかったとか、そんなありふれた事ばかり。だがそこには彼女の想いが詰まっていた。


 そろそろ病院に戻ろうと思ったが、ふと手を止め、ある日付の文面に眼を通した。


 『最近、私のことを見てる女子がいる。

 監視されてるみたいで不愉快だけど、ちょうどいいと思った』


 女子というのは、おそらくあの女生徒のことだ。しかしとはどういう意味だ?


 そこからまた俺との他愛ない話に戻ったのでページを進めた。流し読みしていくと、さらに奇妙な内容を見つけた。


 『放課後、空き教室に彼女を呼び出した。思ったより素直ですぐにストーカー行為を認めた。

 さっそく計画を実行することにする』


 『脅されてそばにいると伝えると彼女は疑うことなく信じた。扱いやすくて助かる。ストーカーの存在が明確になれば彼も怯えて離れるはずだと説明して協力を得た』


 『今日、こっそり徇の家に行った。

 寝顔かわいい。一緒に寝たかったけど我慢して用事を済ませた。

 アレ、私が潰したのよ。臭くて汚かったけど、頑張ったの。いつか褒めてくれると嬉しいな』


 なんだこれは。


 次々に見つかる不穏な文面。いつしか俺は呼吸が荒くなっていた。美玲は何を言ってるんだ?それにって――。


 考えに至った瞬間、手が震えて日記を落っことした。


 日記は床を跳ね、開いたページから雑誌の切れ端が顔を出した。


 『人は生まれながらに殺人者だ。母胎のなかで共に宿った兄妹の命を奪い、それをとしているのだから。だがそれは決して罪などではない。なぜならそれこそが生きるということであり、人として魂を得るために許された必要悪だからだ。

 奪われた命は死んだわけではない。融合し、一つになったのだ。皆気付いていないだけで、誰もがその身にいくつもの魂の欠片を宿している。


 “バニシング・ソウル”


 それは恐ろしくも美しい至高の“愛”である』


 その下に、美玲の文字があった。


 『大好きな人と一つになりたい。だけど私の一方的な行為では意味がない。それは愛とは呼べない。だから私は彼の手で――』


 そこで携帯が鳴りだし、俺は慌てて電話に出た。警察からだった。


 『……さんが、先ほどお亡くなりになられました。つきましてはお伺いしたいことが――』



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バニシング・ソウル おこげ @o_koge

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