第3話


 一週間後、下校する俺たちを誰かが背後から呼び止めた。


 その鬼気迫るといった決して平静ではない声音に驚き振り返ると、女生徒がまるで射殺いころすような形相で俺を睨んでいた。面識はなかったがすぐに美玲みれいのストーカーだと確信した。男女問わず人気の高い美玲だから女生徒が犯人である可能性は充分に想像できた。熱狂的なファンの一人だろう。


 「美玲さんから離れて!」


 女生徒が声を大にして言った。肩に提げた鞄の持ち手を力いっぱい握りしめ、全身をわなわなと震わせている。


 挑発する発言や行為をとがめる物言いは相手を興奮させるだけだ。俺はできるだけ落ち着いた口調で説得を試みた。


 「俺は美玲のことが好きなんだ。君だってそうだろ?ならこんな事はもうやめにしよう。君が必死になるほどこいつが悲しむだけだ」

 「うるさいっ!あんたと一緒にするな、この犯罪者!!」


 だが俺の言葉がかんに障ったらしく、彼女は叫んだ。


 「あんたのせいで、美玲さんは苦しんでるんだ……られて……はくされて……なんか……あんたなんか……」


 俯き、何かを呟きはじめる女生徒。


 不意に氷の塊を押し付けられたような寒さが俺の背筋を走る。彼女から殺気めいたものを感じた。


 女生徒が顔を上げた。そしてキッと俺を見据えたかと思うといきなり駆け出し、鞄を叩きつけようと身体をひねった。激昂する彼女の迫力に俺の足はすくんでしまう。


 瞬間、背中を強く押されて俺は地面に倒れ込んだ。美玲が俺を突き飛ばしたのだ。女生徒が振り下ろした鞄は空振りに終わる。


 「駄目よ!」美玲はすぐに立ち上がり彼女を叱る。「こんなの間違ってるわ」


 「なんで庇うんですか!?私はあなたが、し、心配で……」


 見ると、女生徒は涙を流していた。路地を覗く斜陽がその雫を照らしている。涙が語る哀しみや苦しみを静かに抱きとめるように。


 美玲が女生徒に歩み寄っていく。それから彼女の涙をそっと指で拭ってやった。その優しい仕草に堪えきれなくなったのか、女生徒は美玲に抱きついてわんわんと泣きだした。


 一時はどうなることかと肝を冷やしたが、なんとか丸く収まったようで良かった。

 正直、美玲だけの方がもっと早く解決できたんじゃないかと思う。だって俺はただあの女生徒を嫉妬させ、ストーカー行為に拍車をかけさせただけなのだから。


 でも。それでも今回のことがなければ、俺と美玲の関係はここまで親密にはならなかっただろう。完全にわだかまりが解けるまではもうしばらく時間を要するだろうが、俺はこの出来事に感謝したいと思う。地面で擦り剥いた頬の痛みも甘んじて受け入れよう。


 美玲は腕を回して背中をさすってやっていた。それから耳元に顔を近づけ何かをささやくと、女生徒は緊張の糸が切れたようにその場にへたり込んだ。


 俺はその姿に安堵あんどして大きく息を吐いた。瞼を閉じて祈る。彼女たちが笑い合える日が来ることを、ささやかながらに。


 だが突然の悲鳴に俺は顔を上げ、絶句する。


 視線の先には恐怖を顔に貼り付かせた女生徒と、その胸に頭をうずめる美玲。

 ぐったりする美玲のお腹には刃物が突き刺さっていた。深く食い込み、傷口から噴き出す鮮血がブラウスを通して、腕をスカートをアスファルトを赤く濡らすのだった。



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