第2話


 美玲みれいとは五年ぶりの再会だった。


 俺は親の仕事で街を離れていたが、高校進学のこの年に再び帰ってきた。


 入学式当日。美玲はすぐに俺だと分かったそうだが、俺はというと名前と顔を確認してもいまいちピンとこなかった。なんたって彼女は俺が覚えてる少女とは見違えるほどに綺麗になっていたからだ。


 中性的な面貌でスタイルも良く、男子だけでなく女子からも人気が高い。時折、胡散臭い持論を唱える変人気質なのだが、ミステリアスで素敵だと彼女を心酔する生徒らにはそれすらも評価の対象となっている。


 そのためストーカー被害にあっていると美玲に相談された際には、驚きはすれど疑いはしなかった。


 被害状況から犯人はうちの生徒である可能性が高かった。

 生徒の仕業なら警察沙汰にしたくないという美玲に頼まれ、俺は問題が解決するまで彼女の護衛をすることになった。


 「ありがとう。こんなこと頼めるの、じゅんだけよ」


 そう言って俺の手を強く握る美玲に、よこしまな気持ちがなかったといえば嘘になるが、彼女の力になりたいと思ったのは本当だ。俺は快く頼みを引き受けた。



 下校時には背後に妙な気配があった。振り返るもめぼしい人物は見当たらなかったが、誰かが後を付けているのは間違いなかった。

 また、下駄箱の上履きや机の中身に触れた形跡が度々あった。盗撮写真を入れた封筒まで出てきて、そのほとんどが校内で過ごす美玲の何気ない瞬間を切り取ったものだった。


 「恐い……」


 放課後の図書室で美玲が呟く。普段は明るい彼女も今は不安でかげっている。


 「相手がここの生徒なら俺のことも知ってるはずだ。怯える美玲を庇ってるって分かれば、そのうちやめてくれるさ。好きな相手の嫌がることをずっと続けるわけないだろ?」


 思ってもないことを口にするのはひどく腹立たしいものだと知った。良識があるなら最初からストーカーになんてならない。彼女を安心させたくてついた嘘は俺自身へのいきどおりしかもたらさなかった。


 だが美玲は意外にも微笑んだ。


 「気遣ってくれて嬉しい。また日記に書くことが増えるわ」


 日記は高校に入ってから始めたそうだ。一日を短い文章で書き留め振り返るのは、なかなか楽しいらしい。見たことはないが、内容は俺のことが多いという。一緒にいる時間が長いので必然的にそうなるのだろうが、それでも俺に気があるのではと期待してしまう。


 最近、二人の距離がぐんと縮まったように感じる。彼女がそばにいるだけで幸せな空気に包まれるのだ。ずっとこのままでいたいとさえ思った。



 だがいつまでも悠長に構えてはいられなかった。ストーカー行為がエスカレートしたのだ。やがて被害は俺にまで及びだした。


 彼女に近づくなという脅迫状、ぼろぼろに裂いた俺の写真に小動物の死骸。俺は慄然とした。だが何より驚いたのは、施錠したはずの玄関を開けて誰にも気付かれずに俺の部屋にそれらを置いていったことだった。それも夜のうちに……。


 今さらながら危険な相手だと思い知る。思慮が浅かったのだろうが、それでも美玲を助けたいという気持ちは消えなかった。警察は呼ばない。彼女が望むのだから俺が何とかする。


 何があっても彼女を守ると俺は心に誓った。



 美玲と過ごす時間はより濃いものとなった。登下校は当然ながら、買い物などで外出する際も事前に連絡を取り行動するようにした。そのうち用事がなくても俺の家に来るようになり、ひとりでいるのは寂しいと彼女にすがられ、俺たちは身を重ねるまでになっていた。


 「徇がそばにいてくれて良かった」


 美玲が微睡まどろむような顔で言う。


 「徇がいなくなってからの五年はなんだか知らない街にいるようだった。眼にするものすべてが色褪いろあせて見えたの。音も匂いもそう、感じるものは虚しさばかりで……私が向かう先は灰色の霧に覆われていた」


 でも今は違うと言う。再び俺に会えたことで、霧のなかに幸福の光が見えるのだと。


 相変わらずストーカーの影は付きまとっていたが、それでも俺には物事が良い方向に進んでいるように思えた。美玲が言う光を二人で手にしたいと思った。浮ついた心がそう思わせていた。


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