隣の幼女に求婚されて

烏川 ハル

隣の幼女に求婚されて

   

「お兄ちゃん、遊んでー!」

「はいはい。何して遊ぶ?」

「これー!」

 そう言って差し出してきたのは、小さなクマのぬいぐるみ。今日も、ままごと遊びを希望しているらしい。


 隣に住むさくらちゃんは5歳、ちょうど僕の半分だ。名前にちなんでピンク色が好きで、今日も桜の花を模した髪飾りをつけている。

 母親同士が近所付き合いのレベルを超えた仲良しなので、必然的に僕たちも親しくなったのだが……。これだけ年齢としが離れていると、親しい間柄というより、僕が子守りをさせられている、と言った方が正しいだろう。


「私のクマさんはママさんで、お兄ちゃんのクマさんはパパさん。ここに座ってるのが、子供クマさん!」

 設定を口にしながら、おもちゃの机の横に、ぬいぐるみを置く桜ちゃん。ままごと大好きなのには、一応、理由があって……。

 ある時、軽く尋ねてみたら、

「これは練習なの!」

「練習?」

「そう! だって桜は、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだから!」

 と言われたのだ。


 幼女にとっては、一種の初恋なのだろうか。

 僕から見れば妹のような存在であり、間違っても恋愛対象にはならないのだが、正直にバッサリ切って捨てるのも年長者らしくない、と思った。

 だから、その時は、

「そういうのは、もっと大きくなってからだね」

「どれくらい大きくなったらいいの?」

「そうだなあ、あと10年したら、もう一度考えてみようか」

「わかった! 桜、10年待つ!」

 という形で流して……。

 10年後でも20歳と15歳だから、まだ結婚するには早い、というのは敢えて口にしなかった。


「今日もお仕事、お疲れ様でした」

 そう言いながら、ママ役のぬいぐるみを、僕が持つクマにこすり付けてくる桜ちゃん。

 最初は驚いたが、これは「上着を脱がせてあげている」という意味なのだそうだ。

「じゃあ、今日もママの手料理を御馳走になろうか」

「はい! がんばって作ったから、たくさん食べてね!」

 完全に、いつもの流れだ。ワンパターンで何が面白いのか不思議だが、彼女にとっては将来の予行演習なのだから……。


 ままごとを楽しむ桜ちゃんを見て、時々、ふと考えてしまう。

 10年後のキミに対して、僕は何を言うのだろう、と。

 今と同じく僕にとっては『妹』なのか、あるいは、もう『女の子』なのか……。

 いや、そもそも、10年後のキミが「桜はお兄ちゃんのお嫁さんになる」と言い続けているのか、その前提からして怪しい気もするけれど。




(「隣の幼女に求婚されて」完)

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の幼女に求婚されて 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ