自分を蔑む『死神』少女と、『ピエロ』の少年
ちょくなり
短編
——もう、疲れた。
わたしの頭の中は、その言葉に埋め尽くされて何も考える事ができない。
考えたいとも思わない。
勉強も人間関係も、自分自身にすらもう興味がない。
……どうでもいい。
そう、もう何もかもがどうでもいい。
意思のないゾンビのように、夕闇が迫る街中を当てもなく彷徨う。
急ぎ足のサラリーマンが、私と肩でぶつかる。
文句を言い出しそうな雰囲気で私を睨んだその男は、私の顔を見てギョッと目を剥いたと思えば、そのまま何も言わずに立ち去った。
……なんだ、私に腹が立ったのなら殴ってもらって良かったのに。
痛いのは、嫌いだ。
でも、別にいい。
それで気が晴れるのなら、存分に殴れ。
そのおかげで1人の人間のストレスが発散されたと思えば、ちょっとはわたしにも価値が生まれるだろうから……。
あぁ……、またしょうもない事を考えている。
わたしの頭は、『何も考えない』という事が出来ないのだろうか。
そう思うと、額に手を突っ込んで脳を引っ張り出したくなった。
足も、なんで歩いてるんだ。
ちょっとそこの筋肉質なお兄さん、根本から引っこ抜いてくれませんか。
なんて声を掛けられるわけもなく、わたしは自分の足が無くなった想像をしながら、人目につかなそうな路地の道端に腰を下ろした。
あぁ、なんで人間には停止ボタンが付いていないのだろうか。
それだけで、人類はすでにロボットよりも劣っている。
不要なモノを、止めることすら出来ない。
止めるには、壊すしかない。
わたしは、自分をどうやって壊そうか悩む。
車に跳ねられる?
運転手に迷惑が掛かるな。
……どうでもいいけど。
電車に飛び込む?
掃除する人が大変だ。
……どうでもいいけど。
首を吊る?
その場所は事故物件になるな。
……どうでもいいけど。
こんがり焼いてみるのは?重りを持って海に飛び込むのは?高いビルから飛び降りるのは……?
なんかけっこう色々、方法はあるな。
いっぱいありすぎて、悩んでしまう。
どうでもよすぎて、決められなくなってしまう。
「……委員長?」
わたしの真剣な悩みは、とっても呼ばれたくない呼ばれ方をされて、顔を上げたことで中断された。
「やっぱり、なにしてんの?」
なんだ、『こいつ』は。
わたしは『こいつ』らしき人物を知っているけど、『こいつ』は知らなかった。
「あんた、誰?いつもと違い過ぎるでしょ。」
わたしの問い掛けに、『こいつ』は笑みを濃くして自分の顔を指差しながら答えた。
「お互い様じゃない?『死神』みたいな顔、してるよ?」
『死神』と呼ばれたわたしは、さっきより随分マシな呼び方だと思った。
「そっちで呼んでくれる?」
「そっちって、『死神』?」
「そう。」
『こいつ』は声を上げて笑った。
「いいよ。じゃあ魂を抜かれそうな『死神』さん。僕にもあだ名をくれない?」
わたしは、少し考えた。
そして、普段の『こいつ』とのあまりの違いに、こう命名した。
「本性を現した『ピエロ』。」
「あっはっはっはっ!いいね、すごく気に入ったよ。ありがとう。」
「どういたしまして。」
『こいつ』改め『ピエロ』があまりに愉快そうに笑うので、わたしもとても良い事をした気分になった。
「それで、『死神』さん。次はどの魂を刈り取ろうか考えてたところかな?」
「そうね。」
わたしは素直に、ターゲットの話をした。
「勉強にも、人間関係にも、自分自身にも興味を失くした可哀想な魂を、刈り取ってあげたいの。」
『ピエロ』は目を見開いて一度パチッと瞬きさせると、微笑みを浮かべた。
「いいね、とっても美味しそう。」
「そうかしら。きっとつまらない味がするわ。」
「そんなことない。」と『ピエロ』が首を振った。
「最高級だ。油が乗ってるよ。」
「油塗れで、食べられたものじゃないわ。」
「舌の上で溶けるんだろ?」
「食べた事ないの?」
「もちろん。」
「くっくっ……。」と堪えられない様子で『ピエロ』が笑ったので、わたしも笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、『ピエロ』は言った。
「ねぇ『死神』さん。よかったらその魂、僕にも分けてくれないかい?」
その意味がわからないまま、わたしは問い掛けた。
「どうするつもり?すぐに食べないと腐っちゃうわよ。」
「僕は食事の時、好きなモノは最後に取っておくタイプなんだ。」
わたしはさらに首を傾げて、聞いた。
「どれくらい欲しいの?」
「全部。」
笑みを浮かべているが、『ピエロ』の目は笑っていなかった。
「……ふざけないで。」
意味がわかって、わたしは『ピエロ』を睨みつけた。
「ふざけてないよ。」
「なら、バカにしてるの?」
『ピエロ』はとても寂しそうに笑った。
「『死神』さんがせっかく、『本性を現した』って言ってくれたんだ。だから『ピエロ』の僕は嘘をつかない。」
「だったら……。」
わたしがまだ何か言いかけると、『ピエロ』がわたしを抱き締めた。
「ねぇ『死神』さん。いらないんでしょ?僕に頂戴よ。」
確かに、いらない。
捨てるつもりだったし、壊すつもりだったのだ。
だったら、他人にあげてもいいかと思えてきた。
だけど……。
「……欲しがる人間がいると、惜しくなるものね。」
「やっぱりダメ?」
わたしは『ピエロ』に口付けした。
短い、触れるだけのを。
口を離すと『ピエロ』は口を半開きにして、ポカンとしている。
『ピエロ』のその反応は可愛くて、笑った。
「半分だけあげるわ。交換しましょう?」
『ピエロ』は照れたように頭を掻いてから、答える。
「是非、お願いします。」
ほんの5分程の会話で、わたしの心は驚く程軽くなった。
でも、それを言うと『ピエロ』は調子に乗りそうだったので、わたしはもう一度『ピエロ』に口付けして誤魔化した。
わたしの魂の半分が、『ピエロ』に渡るように願いを込めて……。
「あんまり、無茶しないでよ。」
ジャンクフードの飲食店で、わたしは『ピエロ』と食事をしていた。
「『死神』さんの半分は僕のなんだから。」
わたしに何かあると、決まってそう言ってくる『ピエロ』。
わたしは少しウンザリしながら言った。
「仕方ないでしょ。もう好きにするって決めたんだから。」
わたしは腫れた頬を、湿布越しに摩りながら答えた。
「文句ある?」
「……いや、ないよ。」
しかし、『ピエロ』はまだわたしを見つめていたので聞いた。
「まだ、何かありそうだけど。」
「ううん。でも、もう『死神』さんは似合わないかなって。」
わたしは首を傾げて、『ピエロ』の言葉の続きを待った。
「『女神』さん、とかどうかな?」
ネーミングセンスの無さに、笑う。
「『死神』でいいわよ。」
『死神』と『ピエロ』じゃない時のわたし達は、まだ自分を偽って、取り繕って、猫を被って生活しているけれど、少しずつ自分がしんどくないように生きられるようになってきた。
そうやって遂に、父に意見できるまでになったのだ。……殴られたけど。
まだまだわたし達の周りは、生き辛い。
でも『ピエロ』がいれば、わたしは平気だ。
「ねぇ。半分じゃなくて、やっぱり全部あげようか?」
わたしがそう言い出したので、『ピエロ』が不審な目でわたしを見る。
そんな『ピエロ』にわたしの事を理解してくれている気がして、嬉しくなった。
「わたしを要らないと思ったら、あなたが刈り取ってね。」
予想通り、また物騒な事を言い出したとでも言いたそうに『ピエロ』が苦笑した。
「それじゃ、僕が『死神』になっちゃうよ。僕は『死神』さんを笑わせる、『ピエロ』でいたいんだ。」
わたしは自分の顔が熱くなるのを感じながら、「なにそれ。」と『ピエロ』をバカにしたように笑った。
自分を蔑む『死神』少女と、『ピエロ』の少年 ちょくなり @tyoku_nari08
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