ひとめぼれ

烏川 ハル

ひとめぼれ

   

 僕が彼女の家に初めて足を踏み入れたのは、誕生日会にお呼ばれした時だった。

 小学生の誕生日会なんて、本人の意思というよりも、むしろ親が参加メンバーを決めているのではないだろうか。彼女と親しいはずなのに来ていない女の子もいて、僕は、そんなことを考えてしまった。

 同じクラスの友達ばかり、十数人。男の子も何人か出席していたけれど、女の子の方が圧倒的に多くて……。

 その中の一人が、ふと庭を見て、こう言ったのだ。

「あら、あのお花! きれいね。まるで陽奈ちゃんみたい」

「ほんとだ! 赤と黄色の組み合わせが、いかにも陽奈ちゃん!」

 キャッキャと騒ぎ出す女の子たち。

 僕たち男の子は「花なんて、そんなに面白いか……?」という顔をしながらも、釣られるようにして、庭に目を向けた。


 確かプランターと言うのだろう。横長の形をした植木鉢。その人工的な長方形の花壇に、問題の花が植えられていた。

 少しオレンジを帯びた黄色と、褐色がかった赤色。まるで誰かがイタズラして黄色い花の中央を赤く塗ったかのように、グラデーションではなく、はっきりと違う二色からなる花だった。

 なるほど、ちょうど彼女が頻繁に着ているブラウスとスカートの色合いに、少し似ているかもしれない。

「ありがとう。これ、お花屋さんでは『蛇の目草ジャノメソウ』として売られていたの。でも、波斯菊ハルシャギクって別名もあるんですって」

「ハルシャギク! その方がかっこいい名前ね!」

「菊なの? だから黄色いのね!」

 彼女の説明に反応する女の子たちの中に、一人、さらに話題を広げる者がいた。

「ハルシャギクなら、私も知ってる! 『いつも陽気』って花言葉があるのよね?」

「わあ、ますます陽奈ちゃんにぴったり!」

 クラスの中では、明るく賑やかな女の子として評判だった彼女。

 だから、その場の盛り上がりも、まあ理解できる話ではあったが……。

 正直、僕にとっての彼女のイメージは、全く別のものだった。


 あれは、新しいクラスになって、まだ全員の顔と名前が一致していなかった頃。

 たまたま朝早くに登校して「今日は僕が一番乗り!」と思いながら教室に入ったら、既に来ていたのが彼女だった。

 窓際の一番後ろに座って、頬杖ついて静かに外を眺めていた彼女は、まるで名画の中から抜け出してきたかのように美しかった。

 漫画やアニメの中から、ではなく『名画の中から』だ。わずかに物憂げな彼女の横顔は、水彩画に残しておきたいようなおもむきがあって、僕はこの時、自分に絵心がないことを強く後悔した。

 この芸術的な空間に、僕のような子供が足を踏み入れてはならない。そう考えてしまい、教室の入り口で止まるほどだったが、

「あら、おはよう」

 僕に気づいて彼女が挨拶してきたことで、その空気は壊れてしまった。


 これが、彼女に対する第一印象だった。

 それに、女の子から「おはよう」と言われてあれほどドキドキしたのは、後にも先にも経験がない。だから、きっと僕の初恋だったのだろう。

 なお、後になって知ったのだが、ハルシャギクには、『いつも陽気』だけではなく『一目惚れ』という花言葉もあるそうだ。

 だから、僕は思った。

 やっぱりハルシャギクは陽奈ちゃんの花だ、と。




(「ひとめぼれ」完)

   

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