23 ~学園と楽園の守護者~

 一連の困難を乗り越えた陽兵たちは、しばしの安息を堪能する。

 幻魔の狐白を仲間に加えた、新たな日々の始まり。

 一方、風紀委員長である紅羽は、陽兵たちと別れて一人帰路に就く。

 人間たちを戒める法の番人は、今回の一件に関して何を思うのか。


「よぉ、委員長。もう帰るのか?」

 部屋の外で腹筋を繰り返していた仗司が、顔を上げて紅羽へと声をかける。

「ええ、大事な用はもう済んだし。

 さすがに血を流しすぎたから、家に帰って安静にしないと」

 紅羽は疲れの色を隠すことなく、やっと休めると溜息を吐く。

「馬嶋君こそ、まだここに残るつもり?」

 あたしが早まらないよう見張っていたのなら、その役目も終わりのはず。

「ああ、なんか豪勢な昼飯を奢ってくれるらしくてな。俺が自分の部屋に帰るのは、たらふく飯食ってからだ!」

 自分の腹をばしばしと叩きながら、豪快に笑う仗司。

「それじゃ、またどこかで」

「おうよ」

 紅羽は別れの挨拶を簡単に済ませて、一人足早に玄関を目指す。

 たった一つの不確定要素が、結末を大きく変えてしまうこともある。

 馬嶋仗司――最大の誤算は、彼の関与だったのかもしれない。適当な理由を付けて、彼を学食に留めておけば良かった。今となっては、後の祭りだけれど。

 焦る必要はない。まだ時間は残されているのだから、新たな機会を用意すれば良い。

 紅羽は大広間を通り抜け、玄関へと続く吹き抜けの廊下を進む。

 人形達との激しい戦いの跡は、まだ何も片付けられていない。廊下を横からぶち破った大穴が、新たに一つ加わっている。

 狐白――彼女の強大な固有幻想は、まだ得体が知れない。

 一時は検索不能になっていたその居場所。スマホの消失が原因だと思っていた。けれど、今では何の問題もなく、その情報を取得できている。

 狐白さんはティアの固有幻想を妨害できるのか。あるいは、あたしが重要な何かを見落としているのか。今はまだわからない。

 いずれにしろ、重要な警戒対象であることに違いはない。

「……た……たすけ……」

 玄関を目前にした紅羽の耳に、幻聴のようなか細い声が届く。

 目を向けるとそこには、蝋燭の炎を思わせる赤い靄。宙に浮かぶ親指サイズのそれは、一息吹けば消えそうな程に儚い。

 紅羽は無言のままに右手のグローブを脱ぎ、その白く透き通る手を靄へと差し出す。

「……たす……かる……」

 餌に群がる魚群のように、赤い靄が指先に纏わりつく。

 少しでも喰らって、力を回復したいのだろう。

 でも、残念……それは、人間の手じゃない。

(……誰じゃ、わらわに噛みついたのは?)

 ぼふっ

 一瞬で、跡形もなく飛散する赤い靄――恋心のイルミナ。

「……あたしの花撫を、散々傷つけたあんたを……助けるはずないし」

 すでに消え去ったイルミナへと、恨み言を囁く紅羽。

(……おぬし、わらわの扱いが、最近雑になっておらぬか?)

(気のせいね)

 右手を介して語りかけてきた存在を、あたしはいつも通りに軽くあしらう。

(学園の維持・管理に手を貸してもらう代わりに、わらわもこうして、手を貸してやっておるのに……つれないのぅ)

 構って貰えず寂しいのか、いじけてしまう大いなる存在――幻神イスラフェルティア。

 互いに利用し合っているだけの、あくまでドライな関係。ティアの本当の目的が何なのか、別に知りたいとも思わない。

 あたしがあたしのままで居られる、この楽園を……あたしはこの手で守りたいだけ。神様ゲームを終わらせようとする者は、一人ずつ確実に消してゆく。

 紅羽は処刑の舞台であった洋館を後にしながら、自らの覚悟を新たにしていた。


 ―― 白い狐と爆弾鬼 完 ――

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神様ゲームをぶっ壊せ! 御堂教慈 @cabep906

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