第3話「犬、吐く」



「まあ、レイドは生徒会長と幼馴染みだったのですか」

「ああ、田舎から追いかけてきたんだ。あの容赦のない俺への躾けが忘れられなくて……」

「ホンマに幼馴染か疑いたくなる話ぶっ込んでくるのやめーや」


 まあ二年前の"事情"もあり、最近はあまり話せてはいなかったけど。

 そんな風にコソコソと顛末を説明していれば……


「――はーいそこ、うるさいですよー。先生の話に集中してくださいねぇ」

「すいませんでした、先生。お詫びにあなたの犬になりたいと思うのですがいかがでしょう」

「あはぁ、私駄犬を飼う趣味はないんですぅ」

「お゛っ」

「ちょっと気持ちよくなっとんちゃうわ、会長の犬になるんとちゃうんか?」

「飼い主なんてどれくらいいてもいいものだからな」

「犬やなくてケダモノやんけ……なんでこんな変態がオレらと同じSクラスやねん」

「まあ魔法は精神力も大事な要素ですからね、レイドはよほど犬になりたいのでしょう。ジュウベエも見習いなさい」

「お前、兄ちゃんが変態になってもええんか……?」

「よりシキノミヤに虐げてもらえるじゃん」


 入学式を終え、俺達新入生は各クラスに振り分けられた。

 俺は最も魔法適正が高いSクラスに配属となり、シキノミヤ双子もそうだったのだ。


「気になっていたのですがレイド? なぜ私だけシキノミヤ呼びなのですか?」

「えっ、そんな……女の子を名前で呼ぶとか、そんなんもう結婚前提にお付き合いする恋人じゃん……」

「お前の恥の基準が全く分からん……」

「区別されるのは好きではありません。これからは名前で呼ぶように」

「はい……」


 今は割り振られた教室で、どこかおっとりとした女性の担任から学院に関しての説明を聞いているところだった。学院パンフにも書いてあるような内容だったため聞き流してしまっていたが。

 それにしてもあの担任……耳が尖っているし、おそらくエルフ族か。エルフは狩猟が得意と聞く。エルフの犬となり、射撃の的になるのもいいなあ。


「……なんの話だったか。ああ、俺とジュウベエが一緒に“立派な犬”になろうって話だったっけ?」

「お前しまいには斬るで?」

「はいそこー、みだりに魔道具を行使しようとしないの」


 ジュウベエが眉をピクピクと動かしながら腰に手をやると、どこからともなく鞘に収められた細長い剣が出現した。確か……


「おお、刀か。刀には斬られたことないからな。ヒノクニ出身の飼い主の場合を考え、一度味を知っておくべきか……」

「お前ホンマ……」


 はあ、と。ジュウベエは肩を落として刀を消す。ああ、もったいない……!


「――はいということで、魔法使いが強力な魔法を行使する際に必要な道具が“魔道具”なわけですが、あまり実習時以外では行使をしないようにしてくださいねぇ。特に武装型は単純に危ないですから」

『はーい』


 魔道具の種類は千差万別。

 己の適正によって姿を変える魔道具は、このジュウベエのように武装であったり、俺のように腕に巻かれた首輪であったりする。


「ハオール君のは……ああ、常時発現の申請がされてますね」

「いつでも飼い主に首輪をかけてもらえるように。 俺は意識の高い犬ですからね」

「お前のそれ魔道具やったんか……」

「性癖が出ますねえ」

「他にも、たとえば魔道具がないと生活に不便する子がいたら、遠慮せずに言ってくださいねぇ」


 スルーか、だがそれもいい。


 魔道具は魔法使いにとっての礼装であると同時に、生活を補助するものでもある。

 このクラスにも何人か、足や目を悪くする者などが杖や眼鏡を象った魔道具の常時発現を申請しているはずだ。


「シキノミヤ君も、従者や警護を担う生徒は武装型でも申請が下りますからね。ただ、罰則は重くなりますが」

「検討しよかな、変態が襲いかかってきたらいつでも斬れるように」

「照れるぜ」

「誉めとらんわ」

「気持ちいいぜ」

「無敵やめーや」


 ジュウベエはわなわなと震え、ユエは隣で目を細めクスクスと笑う。彼女は兄をからかうのが好きなのかもしれないな。


「はい、それじゃあ話の続きですが――」


 パンパンと注目を集めるよう手を叩き、すり鉢状の教室内で教壇に立つ先生は説明を続ける。


「基本、魔法教育はあなた達、十六歳となる年齢から受講が可能となります」


 精神が不安定な年齢だと魔法が暴走して危険だからだ。

 だが、例外もある。


「ジュウベエや、ゆっ……ユエはもう教わってるんだろ?」

「お前もやろ、魔道具出してるし。あと詰まんな」


 俺は独学みたいなものだけどな。


「シキノミヤはお家柄もあって、幼少から先んじて教えを施されるのですよ」


 クスリと笑う彼女は、いつの間にか指の間に一枚のカードを顕現させている。おそらく、あのカードが彼女の魔道具なのだろう。用途は不明だが。

 そんな俺達や頷くクラスメイトを見て、先生は言葉を引き継ぐ。


「そう、おうちの意向で既に基礎は終わっている生徒かつ、それぞれの魔法適正が高い子達が、ここに集められた皆さんです」


 とはいえ、自分の望む魔法使い像と適性が一致しない者もいる。そういった子はもう少し下のクラスで余裕のあるカリキュラムを組むのだ。魔道具もその精神に合わせ形状が変化することもある。

 つまり、ここにいる者は皆、それなりの適正と目指す理想を持っているということ。

 ただ……


「――ハオール君は、あとで職員室に来るように」

「お前なんかやらかしたんか?」

「適正測る試験の時にちょっとな」

「ああ、あの魔石で診断するやつな。オレは付与魔法適正Sやったけど……お前はなんなんや?」

「犬だ」

「は?」

「だから、犬だ」


 二度言うと、教室内にいる者達は唖然とし、先生も頭を抱えている。

 俺も当時を懐かしく思い、遠い目で語った。


「魔石に触ったらいきなり罵倒してきてな。『この犬! 犬適正S!』って」

「お前なんでこのクラスいんの?」

「SなのにMとはこれいかにですねえ」

「俺は誇り高きマゾだからな」

「マゾなのに誇りが高いとかもう分からんなこいつ」


 思い出すなあ、無感情なはずの魔石が声を荒げて。

 俺は無機物に罵倒されるという新しい境地に至ったぜ。いい経験させてもらったあ……。

 先生もあの場にいたのか、痛そうにこめかみをグリグリと揉んでいる。


「……前代未聞ですよまったく、魔石が狂わされるなんて。はあ、ちょうどいいです。職員室でやろうかと思っていましたが」


 先生は鞄をゴソゴソとし、掌大の魔石を取り出す。

 それは適性試験で見た物より大きく、そして形も綺麗な球体だった。


「より正確に測ることの出来る物を、占星学の先生から借りてきました。ハオール君、前へ。もうここで測っちゃいましょう……」

「え、いや先生いいじゃないですか、犬で」

「ダメです。いくらSクラスでも犬用のカリキュラムなんてないんですからね。キチンと測りましょう」

「うっ……」


 先生の少々げんなりとした声に、俺は往生際悪く足掻こうとする……が、ジュウベエが急かす。


「ほれ、はよ行きやレイド。なんやオレも、お前の適正がなんなのか興味あ――」

「えぇー? ハオール君ってえ、魔法適正犬並みなのぉ? クスクス、ざぁこ♡ざぁこ♡」

「くっ……このメスガキ……! 分からせられちまう……!」

「なにしてんねん」


 背中を蹴られた。

 だってこの唐突に出てきたメ(イガ)ス(の)ガキが……! 俺が分かってやらねえと!


「ハオールくぅーん?」

「……はい」


 先生の圧力に従い、渋々魔石の乗った教壇の前へ。

 くっ、あの時は誤魔化せたが……いや、万一の可能性も!


「――」


 皆が注目する中で、俺は球体に向かって手を伸ばす。そうすれば、輝かしい魔石が更に煌めき――


『レイド・ハオール。適正、奴隷魔法。適正値、魔力共に……計測不能』


 ……そう、無機質に告げるのだった。


「あん? 奴隷魔法言うたら、相手に強制を促す魔法やんけ」

「それを、レイドが? それはまた、因果なものですね……それにしても、計測不能とは……」


 ざわつくクラスメイトの声の中で、シキノミヤ双子のなんとも言えない感情を込めた声を聞きながら俺は……う゛っ。


「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ」

「きゃあー! ハオール君―――!?」

「吐きおったでこいつ!」

「へえ……」


 叫ぶ担任やジュウベエ。そしてどこか含むような声を出すユエを視界の端に捉えつつ、ぐらりと体勢を崩す。


 ああ、やはり変わっていなかったか。


 奴隷魔法。

 捕捉した者を己の奴隷と化す魔法。人の心を上から踏みにじり、信念すらねじ曲げる傲慢で最低の魔法。


 ……俺は、そんな自分の魔法適性が、大嫌いなのだった。


 薄れゆく意識の中で、俺は一人の女の子の姿を幻視する。

 月の光を纏う銀の髪に、血のように紅い瞳。だが、さっき見たより幾分か幼い。


 ――そんな少女の瞳の端から流れる、一筋の涙を。

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