第11話「犬、尾行される」



「よっと」


 明るい色のレンガ屋根の上に一人、軽快に降り立つ者がいた。


「まあ、さすがに警護役が離れるのはアカンやろ」


 様々な種族が住まうアルビオンでも珍しい黒髪黒目に、飄々とした喋り方。

 ユエ・シキノミヤの双子の兄にして彼女の守護者、ジュウベエ・シキノミヤであった。


「……妹のデートを覗き見するってのもアニキとしては微妙やけどなあ」


 彼の眼下。

 そこには舗装された石畳の道を歩き、時折出店を冷やかす彼の妹と同居人の姿があった。仲良く手まで繋いでいる。


「どういうつもりなんか……」


 溜め息と共にそんな言葉を漏らす。ジュウベエは、ユエの真意を測りかねていた。

 これまで欲しい物は必ず手に入れてきた自分の妹。

 だからこそ、こうして自分の物にならなかったレイドを手に入れるべく執着しているのか。それとも――


「女の子として……?」


 ゾッとしない話だと、ジュウベエは頬を引くつかせた。


「兄ちゃん嫌やで……あんなんが家族になるんは」


 その件の"あんなん"は現在、少々緊張した面持ちで妹の手に引かれ、アルビオンの街並みを見物している。


「レイド・ハオール、か」


 正直、彼のことはまだよく分かっていない。

 可愛い女の子の犬になりたがる変態でドMで……とりあえず変態であることしか分かっていない。


「種族も分からんし、実力の程も分からん」


 まあだからこそこうして監視をしているのだが。


「妹から目を離して怪我させました、なんて言うたら……」


 ブルッと、ジュウベエは恐怖に身を震わせる。

 思い起こすのは、自分に刀を教えた師匠の言葉だ。


『よいか、ジュウベエ。兄とは妹を守る道具だ。一つの刃だ。刃とは敵を殲滅した時のみ、その価値を証明できる。敵を殺すことのできぬ刃など塵以下と知れ。――お前の持つそれはなんだ!』

『刀です! 妹を守るための凶器です!』

『馬鹿正直に答えるな、言葉よりも先に斬り殺せと言っているのだ! 黙って俺に斬りかかって来るくらいの気概を見せんかこのたわけがァー!!!』

『ぎゃーす!?』


 "俺は主と妹を守る道具だ"が口癖だった師匠に、この人だと思い弟子入りしたのは自分だったが……正直、今生きているのは奇跡だと思っている。


「ユエが傷付いたなんて知られたら殺されるで……」


 そう、だからこそきちんと見張らねば。

 大事な妹の隣を歩く男が、突然暴れたりしたら直ぐ様斬れるように。


「まあ言うてそれほど心配は……お?」


 春の晴れ渡る空の下。

 ぴょんぴょんと民家の屋根を伝って彼らの様子を探っていたが……そのさらに後方に、自分と同じく彼らを眺めている者がいる。


「あれは……」


 石造りの家に半分身を隠している一人の少女。

 変装のつもりなのか、帽子と眼鏡をかけているが……仕立ての良いドレスのような服を纏い身分はモロバレ。

 なにより帽子から覗く銀色の髪が、その者が誰なのかを一目でこちらに伝えてきていた。


「……ちょうどええかもしれんな」


 そう言って。

 じいっと、注意深そうに眺めている少女の近くに、ジュウベエは飛び降りた。


「……自分ちの犬が気になるんですか、会長さん?」

「うん、私以外の子とお出かけなんて初めてだからね。シキノミヤ君も同じ口でしょう?」

「お、おう、そうですな」


 降り立ったジュウベエに視線も寄越さずに、我等がアルビオン魔法学院の生徒会長、シンシア・ジェイルニールはそう答えた。


(天才魔法使いは伊達やないっちゅうことか)


 まさか自分の名前まで把握されているとは。


(一体いつから気取られ――)

「最初からだよ。シキノミヤ君がユエちゃんを心配して学院を出た時から。私もレイドが心配で来ちゃった」

「……参った、降参や」


 ジュウベエは手を上げ、ひらひらと振る。

 勝負をしていたつもりはないが、心まで読まれるとなると何もできない。


「まあ、シキノミヤ君の心配ももっともかな」

「話が早くて助かりますわ」


 そう、わざわざ彼女に近付いたのはレイドの情報を得るため。幼馴染みであれば、彼の人となりも十分に知っているだろうと踏んだからだった。


「ふふ、安心していいよ。レイドが女の子に乱暴することは絶対ないから」

「それは……根拠でも?」

「私がそう躾たからね!」


 自慢気に言うシンシアを前に、ジュウベエもどう反応したものかと愛想笑いを浮かべる。


「大変だったんだよ、あそこまで躾るの」

「そ、そうっすか」


 もしかしてこの女もやべーやつなのでは?


 嬉々として彼を躾た事を語る少女に、ジュウベエは幾ばくかの不安を覚えたが今は聞くしかなかった。


「レイドも最初はああじゃなかったからさ。拾った時なんて私以外の人みんなに噛みつこうとしてたんだから」

「へ、へえ……? まあ会長さんほど強かったら、犬だろうが狼だろうが形無しでしょうな」

「ん? んー……まあ確かに私は万能型だけど、レイドは――あっ」

「あん?」


 彼の一端を聞き出せそうだった時、なにやらシンシアが気が付いたように声を上げる。

 その視線の先には……


「ひゅー、可愛い子連れてるじゃねえか白髪の兄ちゃん」

「ちょっと俺らとも遊んでよ」

「な、なんやあのコテコテのチンピラは……」


 そこには、どこか遊んでいる雰囲気を纏わせる複数の男達に囲まれているレイドとユエの姿があった。


「妙やな、ユエなら魔法で回避できるはず……」


 ヒノクニでもユエは占いの魔法を使って分かりやすい危機は回避していた。

 しかし、これは……


「あらあ、レイド怖いですー♪」

「あ、あの妹……」


 わ、わざとだ。

 悪戯な笑みを浮かべ、レイドの腕に縋る妹の姿を見てそう確信する。

 ……どうやらレイドを試そうとしていたのは自分だけではなかったらしい、とジュウベエは独りごちる。

 しかし、目の前に脅威が現れたとなれば……


「会長さん、すまんな。オレは行くわ」


 敵は斬らなくては。

 師匠の教えに従い、刀を抜こうとしたジュウベエだったが……


「まあ待って待って、シキノミヤ君」

「うお!?」


 咄嗟に袖を捕まれ、たたらを踏む。


「なんやねん……」

「ほら、見て」


 楽しそうに言うシンシアの細い指が向かう先で、彼らを取り囲むチンピラが何かを言っている。


「――な、ちょっとでいいからさあ」

「そうそう、門限何時? それまでに回れる最高のプラン組んで家に送り届けるから」

「隣の兄ちゃんも一緒でいいから、俺らとも遊ぼうよ。友達も呼んでいいよ」

「俺らがお金全部払うから! たまには可愛い女の子と遊ぶ……いや遠くからでもいいから眺める機会をくれよぉ!」


 そんな風に、やいのやいのと言う若者達の声がジュウベエの耳に入ってきた。


「いやあいつら絶対良いやつやん……」

「アルビオンは治安いいからね」


 アルビオンは様々な種族が住まうことから、警備隊も常に諍いがないか嗅ぎ回っている。罰則も重い。分かりやすい悪人など存在しないのであった。


「ユエわろてるし」


 おそらくちょうどいい塩梅で遊びたがっている彼らとぶつかるよう、占いの魔法でも使ったのだろう。


「心配する兄の身にも……お?」


 しかしここで、動きを見せる者がいた。

 その者の名はレイド。彼は肩を並べるユエの前に立ち、まるで守るようにその身を踊らせたのだった。


「ほーん?……実力の一端でも見せてくれるんか?」

「ふふ、見ててね」


 怪訝そうにジュウベエが言えば、壁から覗くシンシアが自信ありげに笑う。

 まあ女を囲んでいるという事実は変わらないのだ。ジュウベエは少し期待を抱きつつも、いつでも飛び込んでいけるように足に力を入れた。

 そうして注意深く、彼らの動向を目で追う。


「おっ、レイド上を脱いだで」


 ケンカでは服を脱ぐ派か。

 意外に男らしいレイドの仕草に、ジュウベエは感心したように息を漏らした、が。


「いや下も脱いだで!?」

「ふっふっふ」

「なにわろてんねん会長」


 上半身だけでなく、下半身も脱ぎ出したレイド。

 その様を見てシンシアは不敵に笑い、彼を囲む若者達はドン引き。ユエは赤くなって顔を隠していた。

 そうして下着のみとなったレイドは、周囲の者達に睨みを利かせながら石畳の上に仰向けとなり……


「――さあ、来い!!」


 そう青空に向かって叫んだ!

 いや何がさあ来いやねん撃退するんとちゃうんか。


「その欲望、俺が全て受け止めてやる。さあ! 遠慮なく! 俺を踏むなり蹴るなりするといい!」

「え、あ、いや……け、結構です……」


 しかし、レイドの威勢のいい(?)声に反しそそくさと。

 周囲にいた若者達はレイドの蛮行に冷や汗を流し、蜘蛛の子を散らすように去っていったのだった。


「ええ……」

「ふふん、どう? 私があれを仕込んだんだよ?」

「ええ……」


 その様子を見、そしてシンシアの言葉を聞き、ジュウベエはもう一度困惑の声を漏らした。


「いやー、さっきも言ったけどここまで仕込むの大変だったんだから!」

「い、いや、そこはこう、もっと大立回りとか……」

「えー? ダメダメ」


 儚く希望を伝えたが、シンシアは手を横に振る。


(いや、ダメて。そこはレイドも男の子なんやから、多少はかっこつけさせてもええところでは――)


「――だって、レイドが本気を出したら大変なことになっちゃうからね」

「……なんやて?」


 聞き捨てならない言葉に、ジュウベエは眉をピクリと上げる。


「言ったでしょ? 仕込むのが大変だったって。"この私が"」

「……っ」


 全魔法に適正を持ち、史上最年少で生徒会長に上り詰めた神童とも評される魔女がクスクスと笑う。


「つまり、それだけ規格外の魔法使いですら手を焼く存在であると?」

「ふふ、そうだよ。最初はみんな噛み殺す勢いだったんだから。私が躾なかったらこの国は……いや、この大陸は大変なことになってたと思うよ。うんうん」

「……」


 ジュウベエはにわかに信じがたいと思い、再びレイドの方へと目をやった。

 あんなパンツ一丁で、ドMで変態の男が……?

 しかし――


「っ!?」


 ジュウベエは見た。

 むくりと上半身を起こし、逃げる者達の姿を追うその瞳。


 ――その紫の瞳に、一瞬だけ得体の知れない獰猛さが見え隠れしたのを。


 見間違いではない。

 今は鳴りを潜め、真っ赤になってチラチラと見上げるユエの隣で服を着ようとしているが……確かに見たのだ。

 あの、人を人とも思っていないような伽藍堂の瞳。あれはそう、どこか自分の師匠を思わせるほどの……


「……レイドは、何者なんや?」


 ジュウベエは今一度、目の前にいるシンシアにそう問いかけるが……


「ふふ、内緒。私がレイドの友人関係にとやかく言うのもどうかと思うしね」


 肩を竦めてそうすげなく言い、


「あ、ほら! 二人が行っちゃうよ。追いかけよう!」

「……」


 レイドの真実を知る少女は、離れていく二人を見て次なる建物の影に移動を開始するのだった。


(なーにが友人関係にとやかく言うのもどうかと、や)


 はあ、と一つ溜め息をついてジュウベエは頭をかく。


(だったらなんで今レイドを追いかけてるんや。繋いだ手を見てムッとしてるんや)


 彼女はレイドとユエを見るのに忙しいようで、自分もまた観察されていたことに気付かない。読心の魔法はもう使っていないのだろう。

 駆ける白銀の髪を見ながら、ジュウベエは今後の学院生活を思う。


「どうも面倒なもんらと関係を持ってしまったみたいやな……」


 なにやらシクシクと腹痛を感じながら、ジュウベエは己の職務を全うすべく我らが生徒会長の後に続くのだった。

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奴隷魔法適正カンストの俺は、しかし彼女の犬になりたい~とりあえず「この犬!」って言ってみてくれないか?~ 黎明煌 @reimeikou

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