第6話「犬、目撃してしまう」
「それでは、会長。お疲れ様ですー♪」
「お疲れ様です、会長」
「ええ、二人ともありがとう」
年上とは思えないほどふんわりとした声と、かっちりとした真面目そうな声を聞きながら手を振る。
「ふう……」
アルビオン魔法学院。
その由緒ある生徒会室の白い扉がしっかりと閉まる音を聴いて、私……シンシア・ジェイルニールは肩の力を抜くように息を吐いた。
「さすがに、少し疲れちゃったな……」
段取りをしてくれたスィール副会長には感謝しないと。
さっきまでいた二人の内の一人。ふんわりした方がスィール副会長だ。四年生という最終学年でありながら、今の役職を引き受けてくれた元生徒会長である。
新入生より小さい身体なのに才能もカリスマもあり、ふんわりとこちらの心を包み込んでくれる……とても、大きな人だ。私が一年生で生徒会に入った時からお世話になっている。
「今度美味しい茶葉でも差し入れなきゃね」
そう言って、誰もいないことをいいことにうん、と腕を上げて伸びをする。
現在、生徒会室は入学式を終えようやく一心地着き、弛緩した雰囲気に包まれている。私の仕事も、あとは簡単に書類を綴じるだけだ。
「……」
静かだ。
今日の行事は入学式のみで、二年生以上はお休み。式中の音を気にしてか、部活動も禁止された今の学院は静謐さに包まれている。
「……んっ、んん」
意味もなく咳払いをしてしまう。
あ、あるよね? 誰もいないのになんか反応窺っちゃうの。
「……鍵はメンバーしか開けられないし」
その生徒会のメンバーも、先程全員帰ったところだ。忘れ物もしていないことは目ざとく確認している。
「……ちょっとくらい、いいよね?」
最近疲れてたし。うん。
「パスワード、573615787667381846768164184675――」
会長机の一番下奥の引き出し。その更にダミーの底を二つほど外したら出てくる、立派な錠前の付いた大きめの黒い金庫。
通販で買った魔石製の錠に手をかざしながら、厳重に設定したパスワードを呟く。
数年前までの通販は飛行魔法での運搬が主流だったけれど、最近は瞬間移動の魔法が流通面に取り入れられて、こういうものも人目を気にせず買いやすくなった。マギゾンってすごい。
ガチャリ、と。
錠が外れ金庫の扉を開けば、そこには落ちてきた日を反射して鈍く光る、私の密やかなストレス発散のための道具が入っている。
「うん、私頑張ったし。ご褒美だよこれは」
ご褒美。
その言葉に、なんだか胸がときめく。久しぶりというのもあるけれど、原因はまた別にある。
「……レイド」
ポツリと、その名を呟く。
入学式でその灰の髪と鉄錆びた色の首輪を見つけた時から……胸が苦しい。でも、温かい。
「……れーくん」
小さい頃に森で拾い、そのまま姉弟同然に育った彼。
とはいえ、ジェイルニール家は田舎の中でもそこそこの豪族。
私はお嬢様として邸宅に住み、そして彼は使用人見習いとして離れに住んでいた……のだけど。
「よく私が連れ出しちゃったっけ」
唇が綻ぶ。
二人で森へと抜け出したり、町に出かけてお店を冷やかしたり。覚えたての攻撃魔法の的にしたり、なんかムカつく顔してたから鞭で叩いたり。
そんな二人だけの楽しい思い出が、温かく胸に去来する。ふふ、素敵……。
「でも……」
二年前のあの日。
彼が初めて魔道具を出すのに成功した日に、私達の関係は大きく変わってしまった。
「私が……彼を傷付けたから」
そしてそんな自分にも、余裕がもてなかったから。
「だけど、もう大丈夫」
あの日から考えて考えて、悩みに悩み抜いて……私は一つの結論を出した。
その間、彼には辛い思いをさせたかもしれないけれど。
「この気持ちを、伝える。彼がもし私を追って入学してきてくれたら、伝えるって決めてた」
本当なら今すぐにでも彼に会って話がしたい。
だけど、やっぱり、その……恥ずかしい。
「だから、今はまだ、少しだけ休憩を……ね?」
ああ、頬が熱い。
鏡を見れば、頬が私の瞳くらい真っ赤だ。
「……君のせいなんだからね、れーくん」
私がこんな気持ちになるのも、胸がドキドキするのも。
ジャラリ……
――そして、こんな道具を買っちゃったのも。
「ここっぽいな」
道を聞いた人が生徒会のメンバーでよかった。
調度品だらけの学院の小綺麗な廊下を進めば、聞いた通り厳格な白い木製の扉が俺を出迎えた。
「くんくん……はっ、シンシア様の香りがする!」
この上品で馥郁たる茶葉のような香り……俺には分かる!
この扉の向こうに、俺の飼い主になるべき女の子がいる! 尻尾があればブンブンと振っているところだ。
俺は居ても立ってもいられず、扉を拳で叩く。
「……ん?」
おかしい、反応がない。
いや、違う。反応が消えたと言うべきだ。俺がノックするまで、室内から微妙に熱っぽい吐息が聞こえていたのだ。
「はっ、まさか!」
アルビオン魔法学院の生徒会長職はかなりの重責と聞く。
もしや過労で熱を出し、倒れているのでは!?
「くっ、鍵か……」
力に任せてドアをガチャガチャしても、開く気配はない。
「……かくなるうえは」
これは有事だ、仕方のないことだ。そう、飼い主のためなのだ。
『――開け』
体内を巡る魔力の奔流に乗せ言葉を紡げば、その荘厳たる扉さえ俺に膝を折る。
「……おえ」
ガチャリと鍵の開く音を聞きながら、吐き気を堪えた。
無機物相手の奴隷魔法行使であれば、めちゃくちゃ頑張ればいける俺なのであった。動物まではなんとか。人相手は絶対無理。俺は誇り高きマゾなのだ。
「だが、これで!」
逆流しかけた朝飯を飲み込み、俺は颯爽と扉を開ける。犬が飼い主の危急を助けるのはよく聞くこと。ご褒美に蹴ってくれるだろうか。
しかし――
「大丈夫か、シンシアさ、ま――っ!?」
言葉が止まる。
アルビオン魔法学院。
扉を開き、その由緒ある生徒会室で俺を出迎えたのは……
「えっ!? だ、誰っ!?」
笑顔で俺を平手で殴る可愛い女の子でもなく。
唐突に一発芸をしろと言い、面白くても「生意気♪」と言って俺を理不尽に蹴る素晴らしい女の子でもなく。
「し、シア姉……?」
「え、もしかして……れーくん?」
――目隠しをし、両手を囚人用の拘束具で椅子に縛って熱い吐息を漏らす、銀髪の少女。
誰もいない生徒会室で一人、目隠し緊縛放置プレイを堪能する……我等が生徒会長様だった。
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