第4話 地球を握りつぶして
至近距離から銃で撃たれた人間は負傷するか死ぬかがセオリーだが、ところがどっこい俺は生きていた。
「大丈夫ですか」
リリアーヌの青い双眸が上から俺の顔をのぞきこむ。どうやら俺は彼女に膝枕されているようだった。やわらかな膝の感触が心地よいし、絹糸よりもなめらかな金髪が俺の顔をくすぐる。
「ああ、なんか大丈夫だ。普通に生きてる。リリアーヌのおかげなんだろ?」
「はい。きちんと修復しました」
名残惜しさを感じつつも膝枕と別れを告げて立ちあがる。
「先程のホモサピエンスにはちょっといなくなってもらいましたので」
慎ましい胸の前で両手を合わせ、リリアーヌは晴れやかに微笑む。まるでやわらかな陽だまりのようだ。
俺は何度かまばたきをして、相変わらずリリアーヌが甘やかな乙女に見えることをゆっくりと理解する。どこからどう見ても人間にしか見えなかった。西洋人のパーツで日本人のような美貌を作るときっと彼女のような顔立ちになるのだろう。いや、見えるだけじゃない。先程の感触だって人間そのものだ。
「とりあえずリリアーヌが普通に人間に見えるんだけど……」
「前にも言ったじゃないですか。ホモサピエンスが私を認識するには無意識のイメージがもとになってますから。それで、人間に見える私はちゃんと可愛いですか?」
「あ、ああ」
「そうですか。それは良いことです。可愛いは大事です。私は学びました」
イメージ。それはつまり俺は無意識のうちにリリアーヌをこのような姿でとらえているということなのか。フリルのついた白いワンピースが似合うような可愛らしさで。俺はどうにも気恥ずかしくなった。
「それでどうしましょうか」
「どうするって何を?」
「他のホモサピエンスですよ。また今回みたいなことがあったらさすがに嫌じゃないですか。滅ぼしておきましょうか」
リリアーヌは夕食のリクエストを尋ねるような気軽さで言う。きっと本当にその程度の労力で可能なのだろう。
だからこそ俺は言ってやった。
「やりたいなら滅ぼしてもいいよ」
そして付け加える。
「でも滅ぼしたら新しい映画とか一切でなくなるよ」
「それは困りますね。滅ぼすのはやめましょう」
リリアーヌはすっかり娯楽に毒されていた。別にそれでいいと思う。彼女にはそれくらい遊びがあった方がいいのだ。
「では滅ぼすのはやめて支配するのはどうでしょう。支配くらいはしておいた方がいいと思うんです」
「支配?」
「ええ、支配です。私達に歯向かわずきちんと奉仕してもらえるように管理するんです。まあ多少失敗しても大丈夫ですよ。いざとなったら映画を諦めて滅ぼせばいいだけですから」
「じゃあやってみようか」
俺が同意すると、リリアーヌは本当に嬉しそうにくちびるをほころばせる。そのくちびるがさらなる提案を紡ぐ。
「ねえヨシカズ。ヨシカズは私が人間に見えて、しかもちゃんと可愛いのですよね。それなら私、やりたいことがあるんです」
「やりたいこと?」
尋ねると、リリアーヌは勢いよく俺に抱きつく。慌てて抱きとめるとやはり彼女はやわらかい。
「恋愛です。私達も病気みたいに精神を不安定にさせて、それでもずっと一緒にいましょう」
「それは、悪くない提案だな」
「でしょう」
宇宙よりも青い瞳をみつめると、やがてそれは近づいてくる。くちびるにやわらかなぬくもり。ふれては離れてを繰り返す。そして応える舌。嗚呼。これから二人で地球を握りつぶして味わう甘露はきっとこの上ない至福の味なのだろう。それでも俺は今味わう甘露の方がずっと甘いのではないかと馬鹿なことを思った。
地球を握りつぶして ささやか @sasayaka
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