冥界行きの列車

倉谷みこと

冥界行きの列車

 それは、どこにでもある怪談話。単なるうわさのはずだった……。


 その日、田沢たざわ彰彦あきひこは駅へと車を走らせていた。


 時刻は、深夜一時四十分。始発に乗るには早すぎる時間だ。にもかかわらず、なぜ駅に向かっているのか。友人から、駅に『冥界行きの列車』を見に行こうと誘われたからである。


『冥界行きの列車』とは、この町の駅に伝わる怪談話だ。


 ――毎日、深夜二時頃になると、駅の四番ホームに真っ黒な列車が来るという。それは一見すると無人に見えるのだが、よく見ると半透明の人達が多数乗っている。


 列車の扉が開ききるまでその場にいると、


「お乗りください」


 という低い男の声が背後から聞こえてくる。


 そこで逃げ切れればいいのだが、逃げ切れなければ無理やり列車に乗せられて冥界に連れていかれてしまうという。


「……なんで、行くって言っちゃったかなあ」


 大きなため息をつきながらつぶやく彰彦。


 待ち合わせの時間は、深夜一時五十分。まだ時間に余裕はある。ここで引き返しても、あとで連絡さえすれば大丈夫なはず。


 だが、言葉や思いとは裏腹に、家に引き返すという選択肢は彼にはなかった。怖いのはたしかだが、それでもわずかばかりの好奇心はあるらしい。


 しばらくして駅に到着した。駅正面のロータリー横にある駐車スペースに車を停める。横を見ると、見知った車とバイクが停車していた。


 車から降りた彰彦が駅の入り口に行くと、そこには二人の男が立っていた。彰彦の友人たちである。


「お前ら、来るの早くない?」


 声をかけると、


「そんなことないよ。五分前行動は基本だろ?」


 と、眼鏡をかけた男――幼馴染の笠井かさいしのぶが冗談めかして答えた。


「そうだけどさ。でも、忍の場合、好きなことになると十五分前行動になるじゃん」


 彰彦が抗議する。


 しかし、忍はどこ吹く風とばかりにそれを受け流す。


「それにしても、彰彦がちゃんと来るとは珍しいよな。この手の話、超苦手なのに」


 茶化すように、茶髪の男――大貫おおぬきけんが口を開いた。


「そ、それは……なんとなくだよ。なんとなく」


 彰彦が恐怖心を取り繕うように告げると、


「へえ、なんとなく……ねえ?」


 と、兼悟は含み笑いをする。


 彰彦は助けを求めるように忍を見るが、彼は何を言うでもなくにやりとしているだけだった。


「と……とにかく! 早く行こうぜ」


 この場の空気に耐えられなくなった彰彦は、半ば無理やり二人を促し駅の中へと進んでいく。


 忍と兼悟は顔を見合わせると、ほぼ同時に苦笑して彰彦の後を追った。


 駅構内は電気がついていて明るいが、人の気配はまったくない。当然と言えば当然だが。辺りを包む静寂のせいか、どこか寂しい雰囲気を感じる。


 改札口近くにある小さな売店も、当然シャッターが降りて閉まっている。


「何番ホームだっけ?」


 忍が尋ねると、


「たしか……、四番ホームだったはず」


 と、兼悟が思い出しながら答えた。


 三人は、改札を乗り越えて一番ホーム横にある連絡通路への階段に向かう。


「……なあ、うわさの列車、本当に見に行くのか?」


 階段をやや重い足取りで上がりながら、彰彦はそう尋ねた。心なしか、声が震えている。


「おいおい、さっきの勢いはどうしたよ?」


 今更、何を言っているんだとばかりに兼悟が聞くと、


「うっせえ! 怖いもんは怖いんだよ!」


 噛みつくように、彰彦は胸の内を吐露する。


「怖いなら帰ってもいいよ」


 と、忍がさらっと告げる。


 忍と兼悟は、彰彦とは対称的に余裕そうだ。


「や、やだよ! 一人で戻るのも怖いって」


 と、彰彦が今にも泣きそうな顔をする。


「じゃあ、観念するんだな」


 兼悟から死刑宣告にも似た言葉が告げられると、彰彦は肩を落として二人についていった。


 連絡通路にいるのは、もちろん三人だけ。彼らの足音だけが、静寂の中に響いている。


 それがどうも不気味で、彼らの恐怖心を煽る。


 何事もなく連絡通路を通りすぎた三人は、階段を下りて四番ホームへと降り立った。


 等間隔に設置されている蛍光灯の灯りだけがホームを照らし出す。駅構内よりも薄暗く、時間も時間なだけにより不気味さが際立つ。


「……なんか、雰囲気あるな」


「……そうだね」


 と、兼悟と忍。二人とも、気持ち声量を抑えている。


「なあ、もう帰ろうよ」


 彰彦が情けない声をあげると、


「今、来たばっかだろ」


 兼悟が呆れたように告げた。


「彰彦、もう諦めなよ。もう少しで来るんだからさ」


 ほら。と、忍が自分のスマートフォンの画面を見せる。


 画面には、時計が写し出されていた。時刻は午前一時五十九分。問答をしている余裕はない。


 彰彦は、大きなため息をついてうなだれた。


 その瞬間、周囲の空気が一変した。


 どんよりと重くなったのである。


 三人は顔を見合わせた。彼らの表情は、心なしか青ざめている。


「……なあ、なんか寒くね?」


 兼悟が神妙な面持ちで尋ねると、彰彦と忍がほぼ同時にうなずいた。


 先程までとはうって変わって、真夏だというのにとても寒いのだ。


 たしかに、真夏の夜でも涼しい時はある。しかし、そんな時は大抵、昼間も涼しかったりするものだ。


 だが、今日は真夏日を超えて猛暑日と呼ばれる気温まで迫っていた。夜もそこまで気温は下がらず、半袖でも汗ばむ陽気だった。にもかかわらず、午前二時を向かえた時点で、急激に体感温度が下がったのである。


「おい……あれ!」


 と、兼悟が左側を指さして声をあげた。


 見ると、暗闇の中に青白い光が浮かび上がり、こちらに近づいてくる。目をこらすと、その光の中に漆黒の四角形があるのが見えた。


 だが、それが近づいてくるにもかかわらず、音はまったく聞こえない。おそらく、あれが『冥界行きの列車』なのだろう。


「――っ!?」


 いきなり、忍が後ろを振り返った。


「なになになになにっ!?」


 彰彦が、怯えたように早口で尋ねる。


「人が……」


 と、忍が震えた声で告げた。


 その言葉に、彰彦と兼悟はおそるおそる周囲を確認して息を飲む。


 彼らの周囲には、いつの間にか大勢の人がいたのである。皆、一様に半透明で虚ろな表情をしている。


「な、なあ……。これ、ヤバイよ。早く帰ろうよ」


 彰彦が、震える声で忍と兼悟に告げる。しかし、二人は生返事をするだけでまったく動かない。いや、足がすくんで動けないのだ。


 多数の幽霊に囲まれてしまったら、誰でも恐怖で動けなくなるだろう。だが、ここでこのまま突っ立っているわけにもいかない。


 彰彦が、もう一度二人に声をかけようと口を開いた瞬間、線路側から気配がした。振り返ると、漆黒の列車がホームに到着していた。ゆっくりと扉が開く。


 恐怖で呼吸が荒くなる。鼓動が早鐘を打ち心臓が痛い。


(ヤバい! 早くここから逃げなきゃ……)


 そう思うのだが、体が動かない。


 三人が恐怖で動けない中、列車の扉は無慈悲に開ききってしまった。


 周囲の空気がゆっくりと動き出す。


「ひっ!」


 気持ち悪い空気の流れに、兼悟が短い悲鳴をあげた。


 周囲を見ると、幽霊たちが穏やかな波のように列車に乗り込んでいく。


「……逃げよう」


 いち早く冷静さを取り戻した忍が小声で告げると、二人は小刻みにうなずいた。


 その瞬間、


「お乗りください」


 という低い男の声が、三人の真後ろから聞こえてきた。


 三人は、ほぼ同時に振り向く。そこには、駅員の制服を着た背の高い男が、帽子を目深にかぶって立っていた。


 半透明ではないものの、その雰囲気は昼間に出会う駅員とは異なり、重苦しく異様なものだった。


 それを見るなり、三人は悲鳴をあげてその場から逃げ出した。


 彰彦は、周りには目もくれず、全速力で連絡通路まで走る。その後ろを忍と兼悟が追いかけるようについていく。


 階段を駆け上がる途中、後ろから声が聞こえた気がしたが、彰彦は振り返ることなく駆けていく。立ち止まったら、あの駅員に捕まってしまう。そんな気がしたのだ。


 連絡通路を無事に通りすぎ、一番ホームにたどり着く。そのまま真っ直ぐ改札口を飛び越えて駅を出た。


 息を整えようと、入り口の柱に寄りかかった。汗が一気に吹き出す感覚に襲われる。きっと、全力疾走したからだけではないだろう。


 息を整えていると、忍が駅から勢いよく走り出てきた。


「彰彦……置いて行くなよ」


 立ち止まった忍は、息を切らしながら彰彦に告げた。


「悪い、必死だったもんで……。あれ? 兼悟は?」


「――後ろにいたはすなんだけど……」


 忍は、二度三度と深呼吸をして息を整えると、そう言って軽く後ろを振り返った。


 しかし、そこには誰もいなかった。走ってくる足音どころか、物音ひとつしない。


「もしかして、あの列車に……?」


 忍がつぶやくと、


「まさか……。あり得ないだろ、そんなこと」


 信じたくないとでもいうように、彰彦が否定した。


「兼悟、言ってたじゃん。男に声かけられて逃げ切れなかったら、無理やり列車に乗せられるって……」


 と、冷静を装って告げる忍だが、声はわずかに震えていた。


「それは……」


 そうだけどと言おうとした瞬間、甲高い警笛が鳴り響いた。それは、忍の言葉を肯定するようにも聞こえる。


 二人は、声にならない悲鳴をあげて顔を見合わせた。


「とにかく、メッセ入れて……今日は帰ろう」


 忍の提案に、彰彦はうなずいてグループチャットにメッセージを記入する。


 おそらく、兼悟からの返信はないだろう。だが、万が一の可能性にかけてみたいのだ。


 明日、連絡を取り合うことを約束すると、二人はほぼ同時にその場を後にした――。


 震える手でハンドルを握る。恐怖の余韻と罪悪感にさいなまれるも、彰彦は車を走らせた。しかたがなかったのだと、何度も自分に言い聞かせながら。


 無事に帰宅した彰彦は、スマートフォンをテーブルの上に置くと、シャワーを浴びずに部屋着に着替えて床についた。


 早く寝てしまおうとまぶたを閉じるが、まったく眠れない。


 不意に、あの駅員らしき男の低い声が脳内によみがえった。


「――っ!」


 彰彦は寝返りをうつと、布団を頭までかぶって耳をふさいだ。実際に聞こえるはずはないのだが、そうしないと、またあの男の声が聞こえてきそうで怖かったのだ。


 いつの間にか眠っていたらしい、気がついた時にはカーテンのすき間から陽ざしが差し込んでいた。


 時計を見ると、時刻は昼の十二時をすぎていた。


 顔を洗って着替えると、彰彦はテーブルに置かれているスマートフォンを手に取った。グループチャットを開くが、兼悟からの返信はない。


「兼悟……」


 つぶやいた声には、諦めの色がにじんでいた。


 やはり、あの列車に乗せられてしまったのだろうか。


 そんなことを考えていると、スマートフォンが着信を知らせる。忍からだった。


 もちろん、電話に出る。


『もしもし、彰彦? 兼悟から連絡あった?』


「いや、ないよ」


『そっか……。あの後、僕も兼悟に電話で連絡してみたんだ。でも、折り返しの電話なくてさ……。もしかしてと思って駅に来たら、あいつのバイクがまだあるんだよね』


「――っ!? それじゃあ……」


『ああ。あの列車に乗せられたのは、間違いないと思う』


「そんな……」


 しばらくの間、二人は沈黙し時間だけがすぎていく。


『……なあ、彰彦。変なこと聞いていいか?』


「変なこと?」


『ああ。――列車の切符、届いてないよな?』


「切符? 届いてないけど……」


『なら、いいんだけど……』


「どうかしたのか?」


 彰彦の問いに忍は少し言い淀んだ。


 言ってしまってもいいのだろうかと悩んでいるようだ。


「忍?」


 彰彦が怪訝けげんそうに問いかけると、


『……僕の家に、あの列車の切符が届いたんだ』


 わずかの沈黙の後、忍は力なくそう答えた。


「えっ!? いつ?」


『今朝』


 それは、宛名も差出人も書かれていない小さな封筒の中に入って投函されていたらしい。


『初めは、よくわかんないし気持ち悪いからそのまま捨てたんだよ。でも、気がついたら、テーブルの上にあって……』


「その封筒、開けたのか?」


『そもそも、封がされてなかったんだよ。封筒さかさまにしたら、あの列車の切符が一枚だけ出てきたんだ』


「マジか……。でも、捨てたんだろ?」


『もちろんだよ。でも、何回捨てても戻ってくるんだよ』


「怖すぎだろ、それ……」


『たしかに怖かったよ。でも、何回も戻ってくるから、次第にイライラしてきちゃってさ。ちぎって捨ててやったよ』


「忍らしいというかなんというか……」


『それがさっき――駅に来る前の話なんだけど……実はその切符、今、僕の車のダッシュボードの上にあるんだよね』


「え……」


『しかも、細かくちぎったはずなのに、もとに戻ってるんだ。……なあ、彰彦。これ、どういうことなんだろうな?』


 忍の声は、恐怖に震えている。


「今、駅だよな? すぐ行くからそこにいてくれ!」


 忍の問いには答えず、彰彦はそう言って電話を切ると大急ぎで家を出た。


 虫の知らせとでも言うのだろうか、どうにも嫌な予感がしてならない。


(頼む、この予感だけは当たらないでくれ!)


 はやる気持ちを抑えつつ、彰彦は駅へと車を走らせる。


 十数分後、駅に着いた彰彦は、ロータリー脇の駐車スペースに忍の車を見つけた。その隣に停車すると、急いで車から降りて忍の無事を確認しに行った。


 しかし、隣の車の中はもぬけの殻だった。


「……うそだろ」


 思わずつぶやく彰彦。


 その事実を認めたくなくて、助手席のドアに手をかけた。鍵はかかっていなかったようで、ドアはすんなりと開いた。


 乱暴に開けて中を確認するが、忍はいなかった。後部座席の足元やトランクルームもくまなく探したが、誰もいない。


「マジか……」


 絶望感が彰彦の心を染めていく。嫌な予感は、残念ながら当たってしまったようだ。


 彰彦は、ふらふらと忍の車の前方へと行き助手席に座る。ふと、ダッシュボードに目がいった。そこには、長方形の小さな紙片が置かれていた。


 そう言えば……と、電話での忍の言葉を思い出して、それを手に取る。それは、あの列車――冥界行きの列車の切符の半券だった。


(これのせいで忍は……!)


 なぜここにあるのかという疑問や恐怖よりも怒りが勝り、彰彦はそれを握りつぶすと自分のポケットにねじ込んだ。


 他に手がかりがないかと見回すと、運転席に忍のスマートフォンがあった。


 手に取って画面の灯りをつける。そこには、冥界行きの列車に関するより詳細な記事が映し出されていた。おそらく、切符について調べていたのだろう。


 記事を見ていくと、列車の扉が開ききるまでいると列車に無理やり乗せられてしまうというところまでは、兼悟から聞いた話とほぼ同じだった。しかし、記事には逃げ切れた場合のことも書かれていた。


 その部分を読もうとした時、いきなりスマートフォンの電源が切れた。電池の残量は三分の一くらいはあったので、もちろん、電池がなくなったからというわけではない。

 彰彦は舌打ちをすると、それを持ったまま自分の車に乗り込み帰路についた。


 自宅に戻った彰彦は、忍のスマートフォンを充電するかたわら、読みかけの記事をパソコンで検索する。


 それは、わりとすぐに見つけることができた。


「えっと……どこまで読んだっけ?」


 そうつぶやいて、最後に読んだ部分を探す。


 ほどなくして、帰宅する前に見た文章を見つけた。


 それは、『列車を見た後に逃げ切れた場合』という書き出しでつづられている。


 ――列車を見た後に逃げ切れた場合、特に何もないかというとそうでもない。逃げ切れた翌日から数日後の間に、買った覚えのない切符が手元に届くのだ。それは、冥界行きの列車に乗るための片道切符。


 それが届いてしまったならば、あなたに逃げ道はない。


 それは、何度捨てようが燃やそうが、いつの間にかあなたのもとに戻ってくるのだ。それも、無傷な状態で。


 それは、死者が現れる前触れ。案内役の黒い人影が、あなたを異界へと連れ去るだろう――。


 信じるか信じないかはあなた次第。そんな言葉で、記事は締めくくられていた。


「黒い人影……」


 もしかしたら、忍はそれに連れ去られてしまったのではないか。そんな考えが現実味を帯びて浮かんでくる。


 未明の体験がなければ、眉唾物だと切り捨てていただろう。だが、今は笑い話にさえできない。


(助ける方法とか……ないのかな?)


 ふと、そんな疑問が頭をよぎった。瞬間、玄関の方からカタッという音が聞こえた。


 玄関に向かい、おそるおそるのぞき穴を確認する。しかし、外には誰もいない。


 郵便受けに何か入ったのかとも思い確認すると、小さな封筒が入っていた。宛名も差出人もなく、封もされていない。


「ひっ!」


 彰彦は短い悲鳴をあげると、それを取り落とした。


 床に落ちると、中から一枚の紙が顔を出す。彰彦は、それが何なのか瞬時に理解してしまった。見覚えのある紙の色――それは、帰宅前にポケットに入れたものと同じ色。


 恐怖のあまり、呼吸が浅くなる。逃げ出したい衝動を抑えながら、彰彦はそれを拾い上げると、封筒ごと破ってゴミ箱に投げ捨てた。


 部屋に戻り、先程まで見ていた記事を見返す。事態を回避する方法はないかと目を皿のようにして探すが、まったく見つからない。そもそも、そんなことは書かれていないのだ。見つかるはずもない。


 それでもなお、躍起やっきになって画面を見つめる彰彦。だが、彼を嘲笑うかのように後ろから小さな音が聞こえた。


 弾かれたように後ろを振り返る。


「――っ!?」


 先程破り捨てたはずの封筒が、テーブルの上に置かれていた。しかも、破り捨てる前のきれいな状態のまま、である。


 彰彦は悲鳴をあげると、半狂乱になりながら嫌だとうわ言のようにつぶやいて玄関へと駆けていく。


 鍵を開けてノブをひねるが、押しても引いても扉は開かない。


「なんでっ!? なんで開かないんだよ? ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! まだ死にたくない!」


 涙をぬぐうこともせず、彰彦は必死に扉を開けようとする。しかし、扉はガチャガチャというばかりでいっこうに開く気配がない。


 その時、背後に何かの気配を感じた。


 彰彦は、動きを止めて息を殺す。振り向いてはいけないと理解しつつも、彼は後ろを振り返った。


 そこにいたのは、人の形をした真っ黒な影だった。一旦、止まったように見えたそれは、ゆっくりと近づいてくる。


「うああああああああああっ!」


 彰彦は恐怖のあまり悲鳴をあげ、腰を抜かしてしまった。


 後ろ手でノブをつかみ扉を開けようとするが、やはり開かない。彰彦はなすすべなく、近づいてくるそれを見つめることしかできなかった。


 影は至近距離まで近づくと、彰彦の上に覆いかぶさるように見下ろしてくる。そして、大きく広がったかと思うと、絶叫ごと彰彦を飲みこみ姿を消した。


 後に残ったのは、静寂と冥界行きの列車の切符の半券だった……。

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冥界行きの列車 倉谷みこと @mikoto794

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