第七話 ご褒美アリ


              ☆☆☆その①☆☆☆


「! そっ、それはっ–っ!」

 オドオドする少年が、一瞬で詰め寄って食いつきを見せる。

 喉から手が出るほど食べたい、新作ケーキ。

 予想通りな少年の好反応に、栄子は焦らすような、ニコニコ美顔だ。

「私もさっき一つ食べたけれど、美味しかったわよ~? スポンジもフワフワで、ホワイトクリームも少しお酒が入って良い香りで、イチゴもジューシーで…。これはきっと、毎日お店に出してもすぐに売り切れてしまうでしょうね」

「は、はい…ごくん」

 女性上司のレビューに、興味と食欲が強く刺激をされてしまう。

 目の前のケーキからは甘いイチゴの香りが漂い、胸いっぱいに吸い込むと口の中が涎で溢れそうだ。

 栄子は少しイジワルな美顔で微笑みながら、弧燃流の目の前からケーキを取り上げる。

「仕事が終わったら、いつもの報酬だけじゃなくってぇ、ご褒美にこれも、あげましょうか?」

 食べたくて仕方がなかったケーキが食べられる。

 仕事の金額報酬よりも、そっちの方が嬉しい甘党少年だった。

「はっはいっ! もうすぐにっ、パパっと片付けてっ、帰ってきますっ!」

 搭乗した時の暗くオドオドした少年の姿は全く無く、まるで真逆に、やる気満々で燃えるパーカー少年。

 黒服が差し出したアタッシュケースを受け取って、ガバっと開くと、中には着慣れた特殊スーツ一式が収められていた。


 夕暮れの郊外へと、トラックが到着。

 八階建ての廃ビルから少し離れた住宅街の、食品の大型量販店の駐車場に、栄子たちのトラックが停車をする。

 ここから見える廃ビルの中には、ターゲットであるテロリストたちが潜んでいるのだ。

 監視チームからの報告で、犯罪者たちはトラックには注視していないと、確認をとった。

「ええ、状況報告 続けて」

 外に出た栄子に、量販店の運搬係の服装で、何やら報告している調査員もいる。

 女性上司が振り向いて、車内の少年に聞く。

「弧燃流くん、準備はいいかしら?」

 廃ビルの反対側に向いて開かれているコンテナ扉を潜って、特殊な忍者スーツに身を包んだ少年が、相変わらずの猫背で出てきた。

「はい」

 その姿は、全身艶消しな黒色のピッタリスーツで、両腕と両脚は特殊な防弾メカ装備で覆われていて、腰の後ろには忍者刀も携えている。

 首には朱いマフラーを靡かせていて、顔はフルフェイスな黒いマスクと、丸目が輝くゴーグルで隠されていた。

 トラックから降りて、軽く全身運動をする弧燃流。

 立ったままでも前屈百八十度とか、右掌を頭の後ろに廻しつつ左肩の肩甲骨の下側に触れたりとか、異様に柔軟な身体能力を、難なく見せていた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「あの汚いビルに、ターゲットがいるんですよね」

 犯罪者どもが潜む廃ビルを見上げている少年忍者が、栄子にはイキイキとして映る。

「やっぱりキミは、その恰好が一番 似合うわね~。流石は 私が直々にスカウトした弧燃流くん…いぃえ『特殊忍者・雷八号(いかづち はちごう)』ね! 頼もしいわ!」

 そう褒められると、恥ずかしくなる少年だ。

 猫背で頭を掻きながら、討伐へと出発をする。

「で、では…行ってきます」

 雷八号と呼ばれた弧燃流は、挨拶と共に丸目ゴーグルがビカっと光り、目標の廃ビルを目指して走り出す。

 と、一旦止まって、振り返り。

「…ケーキ、食べないでくださいね」

「大丈夫よ。そんなイジワル しないから♪」

 念のための確認を取ると、漆黒の影が、また走り出した。

 そんなヤリトリも楽しそうな栄子と、呆気にとられる黒服たち。

「な、なんと言いますか…彼とはその、初対面なのですが…全く頼りない ですよね…」

 当然な反応に、しかしリーダーは自信たっぷりで応えた。

「可愛いでしょ♪ あんな可愛い男の子なのに、実力は指折りなのよ。うふふ」

「は、はぁ…」


 廃ビルの前に走り来ると、忍者少年は止まらず、そのまま外壁に向かって軽く一メートルほど、ジャンプする。

「よしっ!」

 三階の外壁に両脚を着けると、地上と同じ感覚で、屋上まで素早く音もなく、駆けあがった。

 古来より受け継がれる「忍法 壁走り(かべばしり)」の妙技。

 夕日に対してビルの影になる壁面を駆け上るその姿を、確認できる者はいないだろう。

 栄子たちトラックの指令室でも、忍者少年からの音声いがい、その存在は赤外線センサーでも認識できていなかった。

 十秒ほどで、雷八号は屋上に到着。

 住宅街から少し離れたビルの屋上からは、夜を迎えようとする家々の明かりが、ポツポツと見えている。

 子供たちが、家に帰る姿が見えた。

 クラスメイトたちやご近所さん、家族の笑顔が、頭を過る。

 この平和な日常を、破壊しようとする者たちがいる。

 そんな連中は、絶対に許さない。

 少年の闘志が、静かに燃えた。

「この中か…」

 丸く光るその瞳は、決して油断などしていない。

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