第一話 朝の敵たち


              ☆☆☆その①☆☆☆


 ベッドの中で憂鬱になっていると、部屋の扉が、バーンっと勢いよく開けられる。

 ズカズカと大股で入ってきたのは、弧燃流のひとつ年上の姉、波流香(はるか)だ。

「弧燃流っ、朝だぞーっ!」

 平均的な身長は、それでも小柄な弟よりも高く、モデルのように恵まれたスタイルを、ブレザーに包んでいる。

 ネコみたいに大きなツリ目で、黒い瞳が綺麗で、元気の塊のようなポニテ少女だ。

 陸上部で鍛えているためか、女子として非常にバランスの取れた、綺麗に引き締まった艶々な四肢。

「ほらほらっ、起きろ~っ!」

 天敵の強襲に、小柄な弧燃流は、ベッドの中で怯えた。

(ひぃっ、姉さんが来たっ!)

 足音を立てながら入ってきた波流香が、ザァっとカーテンを開ける。

 外は晴天で、普通の少年だったら、気持ちよく起床できるだろう。

 元気な波流香が、弧燃流の丸まった掛け布団を、笑顔で強制的に剥ぎ取った。

「起きろったら起きろ~っ! この引き籠りめっ!」

「わあぁっ!」

 掛け布団を剥がされた少年は、驚き震える。

「お早う、可愛い弟よ~!」

 言いながら、ちょっとイジワルっぽい美姉の笑顔。

 対して、怯えながら、恨めしそうに波流香を見上げる弧燃流だ。

「きょ、今日はその…ぉ腹の調子が……」

 きょうび小学生でももっとマシであろう嘘に、姉である波流香は、美しい笑顔で怒り。

「あらそ~? ならお姉ちゃんが、治してあげる♪」

 美顔でニンマリ微笑むと、波流香はベッドに飛び上がり、小柄な弟に素早く、四の字固めを決めた。

「ぎやあああああっ! なっ、治りましたっ、治りましたあぁっ!」

「ようし」

 笑顔でベッドから降りる波流香と、解放されてグッタリな弧燃流。

「陸上の天才&武術の天才なアタシを、騙せるなんて思ってか? ガッハッハッハ!」

 美人に相応しくない程の、豪快な笑いだ。

 波流香は、学校では陸上部だけど、プライベートでは通信教育のプロレスや骨法を身に着けているという、体育会系ヲタクでもあった。

「て、天災の間違いじゃ…」

 恨めしそうに見上げて恨み言な弧燃流にも、明るく笑う波流香である。

「ブツクサ言わない! ほらほら、立った立ったっ!」

 小柄な美弟は、鍛える美姉の両腕で軽く持ち上げらると、開け放たれた窓に向かって立たされた。

 姉弟が並んで外を見る。

 朝の光を受ける美姉弟の姿は、その趣味の人だけでなく、年頃の女子だったら一瞬で見惚れてしまうほど、美的で崇高であった。

「見なさい、良い天気じゃな~い♪」

「……天気は別に…」

 気持ちよさそうな波流香と、天気に関係なく憂鬱な弧燃流である。

「ただ、月曜日–」

「さっさと着替えて、朝ごはんよ!」

 笑顔の姉に背中をバンっと叩かれて、小柄な弟は咳込んだ。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 戸建てで二階造りな登和仁家の玄関で、姉が弟を大声で呼ぶ。

「弧燃流~っ、早くしなさ~いっ!」

「い、今いくってば…」

 ブレザーを着た眼鏡の弟が、カバンを胸に抱え、憂鬱な顔で出てきた。

 目が悪いわけではなく、メガネをかけていると安心できる。

 これも性格であり、だから弧燃流の眼鏡のレンズには度が入っていない。

 進学校の弧燃流と体育会系の波流香は、違う高校なので、制服も違うデザインだ。

 シューズを履く弧燃流の肩に腕を乗せて、波流香がイジワルっぽく微笑む。

「学校まで、アタシが送ってあげようか? サボらないように」

「えぇ…い、いいよ…!」

 キビしい監視の姉に対し、迷惑そうな感情を隠さない弟だ。

 そんな拒絶も、姉にとっては可愛いのである。

「はい、二人とも お弁当」

 主婦である母が、二人のお弁当を渡してくれる。

 波流香も弧燃流も、顔は母親に似て、身体能力は父親似。

 今でも若々しくて美しい、弧燃流たちの母である。

「行ってきま~す!」

「…言ってきます…」

 母に見送られて玄関を出ると、可愛い声が掛けられた。

「お早うございま~す!」

 声の主は、お隣さんの、小学五年生の少女「田中羽紗未(たなか はさみ)」だ。

 平均的な身長と体躯で、豊かなツインテールがサラサラな女の子。

 大きな瞳が輝いていて、背中には赤いランドセルを背負っている。

 二人に対して丁寧なお辞儀をする少女は、弧燃流の顔を見て、明るく頬を染めていた。

「あら羽紗未ちゃん、おはよ! ツインテール、今日もバッチリ 可愛いね~」

「えへへ、ありがとうございます。あ、弧燃流お兄ちゃん、お早う~」

 波流香と羽紗未は、姉妹のように仲がいい。

「お、お早う…羽紗未ちゃん…」

 憂鬱なまま挨拶を返す弧燃流に、羽紗未は呆れる。

「も~、お兄ちゃんまたそんな 元気のない顔して~! 未来の奥さんに心配かけちゃ、ダメなんですからね!」

 可愛い愛顔を、グイと近づける羽紗未だ。

「い、いや…未来の奥さんって…」

 キッパリと言い切る女子小学生に対し、弧燃流は怯えを隠せない。

 美少女が怯えるような美男子の怯え顔は、どの年代の女子にも、強い攻撃力があるらしい。

「もう、お兄ちゃんたら…女泣かせなんだから!」

 羽紗未も、そんな弧燃流の怯えフェイスに、年齢以上の官能性を感じている様子だ。

「あっはっは! 羽紗未ちゃんも、今から苦労するね~!」

 美姉の後押しもあって、愛妹は愛しい夫の面倒を買って出た。

「しょうがないな~。わたしがちゃんと、高校まで送ってあげるから。さ、一緒に行きましょう」

 と言いながら、弧燃流の手を取る羽紗未。

「わあぁ…っ!」

「お、ラブラブ夫婦だね~。弧燃流、良かったね~」

「波流香お姉さんったら そんな~」

 冷やかす波流香と、照れる羽紗未。

 対して弧燃流は、繋がれた小さな掌から全身へと、恐怖感による熱が伝搬されていた。

「がっ、学校くらいっ、ひ一人で 行けるから…!」

 気持ちが追い詰められてゆく弧燃流は、カバンを抱えたまま、逃げるが如くのダッシュ。

 遠ざかる背後から、二人の声が聞こえた。

「あ、お兄ちゃ~ん」

「今日は学校、サボるんじゃないよ~!」

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