文字を通じて感じることのできる〝美しさ〟の理想型
- ★★★ Excellent!!!
視力を失ったことにより「神に呪われた」とされた王子と、青騎士と呼ばれる謎多き従者の、巡礼の旅の一部始終を描いた物語。
ゴリゴリのハイファンタジーです。いわゆる『剣と魔法の』という喩えなら前半分だけというか、剣はあっても魔法やモンスターはない感じの舞台設定。あるいはただ書かれていないだけという可能性もあるものの、でも現実世界のそれとほぼ変わらない物理法則や生態系であろうとなんとなく予想され、でも同時に決して現実世界の「いつかのどこか」ではない(=いわゆる異世界である)と確信させてくれる、この堅牢かつ鮮やかな世界構築の手腕に惚れ惚れしました。物語世界に取り込まれるまでが早い。
文章自体の巧みさもあるのですけれど、それ以上に差し出される情報の順番と流れというか、〝文章を追うだけで全自動で脳内に世界が組み上がっていく感覚〟がすごいんですよ。なんででしょう? 序盤なんかとっても自然で、落ち着いた文章なのにものすごく惹きつけるものがある。登場人物個人にクローズアップされた内容を綴っているのに(だから読まされるのはわかるとして、でも)それを追うだけで世界のアウトラインが掴めてしまう。なにこれ。一体なにが起こっているのだ? こういうこちらの理解を超えた謎の技を繰り出されると、ただ「うまい」としか言えなくなるので困ります。
なによりすごい、というか個人的に好きすぎてもう降参する以外にないのが、この物語が『旅』を描いている点。ハイファンタジーはやっぱり旅をしてこそというか、このふたつが噛み合ったお話が面白くないはずがないという持論があります。逆説、旅というものを本当にしっかり描く、「読者を旅に連れて行ってくれる物語」というのはそれだけ難しいんじゃないかと思っているのですけれど、それを当たり前のようにこなしているのがこのお話の最大の魅力です。いや長編ならわかるんですけど。一万字ですよ? たったこれだけの尺の中でしっかり旅してる。異常というか圧巻というか、読み終えたときの満足感がすごかったです。実際の分量の二倍か三倍くらいのボリューム感。
そしてその旅を通じて描かれているもの、行く先々の光景から主人公ふたりの様子に至るまで全部そうなのですけれど、とにかく〝美しい〟作品だと感じたっていうかもうあれです、その美しさの質と圧がまっすぐこちらを殺しに来る感じがもう。いやこの辺はかなり個人的な感覚に沿った感想で、この「美しさ」という語は人によっては別の言葉の方がしっくり来るかもしれませんが、それはともかく。美しさへのアプローチの仕方、世界のありのままをこちらの情動にピトッと植え付けるみたいな、その書き方の筋道のようなものがもうとにかく強い。
荒涼とした美というか、「快」の感覚とは遠い要素を打ち出すことで描き出される造形の魅力。例えば序盤から引くのであれば、王子であるアーシュカの外見描写。最初にふんわり「太陽のごとく輝ける美しい御子」なんて書いておきながら、実際の描写はそれがどう失われたかを書き連ねているんですよ。なにこれ(二回目)。
とはいえ文字だからそこまでは、という感覚も否定はしないものの、でも描写としては十分に生々しくて、その悲痛さの手触りによって浮き立つ魅力というか、なんだか痛みを感じることで逆に生きていることを実感するみたいな、いやもうなに言ってるのか自分でもわからなくなってきました。とにかくすごい。人物の容姿に限らず目に映る光景や世界のありようについてもそうで、なんだかある種のフェティシズムみたいなものすら感じる独特の〝美しさ〟。なんでしょう、だいぶやばいものを食わされた気分です。
すごいお話でした。おかげで内容について触れている余裕がなくなってしまったというか、その辺はもうここまで書いたことからもまず間違いないとだけ言わせてください。とりあえずタグにある「王子/騎士/巡礼/旅/主従/ブロマンス」、これらの語から読者の望むものがしっかりきっちりたっぷり全部のせで、しかもそのどれもが生々しくも悲痛な美しさを伴って描かれていると、それはここまでに書いてきた通り。
最高でした。力と信頼と傷と引け目、それらが男ふたりを結び付ける過程を描いた、いやもうなんかもう本当たまらん感じの物語でした。面白かったです。