青騎士と呪われた王子

灰崎千尋

第1話

 青銅の国の第一王子が、巡礼の旅に出るという。


 王子の名は朝焼けアーシュカ。その名の通り、太陽のごとく輝ける美しい御子であったが、かぞえで十を過ぎた頃から病にかかり、その瑠璃色の瞳からは徐々に光を奪われ、十三になる頃には失明していた。

 彼がただ民草の一人であれば良かったが、アーシュカは王族である。王族が光を失うことは、この国では神々の呪いだと考えられていた。そのため、盲目の王子は宮殿から遠く離れた塔に幽閉され、朝な夕なに祈りを捧げることしか許されなかった。アーシュカのけがれがうつることをおそれ、塔には身分の低い者が食事を運んだり、身の回りの世話をするのに出入りする以外、訪れる者は無い。

 そのアーシュカが十五歳、つまり成人を迎えて与えられた務めが、巡礼であった。


 とはいえ、盲者が一人で巡礼を全うするのは無理がある。アーシュカには従者が一人つけられることになった。しかし多くの者が、呪いを恐れてそのめいを拒んだ。唯一拒まなかったのが、「あお」と呼ばれる男であった。

 青騎士は流れ者で、その出自ははっきりとしない。異国の罪人だとか、貴族の私生児だとか様々な噂が立ったが、彼はその全てを否定も肯定もしなかった。

 青騎士は、その顔もまた判然としなかった。そもそも彼は、青く塗られた甲冑を常に身につけていて、そのかぶとがすっかり頭を覆っていたので、素顔を見た者はほとんどいない。ごく僅かに垣間見た者もいたが、ある者は神の使いのごとく美しい顔だったと言い、ある者は身の毛がよだつほど醜い顔だったと言い、その証言は食い違った。

 親にもらった名は捨てたのだという。好きに呼べという彼を、皆はいつしか畏れをこめて「青騎士」と呼んだ。

 このようにどこをとっても怪しい男だったが、剣の腕には目を見張るものがあり、野放しにするよりは、と国に召し抱えられたのであった。




 青騎士は第一王子のたった一人の従者として、アーシュカの住まう塔を訪れた。巡礼への出立しゅったつの朝、ようやく空が白み始めた頃であった。入口に見張りの兵が二人いる他に人の姿はない。穢れを負っているとはいえ、第一王子の門出に際し、あまりにも寂しい。

 兵が開けた鉄扉てっぴの奥へ進み、暗くひんやりした石の階段をのぼっていく。その一段一段が、青騎士にとっては巡礼の始まりのように思えた。洋燈ランプの灯り一つでは、三歩先もろくに見通すことができない。

 家屋にして四階分の高さをのぼったあたりで、ようやくアーシュカの部屋にたどり着いた。重い木の扉を開けると、粗末なテーブルと椅子、格子窓が見え、奥の小さな祭壇の前には簡素な杖を手にしたアーシュカが立っていた。


「よく来てくれた」


 アーシュカはかすれた声で言うと、けほけほと乾いた咳をした。


「すまない、声を出したのも久しぶりでな」


 青騎士はアーシュカの姿に驚き、しばしひざまずくのも忘れていた。

 目の前の少年は巡礼者の貫頭衣かんとういを纏い、そこから伸びる腕も脚も痩せて枝のようであり、美しい金色だったであろう髪は色褪せ、形の良い唇はひび割れ、とても王子とは思えない様相である。しかしそれでいて整った目鼻立ちの面影があり、それが一層哀れであった。

 我に返った青騎士は、甲冑の擦れる音をさせながら膝を着き、アーシュカの前にこうべを垂れた。


「お初にお目にかかります。この度の巡礼、私が殿下のともを務めさせていただきます。名は捨てております故、お好きにお呼びください」

「ほう」


 アーシュカはその顔を青騎士の声のする方に向けた。


「噂の通りなのだな」


 そう言ってアーシュカは、右手をくうに伸ばした。


「顔に触れてもよいだろうか」

かぶとのままでよろしければ」

「……かまわぬ」


 青騎士が伸びてきたアーシュカの手をそっと取ると、その腕がびくりと大きく跳ねた。青騎士は構わず、そのまま冑に触れさせる。最初は遠慮がちに片手で側面をなぞり、やがて両手で、頭の前や後ろまでくまなくぺたぺたと触っていく。

 一通り触れて満足したのか、アーシュカの腕が青騎士からそっと離れた。


「そなたは、私の呪いが怖くはないのか」

「武芸ばかりやっておりましたもので、神々のことに疎いのです」

「巡礼の供にしては随分と無信心なのだな。もっとも、そうでなければ引き受けはしまいが」


 アーシュカは自嘲するようにふっと笑った。


「青騎士と呼ばれる者よ、そなたの噂はこの塔にも届いているぞ。この辺りは静かなのでな、下で兵が話す会話が丸聞こえなのだ。そなたの甲冑が青いかどうかこの目には見えぬが、そなたのことを何も知らずに新たな名を付けるわけにもいかぬ。ひとまずは青騎士と呼ぼう」

「御意」

「では、ゆこう」


 そうしてアーシュカは、風が吹けばぽきりと折れそうなその脚で、巡礼の一歩を踏み出したのであった。 

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