青騎士と呪われた王子
灰崎千尋
第1話
青銅の国の第一王子が、巡礼の旅に出るという。
王子の名は
彼がただ民草の一人であれば良かったが、アーシュカは王族である。王族が光を失うことは、この国では神々の呪いだと考えられていた。そのため、盲目の王子は宮殿から遠く離れた塔に幽閉され、朝な夕なに祈りを捧げることしか許されなかった。アーシュカの
そのアーシュカが十五歳、つまり成人を迎えて与えられた務めが、巡礼であった。
とはいえ、盲者が一人で巡礼を全うするのは無理がある。アーシュカには従者が一人つけられることになった。しかし多くの者が、呪いを恐れてその
青騎士は流れ者で、その出自ははっきりとしない。異国の罪人だとか、貴族の私生児だとか様々な噂が立ったが、彼はその全てを否定も肯定もしなかった。
青騎士は、その顔もまた判然としなかった。そもそも彼は、青く塗られた甲冑を常に身につけていて、その
親にもらった名は捨てたのだという。好きに呼べという彼を、皆はいつしか畏れをこめて「青騎士」と呼んだ。
このようにどこをとっても怪しい男だったが、剣の腕には目を見張るものがあり、野放しにするよりは、と国に召し抱えられたのであった。
青騎士は第一王子のたった一人の従者として、アーシュカの住まう塔を訪れた。巡礼への
兵が開けた
家屋にして四階分の高さをのぼったあたりで、ようやくアーシュカの部屋にたどり着いた。重い木の扉を開けると、粗末なテーブルと椅子、格子窓が見え、奥の小さな祭壇の前には簡素な杖を手にしたアーシュカが立っていた。
「よく来てくれた」
アーシュカは
「すまない、声を出したのも久しぶりでな」
青騎士はアーシュカの姿に驚き、しばし
目の前の少年は巡礼者の
我に返った青騎士は、甲冑の擦れる音をさせながら膝を着き、アーシュカの前に
「お初にお目にかかります。この度の巡礼、私が殿下の
「ほう」
アーシュカはその顔を青騎士の声のする方に向けた。
「噂の通りなのだな」
そう言ってアーシュカは、右手を
「顔に触れてもよいだろうか」
「
「……かまわぬ」
青騎士が伸びてきたアーシュカの手をそっと取ると、その腕がびくりと大きく跳ねた。青騎士は構わず、そのまま冑に触れさせる。最初は遠慮がちに片手で側面をなぞり、やがて両手で、頭の前や後ろまで
一通り触れて満足したのか、アーシュカの腕が青騎士からそっと離れた。
「そなたは、私の呪いが怖くはないのか」
「武芸ばかりやっておりましたもので、神々のことに疎いのです」
「巡礼の供にしては随分と無信心なのだな。もっとも、そうでなければ引き受けはしまいが」
アーシュカは自嘲するようにふっと笑った。
「青騎士と呼ばれる者よ、そなたの噂はこの塔にも届いているぞ。この辺りは静かなのでな、下で兵が話す会話が丸聞こえなのだ。そなたの甲冑が青いかどうかこの目には見えぬが、そなたのことを何も知らずに新たな名を付けるわけにもいかぬ。ひとまずは青騎士と呼ぼう」
「御意」
「では、ゆこう」
そうしてアーシュカは、風が吹けばぽきりと折れそうなその脚で、巡礼の一歩を踏み出したのであった。
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