そして

「結論から言うと、額曜石を盗ったのはピーニャさん、あなただ」


 ピーニャはそう言われると察していたかのように続きを促した。


「ピーニャさんが知っているかは知らないけど、単眼族ゲイザーの眼は人の感情が見えるんだ」

「考えていることがわかるってこと? ズルじゃん」

「そこまでのものじゃないよ」


 シクロは店内へと視線を向けた。


「例えば、あの店員が退屈しているとか、あっちのカップルは片方だけ楽しそうだとか、読み取れるのはそういう感情だけ。なにを考えているかなんてわからない」

「ふーん。つまり、うちが焦ってたから怪しいって?」

「いや、その逆だ」

「逆?」

「ピーニャさんからは焦りは見えなかった。それどころか、驚きも悲しみも苛立ちも喜びも、何一つ感情が読み取れなかった」


 そして、それは今もだ。


 まばたきは増え、目線は定まらない。動揺した時の典型的な仕草をしているにも関わらず、ピーニャの感情は全く見えない。


単眼族ゲイザーから感情を見られないようにする方法は魔除けを持つこと。そして、額曜石は魔除けの効果がある」

「……普通に魔除けを持ってたら」

「言っとくけど、僕たち同じクラスだからね」


 シクロは釘を刺した。


「授業中や終礼の時は君の感情もはっきり見えていた。なのに、放課後になったら見えなくなった。終礼と放課後の短い間で魔除けを手に入れたっていうなら、今ここで見せてよ」


 ピーニャは翼を小刻みにはためかせていたが、やがて観念したのか深いため息をはいた。


「ハイハイ、降参よ降参。そうです、うちがやりました」


 ぼやきながらテーブルに握り拳を置いて開く。

 そこには赤い宝石があった。


「好きにチクればいいよ、どうせ魔が差したうちが悪いんだし」

「誰にも話す気はないよ」

「ハァ? じゃあなんで呼んだんだよ」

「確認したいことと、伝えたいことがあった」


 額曜石を手放したからか、ピーニャの感情がよく見える。

 眼前の有翼族ハーピーは完全に困惑していた。


「魔が差したって言ったけど、どうしてこんなことをしようと思ったの」

「……なんでそんなこと、あんたに言わなきゃ」

「お母さんが入院してるから?」

「――ッ!」


 単眼族ゲイザーの眼は実に探偵向きだ。質問を投げかけ、相手の感情を見ればだいたいのことはわかるのだから。


「もう、いいでしょ! 宝石は渡したし、うちは帰るから!」

「どうしてマリンさんが魔除けの置き物を作ろうとしたのか、その理由はちゃんと聞いた?」

「そんなのどうでも――」

「よくない」


 シクロが強く見据えると、腰をあげようとしていたピーニャの動きが止まった。

 舌打ちしながら座り直す。


「……チッ。どうせ最近、脱石したからとかでしょ」

「それもあるだろうけど、それだけじゃない。マリンが魔除けの置き物を作ったのは――君に渡すためだよ」

「……え」

「今まで何度もコンクールに出展しながら、どうして今回は断ったのか。すでに課題は終わっているのに、どうして放課後にまで彫刻を作りにきたのか。どうして額曜石が戻ってこないとわかった途端、彫刻作りを諦めたのか。全部答えは一つ」


 シクロは人差し指を立てた。

 一つ一つは「なんとなく」で済ませてしまえる些細な気がかり。

 それでも、いくつも集まればその疑問は仮定を導き出す。


「君に――正確には入院している君のお母さんに、魔除けの置き物を渡すためだ」

「そ、そんなわけ」

「マリンさん本人に確認したから間違いない」

「……うち、そんなこと聞いてない」

「作る前に言うと遠慮するだろうから、完成してから伝えるつもりとも言ってたよ」

「……じゃあ、うちがしたことって――」


 毅然とした声が次第に震え声に変わっていく。

 つぶやきの後半は、客たちの雑談と店内BGMに消えてシクロの耳には届かなかったけど、纏う感情は寂しげに揺れていた。


「……謝るべき、だよね」

「好きにするといいよ。そのためについた嘘だから」

「え?」

「一応、マリンさんの中で事件は終わっているんだ。このまま黙っていても何も問題はない」

「いや、でも……何それ、やっぱりあんた名探偵失格でしょ」


 ピーニャは苦笑いを浮かべた。


「いや、だから・・・名探偵なんだよ。謎を解くだけならただの探偵だ」

「……ま、なんでもいいけどさ。ハイ、これ」


 空のカップの隣に置かれた紙幣。

 その枚数はここの支払いには少しばかり多い。


 ピーニャは額曜石を握りしめると、翼を畳み込みながら立ち上がった。


「それじゃ、うちはここで…………ありがとね」

「ああ」


 ピーニャの背中が遠ざかり、呼び鈴がカランコロンと音を立てる。


 結局、マリンに全て打ち明けるのか、それとも黙ったままでいるのか、何も尋ねなかったからシクロに確かなことは言えない。


 ただ、ひとつだけ言えることは、ピーニャの纏う感情は何かを決意していて、その色はちょうど窓から差し込む夕焼けに似ていた。

 赤色。


 ――ウサギの額に似合いそうだ。


 そんなことを思いながら、シクロはコーヒーを一口飲んだ。


 たぶん、この謎を解くことはない。

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名探偵は謎を解かない 赤猫柊 @rorororarara

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