名探偵は謎を解かない

赤猫柊

消えた額曜石

 ここ一週間、美術の課題がまだ終わっていない人に向けて、放課後に美術室が開放されている。

 彫刻を作りかけの二人、単眼族ゲイザーの少年シクロと人間族ヒュームの少女アミュは雑談を交わしながら美術室へと向かっていた。


「どうよ、シクロ。さすがの単眼族ゲイザーも御守りを持たれたら感情が見えないでしょ」


 アミュは透き通った赤い石のついたストラップを取り出し、得意げにシクロへと見せつけた。


 単眼族ゲイザーの眼は人間族ヒュームとは仕組みが異なり、人の感情を見ることができる。


 どうやらアミュはこの御守りで単眼族ゲイザーの視線を遮れると思っているらしい。しかし、残念ながらシクロの単眼は、アミュから広がる楽しげな気をしっかり捉えていた。


「そのアミュレット、効果ないよ」

「え、ウソ!?」


 御守りを見つめるアミュ。楽しげだった気配は動揺を経て、哀しみへと変わっていった。


「……じゃ、あげる。――ほい」

「ちょ、危ないな。割れたらどうするのさ」

「効果ないんでしょ。だったら、いらないし、あげるのも割れるのも同じよ」

「破片を片付ける手間は?」


 無言で目をそらすアミュ。

 シクロはため息混じりに御守りを見た。赤い魔石にストラップが付いているように見えるが、実際はただ赤く染めただけのガラス玉だろう。


「ま、いいや。それより早く美術室に行こうか」





 美術室には女子生徒が二人だけ。背中から生えた大きな翼を見るに片方は有翼族ハーピー、もう一人は人間族ヒュームだろうか。

 人間族ヒュームの方とは面識がないが、有翼族ハーピーはクラスメイトだ。

 名前はたしかピーニャ。

 担任の話の間、ずっと退屈の気を纏っていて、終礼が終わるや否や教室から飛び出していった姿を覚えている。


 それにしても、意外と人が少ない。

 アミュも同じ気持ちのようで、美術室を見渡しながら「なんか人少なくない?」とつぶやいている。


「ってか、先生もいなさげだし」


 アミュは誰もいない教壇を見て首をひねっているが、シクロは二人の女子生徒の方が気がかりだった。


 二人の周りにはネガティブな気が漂っている。しかし、その気はとにかく不鮮明だ。

 まるで磨りガラス越しに見るかのようにボヤけ、なんとなくネガティブな感情だとは察せるが、それ以上はよく見えない。


 どういうわけか気になるが、急に声をかけるのもはばかられる。

 シクロが声をかけあぐねていると、アミュが二人へと近づいていった。


「ねえねえ、なんで先生がいないのか、マリンとピーニャは知らない?」


 どうやら知り合いらしい。

 話しかけられて気が紛れたのか、女子生徒の纏っていた感情が明るくなった。


「『明日は用事があるから、美術室の鍵だけ開けておく』って昨日言ってたけど……そーいやアミュ、昨日いなかったもんね」


 返答したのは有翼族ハーピーの少女ピーニャだ。

 もう一人は口を挟まず、会話を眺めている。


「もしかして、人が全然いないのってそのせい?」

「たぶん。先生いないと、頼れる人いないし」

「えぇ、それ知ってたら、今日は来なかったのに。……ね、シクロ」

「いや、僕は来たよ? 進捗よくないから、来れる時に来て、少しでも進めないといけないからね」


 美術の課題は石粉粘土による彫刻の作成。

 シクロは途中までは順調に進んでいたが、乾燥時にヒビ割れたうえに、うっかり落として砕けたせいで、作り直す羽目になった。


 苦い過去を噛みしめるシクロを、ピーニャがジッと見つめていた。


「遅れてるっていうわりには放課後に来てるとこ見た記憶がないけど」

「まあ、来てないからね一度も」

「えぇ」


 困惑気味にピーニャは眉をひそめた。

 シクロは弁解しようとしたが、それよりアミュの方が早かった。


「こいつ、こう見えて多忙なのよ。なんたって自称名探偵だから」

「自称は余計だよ」


 その時、それまで俯きがちだったもう一人の女子生徒マリンが、勢いよく顔を上げた。


「……名探偵って、あの名探偵?」


 前髪が揺れて額が露わになる。

 額で光る小さな赤い宝石を見て、シクロはマリンへの認識を改めた。


 どうやら、マリンは人間族ヒュームではなく宝珠族カーバンクルらしい。

 纏う感情が不鮮明だった理由にようやく納得がいった。


 宝珠族カーバンクルは額に額曜石がくようせきと呼ばれる宝石を持つ。額曜石は加護や魔除けとして作用するため、宝珠族カーバンクルの感情は単眼族ゲイザーも読み取ることができない。


 また、乳歯が抜けて永久歯が生えるように、額曜石も一度だけ生えかわる。額曜石の小ささからして、おそらくマリンはちょうどその時期。ぼやけつつも感情が見えるのは、額曜石の魔除けが不完全だからに違いない。


 思わず額をじっと見つめていると、マリンは慌てて前髪で額曜石を隠した。


「お、おでこはあまりじろじろ見ないで。このまえ脱石だっせきしたばかりで……は、恥ずかしいから」

「あ、ごめん」

「シクロ、気をつけなさいよ。あんたの目力は強いんだから」


 単眼族ゲイザーは一つ目の種族ゆえに、凝視されている印象を与えやすい。


「本当にごめん、デリカシーがなかった」

「ううん、わかってくれたなら大丈夫……それよりもさっき名探偵って言ってたけど、もしかしてあなたが噂の名探偵?」


 噂の名探偵。

 心地よい響きにシクロは一も二もなくうなずいた。


「そう、僕が噂の名探偵だ」

「じゃ、じゃあ! 今、わたしが困ってるって言ったら助けてくれますか?」


 マリンの纏っていた気が変化していく。

 相変わらずボヤけているけど、これは今まで何度も見てきた感情だからすぐにわかった。


 依頼人が名探偵へと向ける感情――それは『期待』に決まっている。

 そして、それに対する答えも一つ。


「もちろん」





「それで依頼っていうのは?」

「……えっと、これなんだけど」


 マリンの向かった先は、石粉粘土の彫刻が置かれている作品置き場の棚だった。

 完成した彫刻がいくつも並んでいる中で、ひときわ目を惹く彫刻があった。


「これがわたしの作品、だったもの」


 その彫刻は砕けていた。

 モチーフは動物だと思われるが、頭から上はボロボロに砕け、針金が剥き出しになっているせいで何なのかわからない。

 しかも、よく見ると前足も一部欠けているし、胴体にはヒビが入っている。

 彫刻の足元には、元は頭部だったであろう破片たちが集められていた。


「……ヒドい」


 唇を噛みしめるアミュの周りに、強い怒りが巻き起こった。


「昨日までは無事だったけど、さっきみたらこんなことになってて……お願いです。わたしの作品を壊した犯人を見つけてください。そして――宝石を取り返してください」

「宝石?」


 シクロはおうむ返しに尋ねながら、単眼を瞬かせた。

 一方、アミュは何のことか分かったようだ。何かを確認するように破片へと手を伸ばした。


「……ほんとだ。彫刻についてた宝石がなくなってる」


 どうやらマリンは作品に宝石を使っていたらしい。


「彫刻の材料って、石粉粘土と針金くらいしかなかった気がするけど、自分で用意したってこと?」

「うん。彫刻はまた作ればいいけど、宝石は……そういうわけにもいかないから」

「なるほどね」


 作り直す苦労を身をもって知っているシクロとしては「また作ればいい」と言ってしまえるマリンには感心するところがあった。


「床に落ちてないか探したんだよね?」

「うん」

「オッケー、とりあえず、その彫刻を見せてもらってもいい?」

「うん。好きに見ていいよ」


 マリンが頷くのを確認すると、シクロは壊れた彫刻へと手を伸ばした。

 立体パズルを組み立てるかのように頭部の破片を組み合わせていく。出来上がったツギハギの彫刻はウサギに似ていた。これだけボロボロでも一目でわかる。

 その精巧さにシクロだけでなくアミュもしきりに感心していた。


「マリンって毎回、絵でコンクールに選ばれるけど、彫刻も上手いんだからすごいよね」

「そう、かな?」

「そうだよ! これだってコンクールに出れてもおかしくないって!」

「いちおう、先生にはコンクールに出していいかって」

「……言われてたの?」

「うん。今回は断っちゃったけど」

「えー、もったいない」


 アミュは惜しんでいるが、こうして壊れてしまった以上、むしろ断って正解にも思える。


「マリンさん。この額の窪みに宝石を嵌めていたってことで間違いない?」

「うん」


 ウサギの額にはちょうど指が三本入りそうな穴があった。

 どうやら、マリンが宝石を嵌めた部分で間違いないようだ。


 額に宝石をつけたウサギの置き物。

 その特徴には覚えがあった。


「もしかして、マリンさんが作ってたのってカーバ・ニイャ魔除けの置き物?」

「うん……知ってるの?」

「知識としてはね」


 カーバ・ニイャは宝珠族カーバンクルに伝わる宝石を使った魔除けの置き物だ。

 その宝石には宝珠族カーバンクルの成長過程で抜け落ちた額曜石が使われる。木を彫ったり粘土を固めてウサギの置き物を作り、額曜石を嵌めるのだ。


 アクセサリーではなく置き物にするにも理由がある。額曜石はかなり脆く、ガラス以上に割れやすいため、持ち運ぶには適さないし、なにより額曜石が完全に生え変わってしまえば、そもそも御守りを持ち歩く理由がない。それなら壊れにくいよう置き物にして、家に置く方がよほど意味があると昔の人は考えたのだろう。


「カーバ・ニイャを作ってたってことは、探している宝石は額曜石でいいんだよね」

「うん」


 視界の端で「額曜石とはなんぞ?」と疑問符を浮かべるアミュに、宝珠族カーバンクルの額の宝石のことだと軽く説明して、話を続けた。


「次に知りたいのは犯行時刻かな。最後に無事な彫刻を見た時と、壊れていると気づいた時、それぞれ教えてほしい」

「最後に見たのは……昨日の放課後かな。壊れているのを見つけたのは、ちょうど今日、放課後ここに来た時」

「うちもマリンと一緒に来たから、まったく同じ」


 二人とも昨日の放課後から今日の放課後まで美術室に来ていないとなると、犯行時刻を絞り込むのは難しそうだ。


 突然、アミュが勢いよく手を挙げた。


「ハイハイ、わたし犯行時刻、気づいちゃったかも! 事件が起きたのは今日の放課後! マリンとピーニャが美術室にくる直前ね! 彫刻の破片が散らばってたら、美術室の掃除や、部屋の鍵を開けに来た先生が気づかないわけないから!」


 アミュの周りで得意げな気が渦巻き始めたが、それはすぐに勢いを落とすことになった。


「えっと、アミュちゃん。言い忘れてたんだけど、わたしたちが見つけた時、彫刻はバラバラじゃなかったんだ」

「え、どうゆうこと? 壊れてたんじゃないの?」

「いや、壊れてはいたよ。でも、破片が散らばっていたりはしてなくて、誰かが拾い集めたみたいにこの棚にまとめてあったの」

「むむむ」


 マリンたちでさえ自分の作品を見るために棚を覗いて、そこでようやく気づいたらしい。

 これでは掃除の人や先生が気づかなくても無理はない。


「そもそも今日、誰がいつ美術室に入ったのか調べるには気力も時間も足りない。他のことから考えた方がいいよ」

「ムムム、じゃあ動機とか? 犯人はどうして彫刻を壊し宝石を奪ったのか。正直、事故ってことも充分ありそうだけど」

「ぶっちゃけ、それっしょ。マリンの作品をわざわざ壊す理由なんて普通ないし。わざわざ破片を拾い集めてあるあたり、それっぽいじゃん」


 そう言って翼をはためかせるピーニャに、淀んだ気を纏うマリンが口を尖らせた。


「でも、だったらどうして宝石が失くなってるの?」

「それは……まあ、魔が差したとか」


 結局、問題はそこだ。

 額曜石の在り処。


 誰がいつどうしてやったかより、消えた額曜石を見つけることがマリンにとっては重要なのだろう。


 そこに答えを出さない限り、事件解決とはならない。


 ――よし、やるか。


 意を決してシクロは口を開いた。


「二人とも額曜石が落ちてないか探したって言ってたけど、破片は探した?」

「いや、そこまでは……」


 顔を見合わせるマリンとピーニャ。

 感情は相変わらず不鮮明だが、その表情を見れば答えは明白だ。


 探している宝石が額曜石だとわかった時から、シクロには考えていることがあった。


 額曜石は脆く割れやすい。

 棚から床に叩きつけられたとしたら、すでに破片となっている可能性は低くない。


「そこを踏まえて、もう一度だけ探してみるってのはどうかな?」

「わたしはいいけど。……ピーニャちゃんにあまり長い時間つき合わせるわけには」

「うちなら平気だよ」

「……いいの? 家事の準備とか」

「だいじょぶだいじょぶ。まあ、ママがいない時くらいパパだって頑張ってくれるでしょ」


 ピーニャは「気にすんなって」と手をヒラヒラと振った。


「あー、ママが入院中ってだけだし、アミュたちは気にしないで」

「そっか。早く良くなるといいね」

「まあね」


 ピーニャは頬を掻きながら小さく頷いた。


「それじゃあ、みんなで宝石の破片を――」


 満を持してシクロが口を開いた時、あたりに携帯端末の着信音が鳴り響いた。

 出所はシクロのポケットだ。


「――ごめん、先に探し始めてて。すぐに戻るから」


 シクロは携帯端末を取り出しながら、いったん美術室から外に出た。





 シクロが美術室に戻ってくると、大掃除のように机と椅子が動かされ、床に這いつくばっている三人がいた。


「ただいま」

「おかえり。さっきの通話なんだったの」


 服を払いながら起き上がったアミュがジト目で睨んでいた。


「前の事件の依頼人から、ちょっとね」

「ふーん、依頼人、ね。いいからシクロもさっさと地面に這いつくばりなさいよ」


 アミュが「苛つき」を纏いながら手招きをしている。


「その様子だと、まだ見つかっては――」

「ないない。定規で棚の下さらったりしたけど、出てくるのはホコリばっかよ」

「わたしも」

「同じく、うちも」


 三人とも、お手上げと言わんばかりの様子だ。


「ちなみに、棚の下じゃなくて棚の中は確認した?」

「いや、してないけど。そんなとこにあるわけなくない?」

「そう? あってもおかしくないと思うけど」


 シクロは棚に近づくと、いくつかの棚の中を覗き――


「あった」

「ダウト!」

「いやあったって」

「ウソ!」

「ほんとだって、ほら」


 シクロが近場の机に移動すると、露骨にいぶかしんでいるアミュを先頭に三人が集まってきた。


 机の上には透き通った赤色の破片が散らばっていた。


「……本当だ」


 マリンは息をのみ、ピーニャは茫然と見つめている。二人が声も出せずにいる中、いち早く口を開いたのはアミュだった。


「でも、どうして棚の中なんかに」

「棚っていっても彫刻作品の棚じゃなくて、こっちの棚ね」


 机から離れ、シクロは棚を軽く叩いた。そこにはガラスで作られたモザイクアートが並んでいる。


「彫刻に宝石が使われてるとは思わなかったんじゃないかな」

「だから、一番それっぽいガラスの作品がある棚に置いたってこと?」

「そう。なんなら、彫刻を割った犯人は額曜石の破片を見逃してて、ここに置いたのは他の人かもしれない」

「……つまり、やっぱり事故だったってオチ?」

「物が見つかった以上はそうなるね」


 ふと視界の端でボヤけつつも淀んだ感情が膨れ上がった。

 弾かれたように視線を向けると、案の定、マリンが茫然自失の表情で口を半開きにしていた。


「ほ、宝石は……もう元には戻らないの?」

「悪いけど、そうだろうね。額曜石は衝撃に弱いし、ここまで砕けたら魔除けの効果も消えている」

「で、でも、くっつけて直したりとか」


 マリンの周りに今日の中でも一番の感情のうねりが見えたが、シクロの答えは変わらない。


「無理だ。ここまで細かく砕けてる以上、くっつけられない。無理やり繋げても見た目は悪いままだし、魔除けにも戻らないよ」

「……っ、そんな」


 マリンはか細い声をあげると、その場にへたり込んだ。

 その姿に同情はすれど、結論は変わらない。

 シクロは静かに頭を下げた。


「せっかく依頼してくれたのに、こんな形になってごめん」

「……ううん、いいよ。仕方ない、ことだから」


 その言葉はシクロに向けられたというより、自分自身に言い聞かせているようだった。

 座り込んでうつむくマリンを見下ろしていると、ふとアミュに肩を叩かれた。


「シクロ、アセロラジュース一本」

「え、なに?」


 脈絡のない注文にシクロは単眼を瞬かせた。


「なにって、あんたの通話中に地べたを這ったぶんよ。奢って」


 アミュはそう言って、シクロの手をむんずとつかむ。


「いや、そんな無茶苦茶な」

「ほら、しのごの言わずにこっちに来て」


 シクロの抗議には耳をかさず、ぐいぐいと腕を引っ張る。結局、アミュに連れられるようにして、シクロは美術室の外に出た。

 廊下を引っ張られて行くことしばらく。

 アミュが足を止め、きょろきょろと辺りを見渡した。


「いったいどういうつもりだ?」

「あぁ、ちょっと二人で話したくってさ」


 辺りに誰もいないことを確認すると、アミュが話を切り出した。


「……で、シクロ。実際のところ、事件の真相はどうなの?」

「実際もなにも話したままだけど」

「はい、ダウト。あの赤い破片。あれ、私があげた御守りストラップでしょ」

「……バレたか」


 間髪入れずの否定に、シクロは取り繕うことを放棄した。


 マリンとピーニャはともかく、御守りを渡してきた張本人を騙すには無理があったようだ。


「そもそも、通話で美術室から出て行った時から変な気がしてたのよ。あれ、どうせアラームで通話なんて来てないでしょ。で、その隙にこっそり御守りを割ってたんじゃないの」

「一語一句その通り」

「呆れた」


 アミュは深くため息をついた。


「それで、そこまでして嘘ついた理由は?」


 真っ直ぐ見つめてくるアミュの瞳。

 シクロはわずかに逡巡した。


「……埒があかないと思ったんだ」

「どういうこと?」

「今回の事件はやっぱり事故だ。その結論は変わらない。本物の額曜石もたぶん粉々に砕けてる。そして、ゴミと一緒に掃除で捨てられただろうね。でも、現物を見せずにそんなことを言ってもマリンさんは納得できないだろ?」

「だから、証拠を捏造して終わらせたってこと?」

「ああ、依頼人を納得させるのも名探偵の仕事のうちだ」


 アミュはしばらくして、再びため息をついた。


「……ま、そういうことなら私はなにも言わないわ」

「ありがとう」

「なんか、ほんとにジュース飲みたくなってきたし、買ってくるね。あ、シクロは先に戻ってて」


 アミュはそう言い残すと、声をかける間もなく走って行った。

 残されたシクロは美術室へと踵を返した。


 他の二人がいる美術室で問いただされずに済んで良かったと思っていると、前方からマリンが歩いてきた。

 まるで水でもすくっているかのように、両手を皿のようにしている。


「マリンさん、それは」

「ゴミ箱だと先生に何か言われるかもしれないし、外に捨ててこようかなって」


 マリンの両手には赤い破片が乗っていた。

 ただのガラスが日の光を受けて煌めいている。


「あ、そういえば――」


 ――一つだけマリンに聞いておきたいことがある。

 それを思い出したシクロはちょうど良い機会とばかりに声をかけた。





 宝石探しも終わり、美術の課題を進めようとしたが、先生がいないこともあり、みんな早々に作業を切り上げた。

 すでに課題が終わっているマリンが最初に荷物をまとめ、続いてピーニャとアミュも帰っていった。

 三人の姿が美術室からなくなると、ようやくシクロも学校を後にした。


 向かう先は駅前の喫茶店。


 そこでは先に帰ったはずのピーニャがコーヒーを飲んで待っていた。


「……ねぇ、わざわざ呼び出したりしてどういうつもり」


 シクロがこっそり荷物に忍ばせた紙を見せつけるようにヒラヒラと振った。


「決まってる。マリンさんの彫刻の件だよ」

「……」

「あの赤い破片が本当に額曜石だとは、ピーニャさんも思ってないよね」

「それ、自分で言っちゃうんだ」

「マリンさんさえ納得させられれば良いからね」


 悪びれずにうなずくシクロに、ピーニャは口元を歪めた。


「それ、自称名探偵としてどーなの」

「ピーニャさんは少し勘違いしてる」

「……自称じゃないって?」

「名探偵の役割は謎を解くことじゃない、みんなを幸せにすることだ」


 ピーニャは面食らった様子でコーヒーカップを傾けた。


 前置きはもういいだろう。


「さて――」


 謎解きが始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る