空に走る 3「婚活の中心で愛を叫ぶ」


「とってもいい報告があるの、アオイさん」


 ツカサさんの幸せそうな顔をみて、僕も幸せだった。


「あの後、弟が改心して。もともと頭が良かったの。でね、大学を受験して合格したの」

「それはすごいね。どこの大学だい」

「アメリカのハーバード大学よ」

「わあああ、それはすごいね」

「ええ、すばらしいでしょう。私、本当にうれしくて」と、そう言った瞬間、彼女の顔が曇った。

「どうしたの」

「ただね、海外の大学って入学金やら授業料が高くて」


 そうだった。米国の私立大学は4年間で4千万は必要とか聞いたことがある。


「でも、ハーバード大学に合格できるなんて、そんなチャンスはないよ。ぜひ、行くべきだ」

「そう、そうよね、でも」

「大丈夫。ツカサさんには僕がついている」


 僕は親からもらったマンションがあった。価値としては4千万だ。あれを担保に金を借りれば、そのくらいの金はできる。


 それで、僕は金を借りに銀行へ行った。担当の銀行員には渋い顔をされた。どうしてこのお金が必要ですかと聞かれ、事情を説明すると大反対にあった。


「アオイさま、こんなことを私の立場で申し上げるのは僭越せんえつでございますが。騙されているということは」

「ない!」


 僕は断固として叫んだ。この銀行員は何もしらない。不幸な女性がやっとつかんだ家族の幸せを、まったくわかってない!

 僕は怒りがわいた。


「そんなことはあるはずないだろ!」


 思わず僕は怒鳴っていた。銀行員は僕の剣幕になにも言わず、金を用立ててくれた。


 ツカサさんは泣いて喜んだ。


「ツカサさん、僕は君の泣き顔より笑顔がみたいよ」


 彼女は涙を浮かべながら笑った。


「こんな、ふう?」

「うん」

 

 すぐ近くにツカサさんの顔がある。


 ふいに、キスという文字が浮かんだ。僕は勇気をだして顔を近づけた。すると、彼女は悲しげな表情を浮かべた。


「私ね」と、彼女は小首を傾けた。

「なんだい」

「とても大切なことを打ち明けなきゃいけないの」


 彼女の顔は真剣だった。きらきら輝く目が潤んだと思うと、下を向き、そのまま何も言わない。細い肩がふるふる震えるのを見ていると、僕は胸がいっぱいになった。


「どうしたの? 僕は君のためならなんでもできるよ」

「父が」

「お父さん? 家族を捨てたっていうお父さん?」

「ええ、父が戻ってきたの」


 彼女の父親は家族を捨て、母親が病気で、妹弟のために、ツカサさんは苦労して家族を養ってきた。


「アオイさん。私の話を信じてくれる?」

「もちろんだ」

「父は家族を捨てたんじゃなかったの」

「え?」

「父は。父は…」


 そういうとツカサさんは、僕の太ももをぎゅっと握った。あ、そこは……。僕は真っ赤になって、彼女の言葉が聞こえなくなった。でも、次の言葉を聞いて凍りついた。


「父はレインボー王国の国王だったの」

「れ、れい?」

「レインボー王国」

「そ、それは、どこにあるんだ」

「異世界」


 そういうと、彼女の手がさら上にきて、もう、もう、僕は息が荒くなっていた。考える力をうしなって……


 え?

 今、なんてツカサさんは言った?

 異世界。まさか、お父さんは転生者?


「レインボー王国って異世界に」

「ええ、父はそこで捕食者や敵と戦い、王国をなんとかしようとして、それで帰れなくなっていたの」

「じゃあ。もう家族の元へ帰れるんだね」

「ううん、違うの。私たちを迎えにきたの」

「異世界に」

「私、これまで、自分の不幸を呪って来たけど、でも、本当はレインボー王国の姫だったの」

「ツカサさん」

「私ね。私、あなたのことが大好き」

「ボ、僕は…」って、次の言葉を探して何も言えずにいると、彼女の目から涙がこぼれた。

「言わないで、何も言わないで。辛いから。でも、あちらの世界に行ったら、この世界では亡くなったも同じ」

「ツカサさん!」


 彼女は泣きながら走りさった。


 僕は彼女のために泣いた。僕は永久に彼女を失ったんだ。


 ツカサさんの消えた世界は昔のように灰色に代わり、僕はもう頼れるナイトではなく、平凡な葵冬児に戻ってしまった。


 ツカサさんを失うことで僕は世界を失った。彼女はレインボー王国へ去ったのだ。



      ・

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 それから1ヶ月が過ぎた日、詞さんから手紙が届いた。


「葵さま


 レインボー王国は父の言うような楽園ではありませんでした。私は戦乱に巻き込まれ、父王のために女騎士となって、敵との戦いにあけくれる毎日です。

 この手紙は兵舎で書いています。


 戦況は壊滅的で、悪いウィザードにより王国は疲弊ひへいしています。


 私は、明日、最後の戦いに向かいます。


 この手紙があなたに届いた頃には、私はレインボー王国の王のために力を尽くしたけど、失敗したということなのでしょう。


 もう、2度とあなたに会えないと思うと涙が浮かびます。あなたとの数週間は私にとって宝でした。


 どうか私のために、新たな人生を走りだしてください。

 そして、もし、あなたに志があるのなら、お金を貯めてください。


 愛をこめて

 あなたのツカサ・レインボー・第1王女・エロザベス・アオイ』


 手紙を持つ僕の手は震えた。

 異世界の姫として旅立ったツカサさんを考え、ずっと気持ちが沈んでいた僕に、この手紙は力をくれた。


 ツカサさんは「愛をこめて」と書いてくれた。

 僕はずっと不安だったのだ。

 本当に僕を好きでいてくれたのだろうかと、ずっと不安だった。


 僕は幸せだ。あんなすばらしい女性が僕を本気で愛してくれ、その上、僕は力になれた。


 空は、はじめてツカサさんと出会った日のように美しく晴れている。


 夜にはまだ早いが、雲がオレンジ色に薄く染まりはじめていた。今日は二日月、三日月前の線のように細い月が空の端にかかっている。

 風がすこし強くなり、雲が走ると、にわか雨がふってきた。


 お天気雨か。

 と、ふいに、そこに薄い虹がかかった。


 太陽と月、雲、晴れ、雨、虹。


「ツカサさん、この空には全てが揃っている。きっとこの虹の向こうで、君は戦いに向かっているんだね」


 僕は清々しい気持ちで空を眺めた。

 そうだ、僕は仕事をして、お金を貯めよう。そうして、もし、ツカサさんが転生先で蘇ることができたら、僕は再び必ずツカサさんのナイトになれる。


 ―了―

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空に走る「婚活の中心で愛を叫ぶ」 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

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