「彼女の物語」に魅入られた小説家の苦悩

人の死と小説の死を関連づけるというかなり手強いテーマに挑戦した作品です。
作者の手から離れた作品はもはや作者だけのモノではありません。涙なくしては読めないような純愛モノを書いたつもりでも、笑いすぎて涙が出るラブコメとして読まれてしまうことだってあるでしょう。読者によって小説は変容していくのです。

しかしこのような変容が起きるのは読者だけではありません。作者にも起こり得ます。写真は対象物をありのままに描写していると考えがちですが、同じ被写体でも照明や構図によって美しくも不気味にも写せます。そこには作者の意図が反映されるからです。

この特徴は小説になればさらに顕著になるでしょう。対象物を文章として表現する前に、どうしても作者のフィルターを通過させなくてはなりません。その行為は文章に個性を与えるのですが、同時に対象物の正確性を損なう原因にもなります。文章に描かれているのはあくまでも作者の感じた、作者の考えた対象物なのです。

この作品の主人公である小説家が選択した対象物は交際していた彼女、しかもすでにこの世には存在していない、彼の記憶の中にしか存在しない彼女です。主人公は彼女の物語を書き綴ります。そしてそれは完成します。これで彼女はこの作品の中に永久に生き続けられる……本来なら喜ぶべきことなのですが主人公の苦悩はますます深まっていきます。
彼の悶え苦しむ姿は趣味で小説を書いているような私にさえも現実味を帯びた迫力を感じさせるほどです。
ラストはほろ苦いものですが彼にとってはこの選択しかなかったのでしょうね。
小説に限らず何らかの創作活動をしている方々には心に響く作品だと思います。