第181話 すべて消えて
これは狐? とっさに突き出したナイフが急所に刺さったのか、狐はぐったりして動かない。
邪魔な狐を振り払うようにどかすと、俺は
服越しに蟻が背中を這い回る感触。
「パピー! 逃げろ!!」
俺は大声で叫ぶと、川に向かって走り出す。
背中にザクザクと、毒針が突き刺さる感覚。
刺された瞬間、焼けた鉄が押し当てられたような痛みを感じた。
痛い、痛い、痛い。ただひたすら痛い。
とにかく走る。
脳内MAPに記した注意点や狼たちの縄張りなど無視。
ひたすら最短距離を走る。
今すぐ走るのを止めて、地面にのたうち回りたい。
だけど、それは出来ない。
それは、自ら死を引き寄せる行為だ。
だから、俺はひたすら走る。
汗と涙と小便を撒き散らしながら、ひたすら川へと。
川に飛び込んだ俺は、水中で
背中に張り付く蟻が一匹でも剥がれるように。
川の流れに身を任せ、暴れては息継ぎのために水面から顔を出す。
どれほどたっただろうか……体力を消耗した俺は岸辺に流れ着く。
引きずるように体を動かして安全な場所を探す。
地面を
天然の洞窟はモンスターの住処になっていることが多い。
気配察知を使おうにも、背中全体の痺れるような痛みでうまく集中ができない。
リスクはあるが、洞窟へと進むことにした。
このまま野ざらしでここにいても助からない。
それなら、リスクがあっても生き残れる可能性が高い方に賭ける。
洞窟に思えたソレは、ただの横穴だった。
少し進めば、すぐに行き止まり。
しかし、骨の様子からかなりの時間がたっていることがうかがえた。
この横穴を使用したのはずいぶん前のようだ。
蟻に刺された背中は相変わらず馬鹿みたいに痛い。
最初に感じた焼けるような痛みは薄れ、ズグンズグンと重さを感じる痛みへと変化している。
毒で組織が壊死したのか、かなりの量の膿が背中からにじみ出て不快感がすごい。
川で全身びしょ濡れ状態。さらに、毒に対抗するため免疫システムが頑張っているのか熱がでてきた。
びしょ濡れの寒さと合わさり、体の震えが止まらない。
火を熾せればいいのだが、こんな状態じゃ不可能だ。
何も考えず、眠れればいいのだが……。
だけど、浮かんでくるのは不安ばかり。
パピーは大丈夫だろうか? 俺は生きて帰れるのだろうか? 嫌な考えばかりがグルグルと頭を廻る。
とりあえず今は、体力を回復させなければいけない。
考えないようにすればするほど、逆に意識してしまう。
おそらく、高い確率で俺は死ぬ。
森の誰も知らない横穴で、無様に屍をさらす。
死体が新鮮な内に
食べ残しにハエが卵を産み付け、蛆が俺の死肉を食らう。
やがて骨だけになり、骨も長い歳月とともに風化する。
俺という人間が生きた証はすべて消え去り、人々の記憶からも俺は消え去る。
何も成さず、何も残さず。
自然を舐めた報いを受けて、すべて消えていく。
ブルリと体が震えた。
熱のせいだけじゃない。死ぬのは怖い。だけど、それだけじゃない。
すべて消えてしまうのが恐ろしい。
必死にもがいて生きてきた。それなのに……。
いや、俺が殺した奴らだって必死に生きていたんだ。
俺に殺されて、森で屍をさらしたやつもいる。
死体が表にでないよう、処理されたやつもいる。
俺の番が回ってきただけ。
それなのに、自分の番になったからと怯えるのか……臆病者め。
ポロリと涙が零れた。
情けないのはわかっている。
でも、君に会いたいよ。
パピー。
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