第180話 背中から地面へと
いつものルートと違う道を通りながら薬草を探す。
注意深く周囲を観察すると、周囲の痕跡からいろいろな情報が伝わってくる。
足跡や糞。折れた枝や木の傷跡。引っかかって抜けた毛。
そういった痕跡を注意深く観察することで、森の様子が見えてくる。
足跡の深さは、足跡を残した主の体重を。糞の内容物から食性や食事量を。歩幅はおおよその全長を。傷の跡から爪や牙の鋭さを。抜けた毛の引っかかっていた場所から体高を。
足跡や糞の乾き具合からこの場所を通った時間が逆算できる。足跡の数から群れの数を知れる。傷跡は縄張りのアピールなのか、何者かと争ったあとかなのか。抜けたけの色で
俺にはまだわからないが、パピーの嗅覚を使ってマーキングに使われた尿でおおよその縄張りの範囲やマーキングした群れの主の性別も判別可能だ。
新しく訪れる場所では、そういった情報をいつもより注意深く収集する。
周囲の地形。突然崖になっている部分や、地面のくぼんだ場所に草がかぶさってできた天然の落とし穴。トゲの付いたツルや毒のある樹木や草花。
危険度の高そうな場所を、容量の少ない脳みそに必死に叩き込む。
文字通り命懸けの作業だ。集中力が違う。
極限の集中とレベル補正が合わさって、脳内にマップが形成されていく。
俺にチートさえあれば、こんなに苦労しないで済むのに。
そう愚痴りながら、情報を詰め込まれてオーバーヒート寸前の脳を酷使する。
あー、甘いもの食いてぇ……。
マップだのストレージだののテンプレチートをうらやみつつ、目についた薬草を丁寧に採取していく。
納品先の薬師ギルドが少しでも好印象を持ってくれるように。買取価格が少しでも高くなるように。
しんどくて、どこか情けない。微妙にもやもやする。そんな感情を抱えながら、それでも『悪くない』と感じていた。
反社のお偉いさんになってふんぞり返るのも悪くないが、俺にはこういった仕事が似合っている。
反社より冒険者。世間から見たらどっちも大差ない職業ではあるが、やはり俺の本質は冒険者なのだと改めて思った。
同じ森と言えど、森は広大である。
それに、異世界の植生は地球と違って謎のランダム性があるのだ。
そのため、少しルートを変えるだけで生えている植物にも変化が生まれる。
見たことのない植物がチラホラ見えるが、リスクを考えて触れないことにした。
採取だけしておいて、薬師ギルドの人に聞く方法もある。俺は毒耐性のスキルもあるから、ある程度の毒には対応できるはずだ。
それでも、欲張ってリスクを抱えるのはよろしくない。
きのこだけではなく、草にもやべぇ毒を持ったヤツは多いからね……。
俺が転生する前、動画配信サイトでは野食系の動画が流行っていた。
ああいった動画を見ていると、そこら辺の草なんかでも『案外食べられるものあるじゃん』なんて思うかもしれない。
それはある種ただしいのだが、植物に対して正確な知識を有している場合に限ってである。
俺もサバイバル好きとして最低限の知識は持っていたが、それでも怪しいと感じた植物には絶対手を出さなかった。
というのも、地球に存在する植物で人間が食べるのに適しているとされている植物は全体の五%ほどだと言われている。
つまり、九十五%は人間が食べるのに適していないのだ。
そして、人間が食べるのに適していない植物というのは強弱は有れど毒を持っていることが多い。
ましてやここは異世界。成功率五%で毒ガチャをやるにはリスクが高すぎる。
食さなければ大丈夫なことは多いが、漆のように触れただけでカブれる植物なんかもある。雨宿りしてはいけない木として有名な『マンチニール』なんてヤベェ木も存在する。
触らぬ神に祟りなし、見知らぬ草木はスルーに限るのだ。
まぁ、知識がないまま放置するのもよろしくはない。特徴だけ覚えて、後で薬師ギルドの人に聞くことにしよう。
それにはまず、質問や雑談ができるほど薬師ギルドの人と仲良くならなければいけない。
こっちは反社だから警戒もされるだろうしなぁ……。
結局、コミュニケーション能力が必要になってくる。
はやり、最強チートは関西のおばちゃんが持っている圧倒的コミュ力かもしれない……。
未熟でホルモンに振り回されっぱなしの思春期主人公より、関西のおばちゃんの方が異世界適性が高いのでは? 神の野郎に再び会うことがあれば、進言してみてもいいかもしれない。
採取を続けながら移動していると、ギーオが生えている赤土地帯に到達した。
帰ろうか迷ったが、せっかくここまで来たのだ。いくつかギーオを採取していこう。
慣れからくる事故が起きないように気をつけつつ、素早くギーオを回収していく。
結構集まったな、そろそろ帰るか。
太陽の傾きを見るに、少し急げば日帰りで町に帰れそうだ。
新ルートを注意深く歩いてきた割にはペースがいい。
やはり、いい流れが来ている。
今日は魚の気分だ。
パピー、今日は魚を食べよう。
さて、帰り道も気を引き締めて移動しますか。
そう思ったときだった。
言葉にすらなっていない危険信号。
それを受け取った俺は自分でも驚くほどの反応でナイフを抜いた。
いつもの逆手ではなく、順手で。
目には見えない何かが、俺の飛びかかっている。そんな感覚が脳で理解する前に体を動かした。
順手で抜いたナイフを、なにもない前方に突き出す。
ナイフを握る腕に、強い衝撃と重さが伝わった。
首筋にぞわりと寒気。
ガチン! と、さっきまで首の在った場所に牙が噛み合う音がした。
まずい、勢いを殺しきれない。
見えない何かが、
重さと勢いに耐えきれなくなった俺は、背中から地面へと――ぐしゃり。
俺の背中は蟻の巣に突っ込んでいた。
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