願いをさえずる鳥のうた

糸花てと

世にとどまるその思い

 長い廊下、歩いてきた分の足音が響く。夏休み前、机ひとつを挟み、担任との面談。担任がこれまでつけてきた、僕への評価をまとめた紙。それらを見つめ、腕組みしては、ひとこと放った。「もう少し積極的になったらどうだ?」と。可も無く不可も無く。僕の頑張りは消極的らしい。

 最後の一人だったようで、たくさんある机の中、鞄がポツンとあった。友達が居れば待っとくよ、という流れになるのかな。日が長くなっても、部活動すら終わりの空気で静かな校舎、そんな時間まで待たせるのは、友達であっても気が引ける。言われれば、僕は待つけど。はちみつ色の夕陽を背に受け、鞄を片手に黒板まで行く。釘に掛かってる鍵を手に取った。


 澄んだ鳴き声に鳥だと予想して、窓が開いていたかなと、振り返る。胸に感じた鼓動は速かった。僕一人のはずだった。木目の床、所々軋むから、誰か入れば分かるはずなんだ。外を見ながら口ずさむ女子。肩まで伸びた髪が、微かに揺れる。セーラー服、どこの生徒だろう。

 僕に気づいたのか、ゆっくりと、こちらを振り返る。


“………けて?”




 ***



「なに、幽霊でもみた?」

「ん? なんでそうなった?」


 友人は眼鏡を人差し指でくいっと、ゲーム画面を見ながら相槌をしてくれた。


「夏だから?」

「疑問で返すな。つーか怖いこと言うな」

「仮に他校の女子として、度胸あるなーとは思う」


 友人の判断にもう一度、状況を頭に描いた。


「回復アイテムは各自でな」

「え、うそ……あぶなっ。瀕死じゃねーか」


 両手の中、携帯ゲーム機の画面には、HPゲージが赤で点滅。昼休憩には友人とゲームするのが決まりとなっている。昨日の放課後があまりにも不思議で、夢じゃないはず……とも言い切れない、変な気分。


「…――で、好きなの?」

「なんでそうなるんだよ」

「んまぁ、そうか。アニメとかだと、そういう突飛な出会いから恋愛に発展し結ばれるという――…あぁっ!?」


 腹が立ち、友人のゲームキャラを、崖から落としてやった。


「幽霊ってさ、何で現れるんだろうな。しかも、生きてる間で関わりもない、他人の所へさ」


 比較的スパッと言い切る友人の性格に、救われることあり。夏の定番、怪談話。スッキリ納得のいく結末は無く、謎のままで終わる。というか、幽霊で話を進められた。


「そういや、今日は、そっちの面談日だよな?」

「おう、そうだが?」

「待ってようか?」

「レベル上げをしておけ。難関のモンスターやるから」

「つまり、待ち時間をそれで潰せと?」

「そゆこと」


 サラッとした短髪、眼鏡、そこそこイケメンの見た目してるのに、アニメヲタ。机の陰でゲームをしていると、話し掛けられた。それが今の友人だ。


「あのさっ……僕の良さって、なんだと思う?」

「隣に居て、居心地がいい」

「そう、なんだ。へぇ」

「ニヤニヤしないで下さい。俺の良さもついでに」

「割りと真剣に話を聞いてくれる」

「なんか微妙」

「良さだよ。見た目とのギャップっていうのかな、居心地よかった」

「ほぅ、そうなのか」





 じゃあ行ってくる、と言い残し片手をひらひら。友人を見送り、放課後の教室。ゲーム機を起動させた。言われた通りレベル上げをしていく。ほんの小さな音でさえ、はっきりと聞こえそうな、静寂した教室。ゲームの音量で安心感を得ようかな。


 隣の教室、はっきりとした歌、包み込む優しい歌声。はちみつ色の夕陽、窓が開いているのか、大きく揺れるカーテン。鳥をみつけた。なんだ、やっぱり――、じゃない。


 駆け出すときの一歩、力強く踏んだ足は、古びた床をすこし凹ませた。軋む、鈍い音に、女子は顔だけをこちらに向けた。後方からの光、表情はよく見えず、口が動いてみえた。再び大きくカーテンが揺れる、両腕で押さえ恐る恐る下を覗いた――…誰もいない。僕がみたのって……?

 鳴き声、小さい鳥が飛び立った。咄嗟のことで一歩二歩と後退り。確かめるすべは、無い気がする。“……みつけて。又は、たすけて?” まぁ、想像でしかないけど。いかなきゃいけない場所があるなら、そこで、いつまでも歌えますように。


 そう願う。



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