第20話
夏休みは自由の時間。しかし、時は一週間、二週間と過ぎていく。そして、
「海威!」
「あぁうん……」
海威はゆっくりと頷くと、困った表情で幸彩を見つめた。本人は平然を装っているつもり。しかし、彼の口角はどこかひきつっていた。そして、ふたりはスマホに目を落とす。
彼らがこうも息ぴったりに驚いているのは、学校から送られた一通のメールに始まる。長く堅い文章であったが、内容は限りなく薄い。しかし、中で述べられていたのは、一部学生による不祥事と退学、そしてダンス部の廃部についてであった。
「「……」」
学校からのメールはやはり頼りない。しかし、学生たちにはLINEグループが存在しているのだ。そして、こうした情報の周りはどこよりも早かった。
今まで飲酒を重ねてきたりと補導されることがあったダンス部の二、三年だったが、今回に関しては決定打になったのが違法薬物の使用だった。どこで入手したのかはわからないが、どうやら見つかってしまったらしい。そして、学校側も今は休みにもかかわらず大忙しだそうだ。
「ね、ねぇ海威?」
「ん?」
幸彩は海威の前に立って、ソファに座る海威を心配そうに見つめる。そして、海威はなぜか不気味にも微笑んで見せた。
「見たんだよね?」
「……」
幸彩が話しているのは、LINEグループで流れてきた一覧についてである。そこには、今回の不祥事で退学の対象になった生徒の名前だった。いかにもとも思える面々やダンス部の三年は全員、そしてダンス部の二年のところには部長と副部長以外の名前がすべて存在した。
つまり、
「にしてもダンス部も廃部か……」
「仕方ないよ……」
ダンス部はもちろんのこと廃部。そして、一年に関しては、部活に入っていた事実も揉み消されるとの情報が周っていた。よりにもよって幸彩がこの部活に入部していたのは、なんとも不運なものである。
「「幸彩! 海威!」」
昼間にもかかわらず、リビングへと飛び込んできたのは、二人の母親
別に海威と幸彩がなにかをしたわけではない。しかし、柚美の表情は強張っており、彼女は心配そうな顔をしてふたりを見つめる。
「だ、大丈夫みたいね」
「大丈夫って、私たち関係ないのよ」
「いや、もしかしたら知り合いがいたら……って思ってね」
幸彩はそっと海威へ顔を向ける。思い当たるのは、夏海ひとりだった。しかし、海威はスマホで顔を隠すようにして黙っていた。
柚美は問題がなさそうだと思い、仕事に戻らないと、とリビングを出て行こうとする。すると、彼女は振り返り際に二人に問いかけた。
「ねぇ、あなたたち学校に戻るのはもう少し後にしない?」
もう二日後に迫った、寮への戻る日。しかし、今戻るのはどうも得策ではないのだ。そして、寮に戻る理由でもある、文化祭の準備。ただ、その文化祭の中止が囁かれているそうだった。少なくても、文化祭の一般への公開はなしになる情報がわかっている。
「……」
「いや、戻るよ」
幸彩は悩ましく首を傾げるのだが、海威ははっきりとそう言った。今まで柚美に対してまっすぐと話さなかった海威だけに、柚美は目を丸くする。そして、そう、と言い残すと、足早に家を出て行った。
「ねぇ海威」
海威の部屋の扉をコンコンとノックする幸彩。柚美が仕事に戻った後、結局気まずさに二人は押し黙っていた。
「幸彩か」
扉を開こうとすると、幸彩は外からドアノブを固定した。
「何のつもりだ?」
「そのままで聞いて!」
「……わかった」
幸彩は扉を背に、体育座りに座り込んだ。海威も同様に、ゆっくりと腰をおろす。
「それでなんだ?」
「ちょっと謝っておこうと思って……」
幸彩は申し訳そうにそう言ったが、海威は声色ひとつ変えずに返答する。
「これは幸彩のせいじゃないぞ……」
「……わかってるよ」
幸彩はどこか悔しそうに、そう言った。もしかしたら海威が別れていなければ、夏海が巻き込まれることもなかったのではないのか、そう脳裏を過ぎったのも事実だった。
しかし、彼女がそれ以上に危惧しているのは、海威の心の問題であった。
「あなたは大丈夫なの?」
「……」
「何も言わないとわからないじゃない」
幸彩は落ち着いた声で、海威を問いただす。これが間違っているのかもしれない、幸彩はそう思いながらも、聞かずにはいられなかった。幸彩の声を聞いて、海威は深くため息をついた。
「じ、実はな……」
「うん」
海威は言いにくそうに拳をぐっと握りしめた。しかし、その様子は幸彩から見えるものではない。幸彩はそっと目蓋を閉じると、海威が話しているイメージを作り出した。海威は悔しそうに語る。
「ほっとしたんだ……」
「ほっと?」
「あぁ安心した」
海威が放った言葉。それはどうも不思議なものだった。まだ好きなはずの元カノが、不祥事を起こして、退学になる、それを安心したと彼は言ったのだ。
「それって……?」
「これでキッパリ――諦めがついた」
幸彩はハッと気づいたように、息を飲んだ。海威は依然と苦しそうに語る。
「多分、俺はまだ好きなんだと思う……」
「そう……なの」
「だけど、これでな……やっと……」
フゥと息をつく二人。同時に肩に乗っていた重い荷が降りた気がした。話すってこれほどまでに開放感があるのか、海威はそう思う。そして、悩むのではなく、聞いてみることでわかることがあるのだと、幸彩は思った。
二人はしばらく黙って、床に座ったままでいる。
「なんかさ……」
「なんだ?」
二人はお互いが見えないにもかかわらず、扉を方へと顔を向ける。お互いが見えていないのに、二人は壁越しに通じ合っている、そんな気持ちがあった。
「私たちって……キョウダイみたいだね」
幸彩は口元を隠すと、くすりと笑った。彼女の可愛らしい高い声が微かに海威の耳元に聞こえる。
「だな」
海威は幸彩に聞こえない声量でボソッと呟くと、声を押さえて笑っていた。これが兄妹なのかと。
《僕恋色》僕らの恋は何色ですか? 美桐院 @in_bito
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