王~崩落する世界より~

空色 一

第1話 卒業試験

 木々が生い茂り緑豊かな国『木の国』は、ほかのどんな国よりも特殊な国である。 

 なぜなら、これら木々すべてが国民一人一人の能力によって出されたものだからだ。この木々を細工し、加工して、ほかの同盟国へ輸出することによって富を生んでいた。

 なので国民が木を生成する能力を会得できないということは直接の将来の生き死にに直結する問題だった。

 

 そんな最重要な能力を会得する学校がある。『木の国国立育成学校』だ。

 『木の国国立育成学校』は木の国の全国民が入ることを義務付けられ、そこでの卒業試験の時、天女から能力を授かる。その能力の値が大きければ大きいほど待遇がよくなり、今後の人生ががらりと変わる。能力の値が大きい順に天女、国王、王族、貴族、平民となる。

 もうそろそろこの『木の国国立育成学校』では、卒業試験のシーズンがやってきた。


 ここは、木の国国立育成学校。

 木の国というだけあって、学校も木で作られている。

 古い学校ということもあり、ところどころボロボロな校舎だった。

 そのボロボロな校舎の隙間から、生徒たちの声が聞こえてきた。

 そこには、大きな黒板と、教壇があり、その向かい側に机が並べられている。木製であること以外は普通の教室に、異質な生徒たちがいた。

 生徒たちはみな黒いローブを着ていた。一見すると魔法使いのようだった。

その生徒が各々おしゃべりしている。たわいのない世間話ではなく、ほとんどの生徒が明日の卒業試験の話をしている。

 

 そこへ、先生と思われる、中年の女性が現れた。ローブを羽織っているが、どこか生徒たちとは違う、質のよさそうなローブだった。その先生が、能力を使い、手から棒状の木を出し、黒板を叩いた


 ドンドンドン


「はい、お静かに!」

 

 先生がそう言うと、みんなが静まり返った。

 

「みなさん、今までよく頑張ってきました。明日の卒業試験で皆さんは卒業します。明日の卒業試験の内容は能力試験です。能力試験は今、私がやったように手から木を出せばよいのです。とても簡単ですが、最初は天女様からこの能力を授けてもらいます。くれぐれも天女様に失礼のないよう気を付けるように! それでは皆さん、よい結果を楽しみにしていますよ。明日、天女様がいる王宮で卒業試験は執り行います。ですので明日の朝7時ごろ王宮に集合しなさい。起立! 礼!」

「ありがとうございました!」


 先生が教室から去っていった。

 再び生徒たちがしゃべり始めた。


「明日の能力試験、お前よりいい成績とってやるからな!俺はいい成績とって貴族になるんだ!」

「なんだと!? じゃあ、俺はお前よりももっといい成績を取って王族になるぞ!!」

「お前が王族!? 笑わせるなよ」

「なんだと!?」


 生徒同士で喧嘩が始まった。

 隣の席では

 

「私はどうせ平民ね。親も代々平民だもの」

「俺もどうせ平民だろうなぁ」


 そういった話をボーと聞く少年がいた。

 彼の名はローレイド。

 成績は悪く、運動神経も悪い。特段誇れる趣味も何一つない少年だった。

 顔はバランスが悪いというわけではなく、普通だった。

 髪は金髪で部分的にカールしている。金髪はここでは珍しくなかった。


 喧嘩していた生徒の拳がそのローレイドの頭に当たった。


「痛っ!」


 ローレイドが拳を当てた生徒をにらむ。

 その生徒は、意地悪で有名な生徒だった。髪は短髪で、歪んだ、意地の悪そうな顔をしている。


「なんだ? ローレイド、その顔は! お前、これくらい避けろよ! ああ、無理か、成績最下位で、運動神経も悪いローレイドだもんなあ! よし、俺の明日の試験結果をよくするための練習に付き合え!」


 生徒はそういい、ローレイドの顔を殴る。


 他の生徒は「喧嘩が始まったぞ」「やれやれ」「やってしまえ」と面白半分に騒ぎ立て喧嘩を煽ってしまい、ほかのクラスの生徒もやじ馬に来る始末。誰一人として止めようとするものはいなかった。


「成績悪い癖に」


 ドガ


「将来貴族になる」


 ボコ


「俺に生意気な顔をするからだ!」

 

 ドガ


「やめろ!!!」


 ローレイドは思わず叫んだ。

 教室にしばらく鈍い音が響き渡った。

 

 卒業試験日当日。王宮は木の国の天女、国王、王族、貴族が住む場所ということもあり、豪華絢爛なつくりになっている。その王宮の前にきれいに整列した木の国の卒業生たちがいた。だが、ローレイドの姿がなかった。

 

 暫くするとボロボロになったローレイドが朝の王宮の前に現れた。生徒にやられた傷の腫れが、試験当日になっても引かず、何とか隠そうと試行錯誤し遅れてしまった。ちなみに隠そうとした傷はどうしても隠すことができなかった。


 先生がローレイドの元へ駆け寄ってくる。


「なんでボロボロなの!?今日は大事な試験の日よ!?」

「すみません先生。試験の練習をしていてけがをしてしまいました」


 ローレイドは嘘をついた。余計な心配をさせたくなかったからだ。


「そう……気持ちはわかるけど、本番前はほどほどにしなさい!」

「……はい」


 すると昨日喧嘩を吹っかけてきた生徒がその様子を見てくすくす笑っていた。


「これで全員揃いましたね。」


 先生が言った。


「これより卒業試験を執り行います。一人一人この王宮の中に入って、天女様の前で試験を受けてください。先生は王宮の中までついていくことができません。王宮の中では王宮の人の指示に従うようにしてください。くれぐれも天女様に失礼のないようお願いします」

「はい先生」


 そしてどんどん試験は進み、いよいよローレイドの番になります。


「次、ローレイド!」

「はい!」


 主人公は緊張していた。


「僕は将来何になるんだろう……王族、ありえない。貴族、それもあり得ない。平民……多分平民だろうな。才能ないのはわかっていたけど、平民で平凡に暮らせればそれでいいや……」


 ローレイドに先生が駆け寄ってきた。


「全力を出してね。応援しているわ。頑張って!」

「ありがとう先生」


 先生にお礼を言い、扉のほうへ歩みを進めていった。

 

 ギイイイイイィィィィと扉が開く。眩い光が差し込んできた。ローレイドは思わず目を細め、光から目を守るように手で覆った。

 目が慣れてくると、非日常の光景が目に入ってきた。

 貴族と王族が天女と国王の前にきれいに整列していた。


「道を開けよ」


 天女が言った。

 すると並んでいた貴族と王族が一斉にローレイドと天女への道を開け、天女とローレイドは一直線状に向かい合う形になった。

 それにより、天女の姿がはっきり見えた。

 天女は羽衣を着ていて、真っ白なシミ一つない純白だった。そして、この世のものとは思えないほどに神々しく、優しそうな雰囲気を持つ女性だった。


「美しい……」


 そう思わず口走ってしまった。すぐに後悔したが、


「クスッ」

 

 天女は笑ってくれた。笑った顔もとても美しかった。

 

「す……すみません!」


 思わずローレイドは謝った。


「言葉遣いに気をつけなさい。」


 隣にいた国王が注意した。国王は厳しそうな鎧を着た中年の男性だった。天女がすかさず国王を宥めた。


「よいのです。まだ子供。さあ、能力試験を開始します。今からあなたに能力を授けます。手を出して。」

「はい。」


 ローレイドは天女の言うとおりに手を差し出した。


「さあ、口から言の葉を出すように、手から、モノを出すイメージを膨らませて……」

「はい……ふっ!」

「力まない、力まない。力を抜いて、リラックス。呼吸をするように、あくまで自然にゆっくりと……」

「はい、ふうぅぅぅうううぅぅっっ」


 すると、ボッという音とともに巨大なが出た。


「!!!」


 天女と国王、王族たちが驚いた表情になり、やがて、慌てて言った。


「! 今すぐ試験を中止しろ!今すぐだ!!」

「え……?」


 火はこの王宮が木造であることが災いになって、瞬く間に炎は大きくなりローレイドの周りは火の海になっていた。近くにいた天女に火の魔の手が襲ってきた。

国王が叫んだ。


「水だ!! 天女を守れ! 水を寄こせ! 早く!!」


 轟音と共に、炎が瞬く間に巨大になっていく。誰も天女のそばに近づくことはできなかった。国王が言った。


「もうだめだ……、広報に連絡、天女様がお亡くなりになられた!!」


 貴族や王族が慌ただしく動いている。すると、大きなアナウンスが国中に鳴り響いた。


『天女様がお亡くなりになられました! 繰り返します、天女様がお亡くなりになられました! 国民は直ちに同盟国の隣国へ避難してください! 繰り返します! 国民は直ちに同盟国の隣国へ避難してください!』


 そうアナウンスされた。その直後、ゴゴゴゴ……と轟音が鳴り響いた。


 ここは木の国。天女の能力で浮いていた空中都市だった。もう今は天女が死に、その天女の能力供給が終わってしまったため、崩れ落ちるだけの終わりかけの国だった。


 ローレイドは王宮の崩れ落ちた瓦礫で頭を打ち、気を失ってしまった……。

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