第3話 走馬灯

「被告を――――死刑に処す」

 

 ローレイドに火の国国王はそう告げた。

 ローレイドを王族が取り囲み、貴族が斧を振り上げた

 その時、ローレイドは死を悟り、冷静になっていた。


(ここで自分は死ぬのか……死を悟ると時が遅く感じるとどこかで聞いたことがあるが、本当だったんだな……)


 ローレイドの脳内に過去の記憶が流れてくる。


(これが走馬灯か……)


 ローレイドは生まれが分からない少年だった。なので養子として育てられた。養子だというのにもかかわらず、里親は大事に育ててくれた。そしてある程度成長すると、木の国国立育成学校に入れられた。


 木の国国立学校の成績は下の下。頭はあまりよくなく、劣等生だった。そのためよく生徒にいじめられていた。


(今までひどい人生だったな……筆記テストがよくないからよく馬鹿にされたっけ……)


 生徒にいじめられていた主人公に優しく手を差し伸べる女性がいた。先生だ。


(よく先生に助けてもらったな……。嬉しかった……)


 そして、主人公が家に帰ると、優しく出迎える里親の姿があった。

 里親と抱擁する。

 優しい体温が伝わってきた。

 その優しい里親の顔が、そのまま優しい顔の天女へと変わった。


(!)


 天女が優しくローレイドに能力の出し方を教える。


(……)


 そして、その天女が炎に包まれ、美しい顔が、炎の熱によって爛れた顔になっていった。

 ローレイドに天女が炎の中で助けを求めている。

 やがて天女は動かなくなった。


(ゃめろ……)


 今度は優しくしてくれた里親、先生が炎に包まれている。

 あの優しい里親、先生の顔が、またも炎の熱によって爛れていた。


(……やめろ……)


 里親、先生が炎の中で助けを求めている


(!!!やめろぉぉぉおお!!!!)


 思わず、そう叫んだローレイド。

 それと同時に、現実世界のローレイドの周りには、ゴアアァァァという轟音と共に大きな炎が渦巻いた。処刑をしようと斧を上げていた貴族は、その炎に焼かれ、斧は炎の熱で溶けてしまった。


「!!!」


 死刑を処そうとしていた国王、王族、貴族は驚いた。


「王族! この場での能力行使を許可する!」


 国王はそう叫んだ。


「はっ!!」


 ローレイドの周りを囲んでいた王族たちは、一斉に炎を手から出す。

 ローレイドの炎と王族の炎がぶつかり、周りには炎の轟音と、激しい光、そして熱が広まっていった。

 しかし、ローレイドの炎のほうが強く、王族の炎は押し戻されていた。

 それを見た国王はいてもたってもいられず、両手をローレイドへと向け、


「えぇぇい、ワシがやる!!」


 そう言い、今からくる衝撃に耐えれるよう、両足を広げ、踏ん張った。


「どけぇぇぇい! 邪魔じゃぁぁ!!」


 それを聞き、能力を発動していた王族が発動をやめ、国王に道を開ける。


「ブルァァアア!!」


 巨大な炎が国王の手から出る。さすが国王といったところか、ローレイドに負けないくらいの大きな炎だった。

 その炎が、ローレイドの炎にぶつかる。

 あたり一面が真っ白になるほどの光を発した。

 その能力を通じて、ローレイドが出した炎の強さを感じて、思わず国王が、


(こ奴……なんというパワーだ……想定外じゃ……)


 そう思った。


「……プランQじゃ!!」

「!!!」

「……しかし、国王陛下……」

「早くしろ!! これは国王命令だ!」

「はっ!! 広報に伝達、火の国天女様が亡くなられたと誤報せよ!! 繰り返す、火の国の天女は生きておられるが、天女様が亡くなられたと誤報せよ!! これはあくまで誤報だということを忘れるな!! 天女様は引き続き死守せよ!!」


 そう言い、しばらくすると、カランカランと鐘の音が国中に鳴り響き、アナウンスが聞こえた。


『天女様が亡くなられました。これは訓練ではありません。国民は速やかに隣国へ避難してください。繰り返します……』


 そう、プランQとは天女が亡くなったと誤報を流すことである。これを流すことにより、国民全員が避難する。いざ本当に天女が亡くなっても、被害を最小限にさせるためのプランだった。


「それでは国王様、我々は国民の避難を誘導したのち、天女の間にいらっしゃる天女様をお守り致します。ご武運を……」


 そう言い、バタバタとその場にいた王族、貴族はその場を後にした。


 2人から放たれる炎が、ぶつかり合っている。その周りには、爆風で飛ばされ、バラバラになった椅子の残骸や、机の残骸が燃えている。


 全身鎧で覆われている国王が、暑苦しそうにしている。


 炎の能力を発動させたまま、国王はローレイドに話しかけていた。


「……おい、聞こえているか……」

「……」


 ローレイドは無言だ。


「しかし、ワシも年老いたのう……こんな若者一人にてこずって……」

「……」

「おぬしの反応や、行動を見るに、事件の時もこんな風に力を制御できずに木の国の天女を殺したんじゃろう?」

「っ……」


 ローレイドは国王の言葉に少し反応した。


「事故じゃった」

「……」

「じゃがのう、君には同情するが……わしは国を守らねばならん。君には、この国を守るため、秩序を守るため、死んでもらう」

「……ボソ」


 ローレイドが何かを言ったが、声が小さくて聞き取れなかった。


「? なんじゃ?」

「死にたくないぃぃ!!」


 ローレイドの心からの叫びが、王宮中に響き渡った。










 一方、火の国天女様がいる別館の扉前。




 別館といっても豪華な装飾を施された、庭園や、噴水がある庭がついていて、とても住みやすそうな環境であった。


 そこには、だるそうな貴族と、真面目そうな貴族が別館の扉の前を警備していた。両方の貴族とも鎧を着ているが、顔は出ている。鎧の装飾は国王や、王族の鎧とは違い、全くない。


 だるそうな貴族がしゃべり始めた。


「はあ、かったるいなぁ」

「おい、私語はやめろ。今警備中だぞ」

「だってよお、考えても見てくれよ、国王様はよお、一人の犯罪者に対して、治癒して延命させて、わざわざ秘密裁判まで開いて、果ては死刑にてこずるって……あほじゃない?」

「おい……不敬罪だぞ……」

「ちっ、違うよ! 俺は一人の貴族としてちょっと疑問に思っただけだよ! ほら……お前だってこの警備のせいで休みつぶれただろ……こんな犯罪者一人のせいでなんで俺たちの貴重な休みを潰して警護しないといけないんですかねぇ……犯罪者一人殺せない王様ってさ……無能の王様っていうんじゃない?」


 そこに、王族達が見回りにやってきた。そしてこの話を聞いたのだろう。王族の一人が、鬼の形相で助走をつけ、この発言をした貴族を殴った。


「ぐほぁあ!?」

「お……お疲れ様であります! ルドウィン殿!」


 先ほど問題発言した貴族は3メートルくらい飛んでいき、倒れた。


 殴ったルドウィンと呼ばれた王族はその貴族の鎧の紋章を見て、新入りだと分かり、はあとため息をついた。


 「新入りか……じゃあ、知らなくても無理はないな……おい、国民の避難は完了したか?」


 横にいた王族に尋ねた。


「はい」

「よし」


 ルドウィンはヅカヅカと自分が殴った貴族に近づき、しゃがみこんで貴族をつかみ、貴族の耳に大きな声で言った。


「いいかぁ! 新入り! 耳かっぽじってよおぉく聞け!! お前が犯罪者呼ばわりしたあのお方は、次期火の国国王陛下であらせられるぞ!」

「!!??」

「おい……ちゃんと聞け。お前は現国王を無能と言い、次期国王を殺せって言ったんだぞ!?」

「ひいぃぃ!!」


 貴族が怖がるのも無理はない。ルドウィンはただでさえ怖いその顔を、鬼の形相に変え、大声を上げ責め立てたのだ。怖い上司がこんなにも近くで責めると、誰だって怖がってしまう。


「いいか、よく聞け。これは我々の国では代々続く、次期国王が、国王になるための帝王学に基づく教育だ。この教育は、5段階の試練があるといわれている。

「1段階目は、精神崩壊。王はいかなる時でも精神を壊してはならない。過酷な戦場でもだ。だから試練として精神を壊しにかかり、耐性をつける。人間の精神を壊すのに一番適しているのは自分の手で親を殺すことだといわれている。だが次期国王の父親は現火の国の国王。さらに母親は火の国の天女だ。どちらも殺すわけにはいかない。

「そこで隣国で偽りの親に教育させ、愛情を育ててもらい、疑似的な親を生み出す。そして、卒業試験の日、木の国天女に間違った能力の出し方を教わる。それにより、国王の能力を受け継いだ次期国王の強大な能力を放出し、天女を殺させ、国を崩落させる。その後、次期国王は手厚く保護され、隣国の火の国へと身柄を移される」

「まっ、待ってくれ、確か、天女が能力を授けるのではなかったのですか? これではまるで、次期国王は国王の能力を先天的に受け継ぐような言い方ですが……」


 貴族が話を遮る。


「そうだ。能力は先天的に授かる。しかし、国は、天女が能力を授けると嘘の情報を国民に定着させている。それは、天女が能力を与えたといってやることで、思うような地位に付けなくても、天女が決めたことなら仕方がないと思えるからだ。

「それだけではない。天女が能力を授ける日、もし能力がない人間が出た場合、即刻地上へ落とされる。これは能力者で国を統一するためだ。現在、木の国では無能力者では仕事が務まらない。空中都市では限られた土地、資源、食料のため、使えない人材は秘密裏に消すほうが国のためになる。

「しかし、それを公表してしまうと反発が起きる。誰だってかわいい息子・娘たちが無能力だからと言って国に消されてはたまったものではないからだ。なので、家族には、天女が授けてくれた能力の力に耐えきれなくて亡くなったと言う。無能力だから地上に落としたというよりは納得がいく説明になる。それでも天女を恨んでいる者もいるが。

「能力試験が一人一人、密室で行われるのもそのためだ。国は、天女が能力を与えるには、一人一人、儀式をしないといけないといっているが、真っ赤な嘘だ。」

「そうだったんですね。」

「話を戻す。天女を殺し、国を崩落させると、必然的にその親も、親しい人も故郷ごと自分の手で殺したことになる。その精神的ダメージは計り知れないものになるだろう……。

「そして、2段階目は、能力開放。これからの試練を耐えるためには、強大な能力値が必要だ。その能力を、死の危機に追いやることで強制的に、かつ効率よく能力を解放させ、能力値を高めさせる。だが、それにはとてつもない苦しみが国王、次期国王には伴われる……今は、この2段階目を行っている」

「……!!」

「わが国は世襲君主制だ。つまり、わが国王の息子が、あの犯罪者扱いされている次期国王陛下だ。自分の実の息子に死刑を言い渡すなんて……我々では想像もつかない苦しみだろう……」

「!!」

「そして、今、追い詰められた何も知らない実の息子に殺されかけていて、自分も一歩間違えれば実の息子を殺しかねない状況にいるんだぞ!!」

「!!!」





 そのころ、ローレイドと国王は能力を全力でぶつけ合っていた。2人の凄まじい炎の轟音と、熱、光があたりを包んでいく。


 そんな中、その轟音に負けないくらいの大きな声で、


「死にたくないぃぃ!!」


 そう、ローレイドが心の叫びをあげた。


「!!」


(くっ!! 昔同じ試練を受けた時のことを思い出すわい……!! 息子よ……! 耐えるんじゃ……!!!)


 国王がそう思った。


「……ぁぁあ止めてぇ……殺さないでぇ……」 


 ローレイドが消え入る声でそう言った。


(耐えろ……耐えてくれぇぇ!!!!)


 心の中で国王が願う。


「……止め……て……」


 どんどんローレイドの炎の力が弱まっていってしまっていた。


(力がどんどん弱まっていく……このままでは……わしが殺してしまう……!!しかし、わしが今、力を弱めてしまっては試練にならない……!!今後もっと厳しい試練を受けることになることを考えると、今甘やかすわけにはならない……!!こういう時、親父はどうしていたか……思い出せ……!昔のわしの2の試練の時は……!!……思い出した。キツイのう……じゃが、これも息子のため、国のため。心を鬼にして……。)


 国王は意を決して言った。


「おい! 聞こえるか!! 死刑囚!!」

「……!!」


 ローレイドが反応する。


「おぬしは木の国の天女を殺し、国民すべての命を奪った!!!」

「!!!」

「それは事故だろうが、故意でなかろうが、おぬしの手でたくさんの命を奪ったのは事実!!」

「!!!」

「夢を持った人! 意地悪な奴! 幸せになりたかった人! 偉くなりたかった人! 平凡に暮らしたかった人! おぬしのことを思って大事にしてくれた人! 優しく美しい人! 厳しい人!! ……皆! 皆おぬしの手で殺した!!」

「!!!!」

「すべて真実だ!! おぬしは……殺人鬼だ!!!」

「うるさぁぁぁああぁぁぁあいいぃい!!」




 ローレイドの感情と連動するかのように、ローレイドから発せられていた炎に勢いが戻った。いや、むしろ増したといってもいい。


 大きな炎が国王を襲う。国王は何とかその炎を、自分の炎で封じ込んでいた。


 そして、ローレイドは錯乱したように言った。


「違う違う違う!!! 俺は殺人鬼なんかじゃない!! 俺は……俺は……」

「……おぬしは……なんじゃ?」

「……」

「善人か?」

「……」

「……じゃあ、悪人かの?」

「……違う……」

「……何故じゃ?」

「わざとじゃない……わざとやっていない……!!」

「……ほう……わざとじゃなければ人を殺しても良いのか?」

「……っ!!! うわああぁあぁぁあ!!!」


 そうローレイドが叫ぶと、国王が仮面の下で苦しそうな表情をしていた。


(息子にこんなことを言うのはくるしいのぉ……耐えるんじゃ。くうぅ、老いたのぉ、涙が出てきたわい……王が仮面をかぶっている意味が分かったわい……親父も試練の時、仮面の下で泣いていたろうのぉ……)


 国王は仮面の下で泣いていたが、その涙は炎の熱によって蒸発していた。

 火の国王とローレイドの炎がぶつかり合い、二つの炎が合わさって炎の塊ができ、ついに、大爆発が起きた。二人はその爆発に巻き込まれた。


 眩い光と、熱、そして煙により、周囲は真っ白になった。


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