第10話 世界の真実(?)
赤面したままこほんと軽く咳払いをし、ベネシーは続けました。
「私のことはもういい。とにかく君たちには奴に会って貰わなくちゃならない。国に関しては私がなんとか足止めをしてみよう。アル、ユタ、付き合わせて悪かったね。二人用の転移魔法の準備を」
「「えっ?!」」
「世界間の問題に本質的に無関係な君たちを、これ以上巻き込むわけにはいかないよ。ましてや相手があの悪魔じゃあね」
「でも――」
「兄さん」
「う……分かりました……」
納得いかない様子の二人でしたが、先程の状態から持ち直したベネシーからはその美しい見た目にそぐわないほどの威圧が放射されており、弟子を守ろうという気概が感じられます。
それほど危険な相手なのかと、彩は心配になりました。
「それ、私たち大丈夫なんですか?その、こ、殺されたりとか」
「あぁ、それに関してなら心配無い。奴が見境無く人を殺すようなら、今頃全員土の中だ。少々の危険こそあれど、死にはしないと思うよ。特に君たちはね」
「えっと、それはどういう……?」
あっさり否定されたことに安心した彩と詩織でしたが、悪魔である彼に対する疑念は一層強くなります。意味を問い正そうとしました。が、
「君たちがこの世界の人間ではないから、殺されない。今はこれ以上言えない……すまないね」
俯き、神妙な面持ちでそう言われては首を傾げながらも頷くしかできない二人なのでした。
「さぁ、忙しくなるぞ。君たちが転移魔法で向かうのは、この街、ティアリスから遠く離れた、奴の居る遺跡だ。私達は移動の準備に取りかかるが、君たちにはまず休んで欲しい。恐らくだが、転移してから眠っていないだろう?」
「えっ?あぁ、そういえば……」
「ふむ。奥に部屋を用意してあるから、そこで休んでおいで。準備が出来たら呼びに来よう」
部屋?部屋なんてあったっけ……とベネシーが指さす右後方を見てみると、本棚があったはずの場所に、ここへ来た時と同じ赤い紋章の入った扉があります。
詩織は、もはや何でもありだなぁと思うだけで、驚くこともできませんでした。
彩はというと、早く次の部屋に行ってみたいようで、見るからにそわそわしています。
「……わかりました」
「りょーかいです!」
ベネシーは二人の返事に満足したようで、大きく頷きました。
二人が席を立とうとすると、何かを思い出したかのような素振りを見せ、左の本棚から薄めの本を取り出しました。
「おぉ、そうだ。その前に君たちにはこれを返しておかなくては」
ベネシーから受け取ったそれは……あのちょっとイタイシナリオが書かれた、なんの変哲もない、しかし異世界にあるはずの無いプロット。
「えっと、えっ?これ、プロットのノート?!なんで?!というか、返す……?」
ベネシーは喋りませんでした。代わりに、詩織の脳内には声が響きます。それは妙に落ち着いていて、淡々とした声でした。
「後でよーく読んでみると良い。それと……一つアドバイスをしておこうか」
一呼吸置き――
「この世界と、私達の真実を知っても、情をかける必要は無い。遠慮なく元の世界へ帰ってくれ」
少し肩に力が入っていることから、彩にも聞こえているようです。少し間が空いたあと、ベネシーはニコリと微笑み――
「お楽しみだ!さぁ、準備をするからゆっくり休んでくれたまえ!」
それ以上の言葉を残すことはありませんでした。
*
奥の部屋は、白い壁に一人用ベッドが二つあるだけの、簡素な部屋でした。
二人はベッドに腰掛け、休む前に少し話をする事にしました。
「なんか、大変なことになっちゃったね。まさかここまで大事になるなんて……よく分からないことも、いっぱいあったし」
ベネシーの言葉を思い出しながら、詩織は呟きました。
「まぁね〜、でも楽しかったよ!今でも帰りたく無いくらい!」
こんな突拍子も無い場所に放り出されて正気で楽しんでいられる彩は、普通ならばただのイタイ子であるはずなのに、どんな困難にも立ち向かって行くような、そんな頼もしい親友に見えました。
「私は詩織みたいに頭良くないけどさ……あんまり考えすぎずに、思いっきり楽しんでみても良いと思うよ?こんな体験めったに出来ないし」
笑ってそう言う彩に、詩織は自分の心のうちを見られたような気がして少し恥ずかしくなりました。
「そうだね。確かに異世界転移できる人間なんてフィクションの中だけだと思ってたし。でも帰れる可能性があるとはいえ二度とごめんだなぁ……ちょっと、楽しかったけどね」
「呼んだかいがありましたなぁ」
「またやりたいとか言わないでよね」
ゴロゴロしながら談笑していた二人は、蓄積した疲れからかいつの間にか眠ってしまいました。
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