第5話 情報収集

 屋敷を出て、何人に声をかけたでしょうか。


 二人は、なんとか現状を打開するために、彩が提案した『住民に総当りで声をかける』という、雑なゴリ押し作戦を決行しました。


 胸を張り、「いける! まかせて!」なんて、謎の自信たっぷりな彩に不安しかない詩織でしたが、案外困っているのは言語を介さずとも分かるようで、会話を試みてくれる優しい人もわずかながら存在しました。

 しかし、言語の壁は高く立ちはだかるもの。

 謝罪の意を孕んだ聞き取れない言葉をこぼして彼ら、彼女らは去っていきました。


 意思疎通は気合いで乗り越えられるものではありませんでしたが、街をひととおり回って眺めることで、情報は得ることができました。


 まず、この街には人間や獣人、エルフなどの種族が目立った争いもなく共存していること。


 ベタなファンタジー世界では、あきらかに異質な『転生者』ですが、この街ではどうやら違うようです。


 現に、トレーナーにスカートなんて言うファンタジー雰囲気ぶち壊しの出で立ちだった二人さえ、普通に街に溶け込んでしまっています。

 もっとも、魔法陣を描いたのが室内で外に出る際靴が無いからと、ホコリに埋もれていたスリッパを使っていたのは、流石に驚かれましたが……。



 次に、手を合わせる、お辞儀をするなどの基本的な身振り手振りが表すものは、自分達の認識と大体同じ意味を持っていることも分かりました。

 街で見る時計が元の世界と同じようなものであることも加味すると、この世界の道具も元の世界と同じものが存在するのでしょう。



 情報収集を終えた二人は、表通りの白い壁に寄りかかって行き交う人々の流れを見つめながら、呆然と太い道の横脇に佇んでいます。


 漠然とした不安感が二人を襲っていました。


「彩ー?」


「うん……」


「少しは、帰りたくなった……?」


「うん…………うん? 帰らないよー……」


「まだ言うかぁ……」


 歯切れの悪い会話を続けては、ただぼぅっと目につくものを眺めていると……事態は突然動きだしました。


 先程の情報収集で話しかけた、自分達と同い年ぐらいの兄弟と思われる二人組が、何やら分厚い書物を持ってきて駆け寄ってきたのです。

 とても慌てた様子。機関銃のようなスピードで話し始めました。


「……! ……!」


 相変わらず何を言っているかは分かりませんでしたが、彼らが本を指さしていることから、見るように促されているのだと思われます。


 半ば自暴自棄になっていた彩と詩織は、どうせ分からない文字があるのだろうと本を開き――


 愕然と目を見開きました。


 魔法陣です。


 転移に使った魔法陣がそのまま描かれています。魔法に関する進展は予想だにしておらず、言語が通じないことも忘れて詩織は彼らに問いかけました。


「これ、どこで……?!」


 反応を示したのを向こうも読み取ったのか、暫し考える様子を見せたのち、二人から少し距離をとって振り返り、「ついてきて」と言わんばかりに頷きます。


 記述を撤回致しましょう。


 相手の受け取る意思、自分で伝える意思があれば、意思疎通は気合いで乗り越えられます。


「ね? なんとかなったでしょ?」


「もう、調子いいんだから」


 二人は目を合わせて笑い合い、先導する兄弟を追いかけました。

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