第3話 『普通』と『特別』

 白や水色を取り入れた異国情緒溢れる街並みと、青々とした海が美しい街『ティアリス』。


 災害をあまり受けないこの街には珍しく、荒れ狂うような嵐が襲来していました。


 黒雲が空を覆い、街を照らす明かりは街灯だけのように思われましたが……たった一瞬だけ、快晴と見間違えるほどの閃光が街を照らしました。


 程なくして、街外れにある廃墟の一室から、雷鳴に紛れた『やったぁあぁぁあ!』という少女の歓声が響きました……。


 *


「やったッ!!!! ついにやったんだよ詩織!!!!

 出来た! 転生! 本当に! やったーー!」


「あ……あぁ、うん。 そうだねー……」


 目を覚ました彩の第一声はあの歓声でした。


 自分の部屋ではない埃っぽい床に自分達が書いた魔法陣が、そっくり焦げた跡のような形を残して自分の下敷きになっている……。


 それだけで、あんなに大はしゃぎできる人物は彼女ぐらいしかいないでしょう。


 詩織はこのぶっ飛んだ状況に驚きはしましたが、はしゃぐ彩を見て冷静になることができました。


 しかしそれは、詩織にとって事態が深刻であると受け取り、考えることを意味するのでした。


 擬似魔法薬の失敗、成立するはずのない儀式、彼女が教室で浮いてしまっていることも……、全部『普通』のことでした。だからこそ詩織は、その状況を受け止め対処することが出来ていたのです。


 しかし、『普通』ではないこの状況は飲み込んで即座に対処できるものではありません。


 こんなこと、絶対にありえない。

 ファンタジーは好き。大好き。


 でも、それは架空の存在を楽しむためのもの。

 本当にあるべきものじゃ、ない。


 ふと詩織は、膨れた不安を口にしました。


「ねぇ、彩。 来て早々悪いんだけど……、帰れるのかな、私たち」


「ん? 帰る? なんで?」


「えっ。 なんでって、なんで?」


 当然のことのように理由を聞く彩に詩織は軽く拍子抜けし、思わず聞き返してしまいました。


 続く言葉を聞いたとき、酷く後悔してしまうことも、予想出来たはずなのに……。


「だって私達、転生したんだよ?!この世界に歓迎された、受け入れて貰えた『特別な』二人になっちゃったんだもん!帰るなんて選択肢無いよ!」


 詩織は、愕然と目を見開きました。


 こんな非現実的で、不安に満ちた不可解な事が起きているにも関わらず、彼女は『帰る選択肢など無い』と言い放ったのです。


 彩はやっぱり『普通』じゃない。


 彩が元から、怖いくらいポジティブなのは知っていたけれど、まさかここまでとは。


 詩織は呆れ返って反論しようとしましたが――いや、待てよ……と、思いとどまりました。


 同じように普通じゃないこの異世界では、かえって良いのかもしれない。そんな閃きにも似た考えが、脳裏をよぎったからです。


 詩織は、「そっか。……そうだよね」とこぼして、自分の『普通』と彩の『特別』を比べることを辞めたのでした。

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