第7話 差し入れ

「差し入れです」

 休み時間、吉岡さんがそう言いながらお菓子を配っていた。

「神崎さん、疲労に効く差し入れです」

 私にはそう言いながらお菓子をくれた。ナッツの入ったブラウニーだった。多分手作りだろう。一つ一つ包装している。


美味うまそう!」

 大げさに叫んでいるのは宇和島さんだった。宇和島さんも上司へのゴマすりが大好きな人間だ、課長と懇意な吉岡さんにここぞとばかりに愛想を振りまいている。

 お局グループは「年とると食べられないのよね」などと言って吉岡さんのお菓子を受け取らなかった。毎日昼休みに動けなくなるまで食べているのに。けれども羨ましかった。私は怖くて吉岡さんの手作りお菓子なんて食べられない。断れないから受け取っただけだ。食べることはしないだろう。


 次の日も吉岡さんは差し入れをくれた。今回はナッツとオレンジ入りのチョコマフィンだった。

 宇和島さんはとても喜んでいる。普段女子社員に相手にされない宇和島さんはお菓子が本当に嬉しいのと、吉岡さんに愛想を振りまきたいのだろう。


「神崎さん、オレンジが入っているので爽やかですよ」

 今回も断れずに受け取った。二日連続お菓子の差し入れ。吉岡さんは何を考えているのだろう。吉岡さんなりにみんなに溶け込もうとしているのだろうか。もしそうならこの手作りお菓子を食べずに捨ててしまう自分はとても酷いことをしている。似たことを思ったのか、鈴木さんがお菓子を受け取っていた。それか単に食べたいからという理由だろう。

 次の日もその次の日も、吉岡さんはお菓子を配り続けた。その次の日、吉岡さんは会社を休んだ。

 最近体調不良で早退する人が増えた。抜けた人の仕事を残りの作業者が担当する。普段の倍の仕事量になる人もいる。事務所でも一人休んだ。一日くらいならそんなに影響はないけれど、このまま増え続けるとちょっときつくなりそうだ。


 今週でようやくグループ仕事が終わる。吉岡さんが言っていた延長とやらはなさそうだ。体調不良者が多いのは気になるが、もう吉岡さんと一緒に昼休みを過ごさなくていいかと思うととても心が軽くなる。宇和島さんに頼まれた資料作りも早く終わらせよう。少しだけやる気を出してパソコンに向かっていたらドアが乱暴に開いた。驚いてそちらを見たら課長が慌てた様子で駆け込んできた。


「吉岡から飲食物を受け取った者はいるか」


 課長が叫んだ。みんなざわつく。飲食物って、あの手作りのお菓子のことだろうか。


「自分、お菓子をもらいましたが……」

 宇和島さんが率先そっせんして言った。こういう時、思い当たるふしがあっても名乗り出ることは躊躇ちゅうちょする人が多い。私もその一人だが。


「体調に変化はないか」

 課長は宇和島さんの肩をつかんでたずねた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る