第4話 見えてきた本性

 お昼前に帰宅した。アパートの前に誰かがいた。その誰か、は私に気づき笑顔を向けてきた。吉岡さんだった。どうしてここにいるの? 心臓がどくんと鳴った。

「吉岡さんの家、この辺だっけ?」

 私は平静を装って話しかけた。顔は確実に引きつっていただろう。しかし吉岡さんはそんなことはお構いなしだ。なんせいきなり人の家の前にいるのだから。


「神崎さんの家〇〇町って言ってたから、昨日の帰り尾行したんです」


 一気に体温が上がった。まだ夏前だというのに嫌な汗をかいた。気持ち悪い気持ち悪い。呆気あっけにとられる私に気づいているのかいないのか吉岡さんは続けた。

「〇〇町って教えてくれたってことは、来ても良いってことですよね」

 吉岡さんは上目遣いで私を見てきた。これが男だったら違う展開になっているであろう台詞だろうか、そんなことを思うなんて刹那的せつなてきというのだろうか。確かに刹那せつな、私は色々なことを考えた。

 こいつは本気で危ない人だ。刺激してはいけない。


「あの……私はそういうつもりはないの」

 私は淡々と言った。

「そういうつもりって、どういうつもりですか?」

 吉岡さんは本気で解らないという表情で尋ねた。

「町名を言ったからって、家に来て良いという意味ではないの」

 私は淡々と優しさを含めて言った瞬間、吉岡さんの顔つきが変わった。やばい、これでも刺激になるのか。


「あの……休日は仕事のことを考えたくないから……」

 ふり絞って出た台詞だ。

「そうですよね、すいません」

 全然申し訳なさそうに見えないが、その言葉だけでも出てくるならまだ常識的なものは持っているのだろうか。私はホッとしかけた。


「じゃあ平日に来ますね」

 希望は砕かれた。嘘でしょ……話が通じない人ほど厄介やっかいなものもない。

「平日だって大変じゃないの、次の日朝早いし」

 私ははっきりと否定的な言葉を言えず、それでも精一杯反対している。

「私、朝ごはん作ってきますよ。じゃあお邪魔しました」

 爽やかな顔で吉岡さんは去って行った。今のは……何? 私の断り方は正解だったの? 多分違う。


 月曜日。私は怖くてカーテンを開けられなかった。昨日ホームセンターに行き、自分で付けられるチェーンを買ってきた。尾行してきたなら恐らく部屋も知られているだろう。もしピンポンが鳴って、朝食を持参した吉岡さんがいたらどうしよう。昨夜はなかなか寝つけなかった。テレビの音量も低めにした。


 吉岡さんはいなかった。出勤時間は人通りも多い。私は束の間の安心感で歩いた。

 会社に着いたらすぐに吉岡さんに声をかけられた。

「神崎さんの家、何曜日に行っていいですか」

 目をきらきらさせて尋ねられた。周りがこちらを見ている。

「今週は忙しいから……」

「じゃあ来週ですか?」

「そこまではまだ解らないから……」

 会話をにごして私は逃げた。「資料を届けないといけないから」と言って逃げた。



「神崎さん、さっきのどういうこと? 吉岡さんと遊ぶの?」

 お局グループの鈴木さんに話しかけられた。鈴木さんは少しお節介せっかいな年配の女子社員だ。今ならこのお節介が嬉しい。一人で抱えるには重すぎる。私は全ての事情を話した。


「やばい女だね、はっきり断った方がいいよ。神崎さんもちょっと言いづらいだろうけれど、あの女にははっきり言って言いすぎるってことはないだろうから」

「でも逆上して何かされたらって思うと怖くて……」

「まさか、会社の人にそんなことしないでしょ。それにみんながついてるよ」

 鈴木さんはすぐにこの話を広めるだろう。きっとお局グループが私を助けてくれる。危険な吉岡さんの被害者として、話題と引き換えに。少し安心した。


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