第3話 週末

 金曜日はみんな帰るのが早い。私は仕事で少し遅くなりみんなより遅れて更衣室へ向かった。私の他に、靴が一足だけあった。


「いじめだわ……」


 独り言が聞こえ、どきっとした。声の主は吉岡さんだった。吉岡さんは私に気づき、近寄ってきた。

「最近みんな私に冷たいんです、私を避けているんです。どうしてですか」

 挨拶も前振りもなく、涙目なみだめになって吉岡さんは言った。これがドラマで私が男だったら意味深なシーンになるのだろう。けれども私は女だしこれはドラマではない、ある程度事情も知っている。ちょっと怖い。

 確かに異動当初は私が教育係を担当した。しかしそのあと吉岡さんは現場組になり私は事務所にいる。最近は挨拶以外顔を合わせることはない。しかも最初私が制服の着方を注意した時、あなたは聞こえないふりをしたじゃないか。それなのに今になっていきなり私にそんなことを言うのか。けれども私は波風を立てたくない。たとえみんなに避けられている人物だとしても。


「なんで避けられてるって思うの?」

「解りません」

 もめ事を起こしたくない、いつもの癖で私は当たり障りのない発言をした。つもりだった。それが間違いだった。多分これは「誰かに相談した方がいいよ」が正解だったのだろうか。その誰か、が誰なのか知らないけれど。少しでも距離をとりたくて、私は着替えながら話を聞くことにした。


 吉岡さんは最近あった出来事を話し出した。周りがグループでお喋りをしている時、自分が入り込めないような体勢をとられること。グループ会話に入ったとしても、自分の発言はスルーされること。白石くんに話しかけようとすると必ずお局グループがやってきて白石くんを連れて行ってしまうこと。愚痴の羅列られつだった。

 この人、私の注意をスルーしたくせに自分がスルーされると涙目になって訴えるってどういうことなんだろう。そんなことを思いながら適当に相槌を打っていた。


「神崎さんって家どこですか」

「〇〇町だよ」

 いきなり私に向けられた質問に反射的に答えてしまった。

「今日の夜ごはん何ですか? 私一人暮らしなんで気ままなんです。時々さぼりたいなーって思うんですよね」

 やばい、誘われる。本能的に思った私は、さも今気づいたかのように時計を見つめた。

「あ、ごめん。そろそろ行かないと。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした……」

 吉岡さんは明らかにテンションが下がった表情をした。少しぞっとした。


 土曜日、休日は遅めの朝食をとる。今日は近所のカフェに行った。アパートから歩いて十分ほどの場所に隠れ家的なカフェがある。一昨年おととしオープンしたばかりであまり知られていない。野菜たっぷりのメニューが女性に大人気で、お客の九割以上が女性だった。

 あまり知られていないとはいえ、リピーター率百パーセントと思われるほどランチタイムはいつも満席になっている。

 午前中は比較的いている。昨日はどっと疲れたので、今日はカフェで癒されよう。私は壁側にある二人掛けの席に座った。


七瀬ななせさん、お疲れですか?」

 オーナーがお水とメニューを持って、声をかける。名前で呼ばれるほどには通っている。ここのオーナーは不思議な雰囲気を持っている。笑顔と声で他人を癒す力を持っているしオーナーが作る食事を食べると静かにパワーがみなぎるのが解る。天職だと思う。

「オーナーにはかないませんね」

 私は苦笑いしながら、疲れた時にお勧めだというハーブティ―を頼んだ。その他に野菜とハムのサンドイッチ(フルーツ付き)を注文した。

 白いパンに、彩り豊かに野菜がはさまれている。断面図が綺麗だった。断面図を考えて野菜の順番を考えるのだろうか、そんなことを思った。小皿にはフルーツが盛られていた。苺、キウイ、ブルーベリー。酸味が朝にはぴったりだった。


 店内のカウンターにお洒落しゃれな女性が座っていた。歳は四十近くだろうか。化粧をばっちりしてレースの付いた服を着ている。着こなしている。カフェに置いてある本を読み、マグカップに入ったコーヒーを飲んでいる。コーヒーにおまけで付いてくる一口チョコを美味しそうに口に放り投げている。このカフェに溶け込んでいる。このまま写真に収めても違和感ゼロだろう。あの人は普段、どんな仕事をしているのだろう。同時に私も、誰かにそんな風に思われているのだろうか。


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