第5話 嫌な予感

 その日の帰り、更衣室で吉岡さんにせをされた。


「神崎さん、いつお家に行ってもいいですか」

「あの、ごめんなさい。平日も来ないでほしいの」

「どうしてですか?」

 吉岡さんは目をぱちくりさせた。長いまつ毛がくっきり見えた。返答に詰まっていると更衣室にいた誰かが出てきた。鈴木すずきさんだった。おばさん体型が頼もしく見えた。


「神崎さんが困ってるでしょ。断られたんだからそこでやめなさいよ。人には人の事情があるのよ」

 鈴木さんは私と吉岡さんの中間辺りにいて言ってくれた。吉岡さんは少しムッとした表情になっている。


「神崎さん、どうして自分で言わないんですか」

 この質問は正しい。けれどもタイミング的に正しいだけで、あなたは危険な人物だ。私は鈴木さんに従う。

「本当、困ってるの」

 私は目線を下に向け、鈴木さんの方に近寄りながら言った。

 吉岡さんはカッとなった様子で無言で出て行った。怖い表情だった。


 私は鈴木さんと一緒に帰った。助けてもらったのでお礼を言った。

「神崎さんももう少しはっきりした方がいいわよ」

 自分でもそう思うけれども、説教くさくて少しムカッときた。助けてもらったのだが。

 次の日から吉岡さんを避けることにした。


 鈴木さんに言われたのが効いたのか、吉岡さんは私に話しかけなくなったし何だかおとなしくなった。

 というか男子社員には挨拶あいさつをするが、女子には全然だった。女子社員に避けられているので吉岡さんは男子社員と一緒にいることが多くなった。周りの情報を聞くと相変わらず質問タイムだそう。


「奥さんって何歳ですか」

「どこで出会ったんですか」

「お昼はお弁当ですか社食ですか」

「持ち家ですか賃貸ですか」

「私ってショートとロング、どっちが似合うと思いますか」

 そんなことを聞いているようだ。吉岡さんは若くて可愛いので男性陣は質問攻めにうのも嫌じゃないのだろう。

 そして吉岡さんが課長と面談を希望したと誰かが言っていた。課長は社員に嫌われている。何を相談するつもりだろう。その前に、どうやってそんな情報を知ったのか、お局グループも恐ろしい。



 噂が流れた。吉岡さんがバーで課長と親密に話していた、そのあと二人でホテルに行った噂。

 目撃者は現場組のいずみさん、推定四十代の美女だ。まだお局グループではない。泉さんは友達とバーに行き、吉岡さんと課長を発見したそうだ。泉さんは私生活でメイクが濃いらしくバレなかったらしい。

 みんなは面白そうに話しているけど私は怖かった。先日課長と面談した時に誘ったのだろうか。会社で堂々と。そんなことを平気でやる吉岡さんが怖いし課長は若い女子社員が好きだ。嫌な予感しかない。何をするつもりだろう。



 数日後、嫌な予感が当たった。課長の話があるからと全員が集められた。要約ようやくすると課長命令で「グループで仕事をしてくれ」だった。

「一グループ四人から五人で仕事の進め方や考え方、コミュニケーションのとり方などを話し合ってください。昼休みもぜひ一緒に過ごしてください……」


 昼休みも一緒に過ごす? そのショックが大きくて後半は話が聞こえなかった。課長はコミュニケーションの強化などと言っている。上司はコミュニケーションをよく連呼するけれども、コミュニケーションって何だろう。目的は何だろう。あくまで手段の一部ではないかと思う。それにお喋りとコミュニケーションを勘違いしている人がいる。明確な線引きがないのもあるだろうけれども。


 グループが既に決められていた。ランダムに選んだと言っている。私は吉岡さんと鈴木さんと同じグループだった。明らかに吉岡さんが決めた人選だと思った。

 課長命令は絶対だ。栗山くりやま課長はコネで入社した、そんな人に話は通じないしもっと偉い人と繋がりがある。目をつけられる訳にはいかない。一ヶ月の我慢だ、そう思うことにした。それに鈴木さんと一緒だから助けてもらえるだろう。前みたいに。


 それは間違いだった。鈴木さんは先日更衣室で私を助けたのが原因だと言わんばかりの態度だった。

「やっぱりやばい奴には関わらないのが良いのよ」

 わざとらしいため息をつきながら言う。優しいおばさんを装い私に吉岡さんを押しつけてくるのでたちが悪い。

 昼休み、私は吉岡さんの向かいに座ることになった。一番会話をしなくてはならない位置だった。早めに食事をすませて化粧ルームにでも逃げようと思ったが、食べ物がなかなか喉を通らない。


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