第6話  跪拝

 

 明くる朝、西の空に黒雲が湧いた。


 雲は瞬く間に天空を覆い、雷を走らせ、怒涛のような轟音を響かせた。

 豪雨、などという生半可な物ではない。

 それは一寸先を掻き消すほどの凄まじい嵐。

 水と闇で覆われた地上を雷光が刹那、切り取っては消していく。


 集落の民は皆、高台の岩陰に身を寄せて、眼下に荒れ狂う谷川を悲痛な眼差しで見下ろしていた。

 カヒの言葉通り、平素、穏やかなその流れはのたうつ大蛇のようであり、その頭がまさに今、集落を呑み込もうとしていた。

 そのとき誰かが声を上げた。


「おお、あれは龍。白龍」


 見ると水神池のあたりから一条の真っ白な雲が立ち昇っている。


「カヒ」


 族長が叫び、石剣を胸に抱いた娘がうなずくと、その雲は雷の如き疾さで天を突き刺した。

 すると空に恐ろしく眩い閃光が走り、巨大な黒と白の帯雲が複雑にあざなった。

 それは互いの首を咬み合う二匹の龍であった。

 龍たちは体を絡み合わせ、うねりながら天空を何度か大きく旋回すると、やがてゆっくりとその動きを止め、霞のように消えていった。

 次の瞬間、天頂の雲が破れ、たちどころに風雨は止み、やわらかな光が地上を照らした。

 天空を見上げていた民がひとり、またひとりと跪き、額を地にして感涙にむせた。

 そして族長もまた、地に伏せて慟哭を洩らした。


 いにしえの逸話である。

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召命 那智 風太郎 @edage1999

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