第8話 世界中のゾンビへ

 家に帰った僕は、まず引っ越した一年以上前からそのままにしていた段ボールからピアスを取り出し、そのターコイズブルーのキラキラしたピアスを迷いなくゴミ箱へと突っ込んだ。

 もう捨てちゃったでしょ、という彼女の言葉は、まるで僕が捨てずにとっているのを見透かされてるような言葉だった。捨ててよかったのか、という意外な気持ちもあったし、惨めな気もした。それでもピアスを捨てるときは、あまり何も感じなかった。どちらかというと肩の荷が降りたという感じだ。

 こんなにあっさりと捨ててしまえるなら、もっと早く捨てれば良かったな、と上腕二頭筋や三角筋に力を入れながらわざと力一杯に捨ててやった。

 赤城さんは残念ながら入賞を逃してしまったが、大会のレベルは高く、僕は上には上がいるもんだなあと感心して見ていた。みんな努力の結晶をステージで光らせながら素敵な笑顔をしていた。

 茶色く日焼けさせた肌はテカテカと光っていて、僕には眩しく見えた。

 「すごいなあ。中川を応援に行った時とはまた違った見方ができて面白いな。前に見たときはみんな同じようにマッチョだと思ってたけど、人によってやっぱり強い部位が違うな。」

 ステージに並ぶ出場者を見ながら僕が言うと、中川は笑った。

 「そりゃそうだろうな。俺、おまえはきっと向いてると思ったからすすめたんだ。お前も一回チャレンジしてみたらいいよ。せっかく頑張ってるんだし。」

 向いてる、という中川の言葉と、父の、細く長く続ける才能、という言葉が頭の中でリンクする。

 「向いてるかな。」

 僕が冗談めかしていうと、中川は照れ臭そうに大真面目な声で、

 「向いてるよ。元カノを何年も引きずるような執念深さが、案外この世界じゃ大事なんだぜ。」

 と僕にささやいた。

 思わず笑ってしまいながら、僕は、目の前のステージに自分が立つところを想像する。そして、それを想像しながら鏡の前でポーズを取るのが最近の寝る前の日課だ。

 その場ではそんな大会なんて、とあっさり流しながらも、そのあともずっと来年にでも大会に挑戦してみようかという気持ちが頭の中をちらついていた。

 もちろん大会を目指しているからトレーニングをしているというわけでもないし、何かに熱中できたらなと始めたものだったが、始めて見ると変化した自分だけではなくて今まで気づかなかったような自分にも気付けていた。

 ステージに上がれば、もっと何か見えてくるものもあるかもしれないと考えていた。

 過酷な減量に耐え切れるのかどうかについては追々考えるとして…何より、きっと僕は一年後の大会に向けて長いスパンでゆっくり頑張るのは得意なはずだという自信があった。これはきっと以前の僕にはなかったものなのだろう。

 彼女がゾンビになったら勝てる、なんて言ったけど、喧嘩をしたこともないので、果たしてこの筋肉が本当に強いものなのかはいまいちわかっていない。

 それでも、夜中のドンキに堂々と行けるくらいには自信がついたし、ゾンビだっておそれをなすはずである。

 彼女だけじゃない、世界中がゾンビでいっぱいになっても負けないような自分の姿が僕には少しみえていた。

 待っとけよ世界中のゾンビ。

 そんなしょうもないことを考えながら、僕は今日もベンチプレスをし、スクワットをして、デッドリフトに励むのである。

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彼女に振られた僕は本気の筋トレでムキムキになる。 かどめぐみ @mogumaru

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