第7話 大会と再会

 良かったら大会応援に来てよ、と赤城さんに軽く声をかけられた僕は、どんなものなのか興味があったのも手伝って、中川も誘って二人で大会の応援に行くことにした。夏の暑い日にあるうえに晴天だったために、電車を乗り継いで大会会場に着くころには僕も中川もえらく汗びっしょりになっていた。

 ジムに入会して一年と少し経った僕は、マッチョたちのいう肩が大きくなりすぎて枕が低く感じる現象や背中が広くなりすぎてスポンジを自分で背中まで届かせることのできないという現象を体験したりするようになっていた。それが嬉しくもあり、少し疎ましくもあった。汗をかきやすくなったのもそのうちの一つだ。Tシャツの色には、細心の注意を払うようになっていた。

 「結構人多いな。」

 会場は県の文化センターで、半分以上の席はもうすでに埋まっていた。

 「俺が出た時よりも多くなってるな。それだけ人気も高まってるってことなんだろうな。」

 中川もそういって頷く。

 冷房はきいているものの、日ごろ鍛えているおかげで代謝がいいからなかなか汗は止まらなかった。

 「ちょっと自販機で水でも買ってくるよ。いる?」

 「お茶頼んでもいい?」

 問いかけに対して中川も暑そうにしながらそう答えたので、僕は財布をもって席を立った。

 大会の応援に来たのは3年前に中川の応援に来て以来二度目だった。まだ時間があるからか会場を出入りする人は多かった。

 会場の外にある自販機に近づくと、近くの木陰では喫煙者が数人煙草を吸っているのに気が付いた。元々煙草を吸う方ではなかったが、ジム通いを始めてからは嫌煙家も周囲に多かった。その中に見覚えのあるシルエットを見つけて僕はかなりぎょっとしてしまった。

 髪の色は金に近いくらい明るくなっていて、服装も以前とはかなりテイストの違うような、少し小さめのTシャツに薄い色のデニムをあわせていたが、間違いなかった。

 思わず目を奪われてしまっていると、彼女がこちらに気が付いて驚いた顔もせず小さく会釈をし、吸っていた煙草をバッグから取り出した小さな箱に押し込むと、ゆっくりと僕の方に近づいてきた。

 僕は金縛りにあったように動けなくて、自販機に入れようと財布から取り出した百円玉を痛いくらい握りしめていた。

 「久しぶりね。」

 彼女の髪の毛は光を反射しててかてかと光っていた。

 「知り合いの応援に来たの。あなたは?」

 2年前の変わらない薄い色の瞳を彼女は僕に向けた。

 「あ、俺も知り合いの応援に。」

 「あら、ずいぶん見た目も変わっていたから、もしかしたら出るのかと思っちゃった。」

 彼女は笑った。

 普段はくるくると大きい目が笑った時に細くなるのが好きだったのを思い出す。彼女の目は、今日もそうやって細くなっていった。

 「ありがとう。」

 彼女とは、大学の友達の中学の同級生というなかなか遠い縁だったし、会うことはもうないだろうと思っていたが、僕が思うより世間は狭かったみたいだった。

 僕は焦りながら、彼女への言葉を頭の中じゅう探した。そうして出てきたのは、あのターコイズブルーのピアスのことだった。

 「そういえば、俺の部屋にピアスを片方忘れたままだったよね。」

 僕が言うと、彼女は思い当たらないというように眉間にしわを寄せた。

 僕にとっては捨てられなかったあのピアスは、彼女にとっては記憶の隅にも残っていないとのだったようだ。

 「そう?もう捨てちゃったでしょ。」

 ティッシュにくるみ、段ボールの中に入ったままのピアスを思いながら僕は、

 「そうだね、もう捨てっちゃったけど。」

 といった。

 「なら良かった。」

 熱い日差しのせいで頭の中がぼんやりとする中、僕は彼女の、「私、ゾンビになったら最初にあなたを噛むわ。」という言葉を思い出していた。

 正解が分からなかったあの問いかけ。

 「あのさ、昔、一緒にゾンビ映画を見たの、覚えてる?」

 「もちろん。毎週のように見てたの、楽しかった。」

 あんなに忘れられなかった彼女が目の前にいるのに、存外普通に話せていることに自分でもびっくりしていた。

 最初の焦りも、だいぶ軽減していた。昔とはずいぶん彼女の風貌も違っているからなのかもしれない。まるで、別人と話しているようだった。

 「もし、君がゾンビになってもさ、」

 僕は最近考えていたことを口にした。

 「今の俺なら勝てる気がするんだ。」

 不思議とすっきりした気持ちがした。ずっと後回しにしていた宿題をやっと提出したような気持ちだ。

 ゾンビが襲いかかってきても勝てる気がするな、と思ったのは、最近ベンチプレスの記録が大幅に伸びた時だった。

 「なるほど。その話をしたの、私も不思議と覚えてたけど、その発想はなかったわ。」

 彼女は時計を確認して、あ、そろそろ行こうかな、と言って高いヒールをカツカツいわせながら会場へ戻っていった。

 あっけない、本当にあっけない再会だった。

 彼女の後姿を見送りながら、この二年で彼女への未練が少しずつ薄れていっていたが、今はすっきりと霧が晴れたようになくなっていくのを感じていた。

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