第6話 帰省

 正月に帰省した僕を両親と兄はびっくりした顔で迎え入れてくれた。

 「どうしたの、そんなにムキムキになって。」

 一年ぶりに帰省した息子ががたいがよくなっているのが物珍しいのか、両親はたびたびはあ、すごいねえ、と僕の身体を見つめた。

 祖母の家を訪問した時にも、祖母だけでなくその場に居合わせたいとこたちも驚いたように僕の身体を見つめていた。「死んだじいちゃんが見たら腰抜かすわね。」と祖母は笑った。

 親戚めぐりが終わると、母はおせちづくりで忙しそうに台所にこもりきりになっていた。母の作るおせちは年々アップグレードしており、今年は洋風にチャレンジするのだと意気込んでいた。

 僕と父と兄は邪魔だからと台所への立ち入りを禁じられ、リビングで酒盛りをすることになった。

 「どうやってそんなムキムキになるんだ?」

 父はビールを飲みながら僕に尋ねる。

 「半年ちょっとジムに毎日のように通ってたらこんなになったよ。あとは食事も気を付けてるかな。」

 はあ、と感心したように父はため息を漏らした。

 「そうか、おまえ昔から持久走とか得意だったもんな。毎日のように続けられるっていうのがすごい。」

 持久走、という懐かしい言葉に、僕は妙に納得していた。確かに小さいころから、短距離を走るよりは長距離を走る方が好きだった。短距離みたいに一気に自分の持っているものをさらけ出さなければならないのは逆に苦手だった。

 「細く長く続けていくっていうのも才能だからなあ。筋トレが向いてたんだろうな。兄ちゃんにはできない芸当だな。」

 「失礼だな。俺だってその気になればできるさ。」

 隣にいた兄は憤慨したように言った。

 「違うんだよ、兄ちゃんは兄ちゃんでさ、短期的な爆発力があるんだよな。高三の夏から猛勉強始めたときはびっくりしたけどさ、それで医学部受かっちゃうんだもんな。」

 父はゆっくりと話す。

 昔から僕のあこがれだった二つ上の兄は、なんでも要領よくこなすタイプだった。定期テストは前日の一夜漬けで学年10位以内に入ったり、自主練なんてするようなタイプでもないのにずっとテニス部でレギュラーだったり、毎日コツコツ勉強しているのにいつも平均レベルの僕には眩しい存在で、兄より優れたところはないんだろうな、と思っていた。

 集中している時の兄はものすごい気迫で満ちていた。逆に普段はお調子者といった感じで、オンオフがはっきり分かれているのも僕とは真逆で、僕は一生兄に敵わないんだと子供のころから思っていた。

 最近になってこつこつと長くできることは誰にでもできるわけではないことに気が付いた。通って半年になるジムにも、僕より後に入って最近全く見ない人は大勢いた。もちろん何かしらの事情がある人もいるだろうが、定期的に通うのがきついとか、三日坊主とかいう話も聞く。僕は積み重ねるのは得意だから、筋トレには向いている性格なのかもしれない。

 「そうだな、確かに毎日といわれると俺にはできないかもなあ。まあどっちにしろ、医者やってるし、そんな暇もないけどな。」

 兄はそう笑った。

 「当たり前の話だけどさ、お前ら全然違うけど二人ともそれぞれすごいんだよ。」

 よほど酔っぱらっているのか、父は普段まったく口にしないような誉め言葉を口にする。

 僕は毎日鏡を見て体の変化も見つけることができるようになっていたけれど、どうやら内面の今まで気づかなかった部分も少しずつ見えてくるようになっていっているみたいだった。

 酔っぱらった父が寝てから風呂から上がると、リビングのソファーでは兄が本を読んでいた。

 「風呂、空いたよ。」

 僕が声をかけると兄は顔を上げ、おう、と言い、そのあと、少し間があって恥ずかしそうに、

 「明日さ暇があったら少し筋トレ付き合わせてよ。俺も最近腹が出てきてるのが気になるんだよな。」

 と声をかけてきた。

 僕が兄に何かを教えるなんて今まで全くなかったことだったからすこしびっくりする。

 「帰省中はそこの市営のジムに行ってるんだ。室内シューズとかある?」

 少し照れ臭かったが、ずっと感じていた兄への劣等感が少し晴れた気がしていた。

 細く長く続けていく才能、という父が言ってくれた言葉が僕の頭の中をしばらくくるくると愉快に舞っていた。

 「昔使ってたやつがあると思う。」

 風呂に向かいながら兄は僕にじゃあ明日頼むな、と声をかけた。

 ソファーの横に置いてある皆テーブルに背を向けて置いてある兄が読んでいたのは、僕にはよくわからない、難しそうな医療系の本だった。

 例えば、僕がこの本の内容を全く理解できなくても、僕には僕に向いていることが何処かに落ちているのだということに、僕は最近になって気がついていた。

 もちろん、兄が尊敬すべき人間であることはこれっぽっちも変わらないわけだが、その背中に向けて追いかけていく必要はなく、僕には僕の歩むべき方向がある、というだけの話だったのだ。

 これからもそして今からも。

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