第5話 出会い
毎日のように同じ時間帯にジムに通っていると、顔触れがたいてい一緒であることに気が付く。たいてい平日の夜にしか行けない僕は、だいたい一番込み合っている時間に行かなければならないことが多かった。最初はこんながりがりが毎日のように通っているなんて笑いものにされはしないかと不安があったが、大抵の人は周りにお構いなく自分のことに集中していたから、僕も気にしないようになっていった。
なかには薄着の女性にしつこく声をかけている男もいたりするが(ひどいときはスタッフに注意される)、もやしのような男に声をかけてくるもの好きはなかなかおらず、ジム友のような相手もできないまま僕はジム通いを続けていた。
半年も経つと研究室の先生や同期にも「あれ、なんか少しがっしりした?」と言われるレベルにはなっていたが、ジムで仲良くなって、といったイベントはなかなか起こらなかった。
そんな僕が初めてジムでトレーナーと中川以外と言葉を交わした相手は赤城さんという社会人の男性だった。赤城さんはトレーナーにも負けないくらいのマッチョで、大会を目指しているという人だった。
きっかけは、徹夜明けで力が入らないことを自分で自覚できておらずいつものようにトレーニングしようとしていたら重量に耐えきることができず困っていた僕を助けてもらった、という何とも恥ずかしいものだった。
「スタッフよりも近くにいたし、差し出がましいかとも思ったんですけど、怪我がなくてよかったです。」
焦ってぺこぺこする僕に、赤城さんはにこりと微笑んだ。そのあとロッカーでまた会ったとき、改めてお礼を言った僕に赤城さんはとんでもないですよ、と笑いながら僕に話しかけてくれた。
「いつも同じ時間帯になりますよね。」
だいたいいつもタンクトップを着て存分にアピールされた筋肉でひときわ目立っていた赤城さんが僕を認識していたことに驚きながら、僕は、あ、はい、と返事をした。
「今通い始めてどれくらいなんですか。」
「ちょうど半年くらいです。最近ではここに来るのが習慣になってきて、だいぶ慣れてきたかなと思ってます。」
嘘ではなかった。最近ではジムに通うのが当たり前になっており、学校が終わってからジムへ、ジムから自宅へ帰り食事を作り、風呂を済ませてしまうと疲れて寝てしまうことが多かった。バイトがある時はジムに行かず体を休めることにしていた。自動的に体が動いてくれると無駄なことを考えなくて済むし、体を動かすと夜もすぐ眠れるのが良かった。
「半年でこんなに変わったんだ。すごいね。」
僕よりよっぽどすごい体をしている赤城さんにそう言われると少しムッとしそうなものだが、不思議と彼にはそんな嫌味な雰囲気はなく、僕はすんなりと言葉通りに受け止めることができた。
それから赤城さんと僕は少し話をした。赤城さんは、このあたりにあるIT系の会社に勤めていること、次の夏にあるフィジークの大会を目指していることを教えてくれた。
「大会に出るんですか。すごい。」
大会に向けての減量やトレーニングはかなりきついという話は聞いたことがあった。実際、大学時代に中川が大会に出ていた頃もかなりきつそうだったのを思い出す。
フィジークというのは、身体のバランスや美しさを競うコンテストらしく、身体が大きければよいというわけではない。最近はボディビルと同じくらい注目も集めていて人気らしいとも聞く。
「すごくなんてないよ。出るくらいなら誰にでもできるんだから。」
「いやいや、僕には想像もつかない世界ですから。」
少し胸板が厚くなっただけで喜んでいるような僕には程遠い世界であることは確かだった。
「そうかな。目標があるとさらに頑張れるよ。」
赤城さんがさらりと放ったその言葉に、ぼくはどきっとした。僕も、大会なんかの目標を据えて本腰を入れて頑張る、という気がさらさらないわけでもなかったのだった。
大会のエントリー少し前くらいからは、その話題が必ずロッカーで誰かの話すところになる。それが漏れ聞こえてくるたび、少しワクワクする気持ちになる自分がどこかにあったのだ。
そんな気持ちが自分の中に芽生えてくるのはとても不思議な感じがしたが、大事にしたいような気持ちでもあった。
お互いこれからも頑張ろう、というと赤城さんはロッカーを去っていった。
それからジムで出会うと、赤城さんはにこりと会釈してくれたり、お互い時間がある時は話したりする仲になった。そうしていくうちに他の会員の人とも話したりするようになって、15分自転車を漕ぐのさえ冷たい空気が顔に刺さってきてきつい冬を何とか乗り切れそうだった。
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