電車ポーカー【隙間・観葉植物・煙草】

 大事なことを決めなければならない。

 けれど、どうしても決められない。

 そんなとき何かに頼るとしたら、あなたは、何を使う――?



 電車のロングシート、端から5人。私が座る側の彼らの行動は、「スマホ、会話、会話、スマホ、居眠り」。スマホと会話のツーペアである。

 対岸は「スマホ、スマホ、スマホ、スマホ、居眠り」。スマホのフォーカード。

 まずは、対岸の勝ちだ。


 通勤客があまりおらず、比較的すいた土曜の電車。そこに乗っている私は、今日の進退を「電車ポーカー」に託していた。

 電車ポーカーとは、並びで座る5人の行動でポーカーの「役」を求め、対岸と勝負するゲームである。駅に着き、座席が入れ替わったら、できた役をまた対岸のそれと比べ、降車駅に着くまで勝負を続ける。

 日頃から運勢占いに用いてきたこのゲームを、今日もまた私は、使おうとしている。

 婚活デートに、行くか、引き返すか。人生を決めるかもしれない、決断のために。


 電車が次の駅に着き、席が動く。

 会話していたふたりが降り、2枚チェンジの私側。対岸は1枚チェンジだ。

 私側の座席の隙間に、腰を沈めたふたりは、そのままスマホをいじり始めた。これで、こちら側の役は、スマホ4枚のフォーカード!

 対岸は? 端からスマホ、スマホ、スマホ、居眠りで、新たに座ったひとりは窓の外をぼんやり眺め始める。スマホのスリーカード。これで私側と対岸に、勝ちはそれぞれひとつずつ。次の次の駅が降車駅なので、勝負はあともう一回だ。

 私側が勝ち越したら、私は、今日のデートには行かないことにする――。

 

 私は30歳女性、普通に働き普通に暮らしている普通の人。

 と自分では思っているが、人に言わせると潔癖らしい。かつて、結婚相手に望む条件という話題になったとき、

「全食外食、帰宅後シャワー直行必須、消毒必須、ペット不可、観葉植物不可、煙草は問題外。以上を許容できる人」

と言ったら、友人はひっくり返った。

「いやいや、無理でしょ。厳しすぎ!」

「そう? 家が汚れるのが嫌なだけなんだけど」

「“だけ”ってレベルじゃない! はっきり言うけど、その潔癖を直さない限り、結婚は厳しいと思うよ?」

 その言葉はいい感じに、私のココロをえぐった。ちょっと潔癖?なくらいで、私が結婚できない? そんなわけない。事実、マッチングアプリを試したら、ちゃんとデートの手前にまではたどり着けた。

 もっとも、この期に及んで、帰ろうかどうしようかと迷っているのも事実だけど。

 会おうとしているお相手は、私の条件を知っている。そして、大半は問題ないと言ってくれている。ただ、ひとつだけ許してくれ、と彼は書いてきた。観葉植物である。なんでも、10年一緒にいる愛しいサボテン(名前はミリカ)がいるんだとか。

 稀有な男性なのは確かだし、サボテンのミリカちゃんくらい妥協しよう、と、そのときは思った。実際彼はいい人で、まあまあ話も弾むし、サボテン以外は問題なかった。

 しかし、今日になって、私は不意に不安になったのだった。私は本当に、ミリカちゃんを受け入れられるのだろうか、と。

 あとになって、「やっぱり無理」というくらいなら、最初からやめておくべきではないのか。いや、やがては結婚したいと思うのなら、この程度の妥協はすべきだろうか。今日引き返したとして、別の出会いがあるのかという不安もある。けれどやっぱり、サボテンは――。


 電車が速度を落とす。次の駅でドアが開いた。

 私側も対岸も、カードチェンジはそれぞれ1枚。

 さあ、どんな役ができる?

「ん?」

 私はつい声を漏らしてしまう。

 私側は、座った人が読書を始め、居眠りの人が起きたので、「スマホ、スマホ、読書、スマホ、ぼんやり」でスマホのスリーカード。対して、対岸はぼんやりだった人がスマホを始め、新しく座った人がぼんやりし始めたので、「スマホ、スマホ、スマホ、居眠り、ぼんやり」で、これまたスリーカード。

 カードは引き分け。だが、さっき乗り込んできた、対岸の人に見覚えがある。あれは……今日会うお相手本人ではないのか?

 間違いない。交換した写真と同じ顔。ここで会うなんて!

 この偶然は、私の気持ちを急速に明るくした。ポーカーが引き分けになったところで暗示的に現れた、運命の1枚たる彼。

 ああ、これは、私を結婚へと、明るい未来へと、押し出すものではないのか。

 私は思わず席を立ち、彼の方に踏み出しかけて――立ち止まった。彼が膝に大事そうに抱えている、サボテンの鉢に気が付いて。

 まさか、あれは……。

 そういえば、サボテンの話を切り出した彼は、こう書いていた。「いつかちゃんとご紹介しますよ、僕のミリカを」と。あれは、軽いジョークと思っていた、が……。

 ふと、彼がこちらに目を向けた。

「……あれぇ?」

 親しげに、やわらかく、その面に微笑みが広がっていく。


 カードは引き分け。運命的な偶然。すてきな笑顔。でもミリカ。


 さあ、どうする私。

 人生を決めるのは、自分しかいない。

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三題噺をおひとつ 岡本紗矢子 @sayako-o

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