覚醒、ヤマト朝廷騒乱編 第六話 ポスト・ヒューマン
モスクワ上空に、その青色の巨大なスーパーカブは静かに鎮座していた。アルティメットカブ・ミネルヴァ。
空間に残留した僅かな重力波の痕跡、市街地に刻まれた破壊痕、その他膨大な情報をマエシマ・ヒソカは収集する。
重力制御の跡形は一つのみ。波形からしてこれはメリクリウスの物で間違いない――パトリック。愚かな男。カンポ騎士団が健在の頃から問題行動を繰り返していたが、ヒソカが団員の半数を殺し、団が崩壊した時に真っ先に出奔。以来三百年、稀に覚醒しては虐殺を繰り返しまた休眠につくというサイクルを繰り返していた。だが哀れみは覚えなかった。彼から理性を奪ったのはアルティメット・カブとの概念住所同調である事を、ヒソカは知っていた。
一度だけ、ポスト・ポストカリプスの世になってからパトリックと遭遇したことがある。その時既に奴は『あれ』と――アブセンシアンの端末たるダーク・ガブリエルと接触を果たしており、汚染された可能性のある重力エンジンを取り込む訳にはいかないので、そのまま捨ておいた。去り際に、パトリックは喚いて言った。
「団長ぉっ! あんた、何をしたんだ! 何をしたいんだ!」
その時自分は何と答えたか、明白に思い出せる。何故なら自分のやるべき事はただ一つであり、全ての行動はその究極の目的のための手段にすぎないのだから。
「世界を守るためだ」
そう、世界を守る。この惑星だけではない。全宇宙全時空を包括した『全世界』をだ。それがヒソカの精神と融合した
ポスト・ヒューマンとは何か――それは
白亜紀に絶頂を極めたレプティリアン達は、神へと続く技術、重力制御の御業を物にした。重力制御とは即ち空間制御であり、時空を意のままにする技術であった。高度に発達した重力制御技術は時間制御へと至り、そして彼らは見た。未来などというものは存在しないという事実を。
ユカタン半島への、長さ9kmの巨大ポストの墜落。ポストの中には大量の宛先不明のハガキとバケモノ共が入っていた。メーラーデーモン。郵子力を失ったアブセンシアンの成れの果て。絶滅寸前にまで追いつめられながらも、レプティリアン達は良く戦った。アルティメット・カブに良く似た兵器でメーラーデーモンを駆逐し、更には〒空間を創造して奴らをそこに追い込んだ。
だがそれも本隊たるアブセンシアン到着までの優勢だった。月の南極に空いた巨大な穴から雲霞の如く溢れ出して来たアブセンシアンに、悉く皆食われた。奴らは郵子力を用い、欲すが、自ら生み出す事は出来ない。だから常に飢えている。餓鬼の如き食欲が奴らの行動指針なのだ。
万郵便力。それは『情報を不確定に伝える力』。量子状態を生み出す力。ヒトの想いを、その不確定性故に
アブセンシアンの力は圧倒的だった。こちらから奪い取った郵子力を用いての非連続的存在化はありとあらゆる兵器を無効化したのだ。レプティリアンは滅亡の瀬戸際に立たされたが、郵子力の使い方を逆にアブセンシアンから学び取り、奴らの乗ってきた巨大ポストと逆の機能を持つモノリス・ポストを作り出すことに成功する。月の南極の穴にポストを沈め、〒空間に閉じ込めた。コピーした月を現実空間には残して。
レプティリアンはその数を最早種族の維持が不可能なレベルにまで減らしていた。巨大ポストが墜落した影響で地球の生態系も著しく傷つけられている。彼らは集合書留となり、モノリス・ポストに宿って封印の監視をすることを選んだ。
6500万年後の未来にやって来る愚かな猿達に全ての決着をつけさせるために。
ヒソカは情報の中に無視できない物を見つけて、物思いから醒めた。パトリックの動きを再現すると、ただ民間人を虐殺している訳ではないと分かったからだ。明確な個人を、甚振っている。奴が執着する対象など一人しか居ない。
――カネヤ・ナツキ。モスクワにまで飛んでいたか。
だが動作のトレースを続けて、マエシマ・ヒソカは、そしてその精神に巣食うレプティリアンは戦慄した。パトリックとナツキの諍いに割り込んできた存在は重力制御をしていなかった。郵子力制御――不確定性を操るという矛盾を成し遂げていた。
ダーク・ガブリエル。アブセンシアン本体に最も近い力を持つ怪物。やはりパトリックはマーキングをされていたか。メリクリウスごとパトリックは連れ去られてしまったようだ。
トレースの解像度を上げる。微かな情報の残滓から、ナツキの跡を追う。
ヒソカは東に目をやった。シベリア郵便鉄道が真っ直ぐに伸びている。だが、そこで情報の不可解なノイズが混ざり始めトレースが――『覗き見はだめだよ、団長』
ヒソカは即座に情報没入を打ち切った。
――今のは、一体。ミネルヴァのログを注意深く遡るが不審な点は一つも見当たらない。
まあいい。この鉄道の向かう先は唯一つ。
即ちヤマト朝廷。かつての日本。そこはかつて郵政省のポストクラートでもあったヒソカが最後に手がけたアルティメット・カブ、ヤタガラスも眠る地だ。月へと繋がるゲートも存在するため、今まで近づくのは避けてきたが、ナツキが向かったということは恐らくヤタガラスを利用してトリスメギストスの再生を目論んでいるのだろう。
何度復活しようが、また倒してその重力エンジンを奪うのみ。
全ては世界を守るために。
『そんなやり方は、間違っています。でも私もこんなやり方でしか今はあなたを止められない』
ローラは――昔の恋人はそう言ってモノリス・ポストの中に飛び込んだ。そしてこのふざけたポストカリプス世界が出来上がった。
間違ってなどいない。正しい目的のための、これが唯一の手段なのだ。
『私はここで終わるけれど――きっと、ナツキが貴方を止めます』
そのようなことは起こらない。自分は最強であり、このまま力を増していずれはアブセンシアンも殲滅する。
マエシマ・ヒソカは要らぬ思考を頭から消し去ると、ミネルヴァを降下させ、近くにある適当なポストを管理者権限で青く塗り変える。そして、中へと投函されてその場から姿を消した。
――東へ。
ポスト・ポストカリプスの配達員 居石信吾 @Icy-Cool
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