『肉』の正体

 当時高校生だった美玲は、笹塚の焼肉屋でバイトしていた。小遣い稼ぎがしたかった。

 店長にがんばりが評価され、閉店後、格安貸し切り食べ放題の機会を与えられた。そこで同じクラスの友人を二人ばかり招き、三人で肉を食べた。

 そして、凄まじい眠気に意識を奪い去られた。他の二人も、パタリとテーブルに突っ伏して眠ってしまった。今思えば店長に勧められたドリンクに、睡眠薬が入っていたのかも。




 ドクッドクッと、頭に血がのぼる。目が覚めた。

 世界が逆さまに見える。足首に縄か何かが巻きつけられ、逆吊りにされている。

 換気扇の音。店の奥の調理室にでもいるのか。白い照明に照らされた部屋は、油のにおいと熱気で満ちている。

 肌にスースーと空気が当たる。服を着ていないではないか。垂れた髪と体が、ゆらゆら揺れた。

 瞳をぎょろりと動かした。

 横に、裸の友達が一人、逆吊りにされていた。ぐっすりと眠っている。

 もう一人は。再び瞳を動かした。周辺にはいない。

 生臭く、鉄臭い空気がムンと漂った。換気扇の換気が追いついていないのか。

 目を動かすと、台の上に、『友人』だったものがいた。その腕の肉を、笹塚が真剣に包丁で削ぎ落としている。剥き出しになった友人の骨が、照明を反射しチラチラ光る。

 全てを悟った。

 世間がおいしいと評価する、一番人気の『イノシシ肉』の正体。今まで自分がバイトとしてお客に出していた『肉』の正体。この異常な店長の正体。

 絶望の中で、意識が消えた。



 

 美玲は荒い息をして頭を抱えた。

 画面の向こうの笹塚は、熱々のステーキをナイフで切っている。時折ワインを飲みながら。


「お客さんたち、みんな君たちのことおいしいと言ってたよ。ありがたいよね」


 まったく、平然としている。

 なぜこの男を前にして、あの日のことを忘れていたのだろう。

 この男だけは。友人や自分、それから他にも存在していたであろうたくさんの『肉』たちを捌き、彼らの魂と尊厳までもをいとも簡単に引き裂いたこの男だけは。


「許さない、あんただけは絶対に。生まれ変わったら復讐しに……!」




 美玲が画面に飛びついた。ぷつんと通信が切れてる。

 笹塚はやや興醒めした。


「あ、時間切れか。最近面白い機能がついたから試しに昔食材にした子に使ってみたけど。本当に面白い」


 飲んだワインからは、アルコールとともに、ほんのりと鉄の味がした。生臭さは抜いてある。このワインは滅多な上客にしか出さない、特製の美酒だ。調理室床下の特殊なワインセラーに、『肉』と一緒に保存してある。


「ただ死人一人につき一回だけ、しかも数分しか使えないのが惜しいな」


 先日某社が発表したパソコンから霊界と通信できるソフト、『霊界通信機能』。死人一人につき一度のみ、数分使えるという。うさんくさがって使おうとする者はまだ少ないが、じき世界中に広まるだろう。実際これだけ使えた。いい余興だった。某社のサイトには高評価のレビューもつけてやろう。

 笹塚はステーキナイフの先端に切った肉を刺し、食べた。

 先ほどの出来事を反芻し、ククっと笑う。『生まれ変わったら復讐に』。ちょうどいい。都合よくいい『肉』が手に入る。


「何度でもおいで。何度でも美味しくしてあげるからね」


 肉も、内臓も、血も、皮も、血管も、神経も、関節も、生殖器も、骨も、爪も、毛も、鼻も、唇も、目も、脳も、心も、魂も、尊厳も、一つ残さず。

 料理に使えない素材など、一切ない。

 誰もいない店中で、むしゃりむしゃりと肉を咀嚼した。

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お肉屋さん Meg @MegMiki34

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