(August white whale) Soundtrack.

相田みょん

(August white whale) Soundtrack.




登場人物




 カナデ(坂本可鳴手)・・・主人公。高校一年生

 ハル(藤本春)・・・ヒロイン。高校三年生

 ナツキ(佐野夏希)・・・女友達。高校一年生

 アキラ(田木明)・・・デブの友達。高校一年生




 ※ト書きに書いてあることはイメージであり、全てその通りに行う必要はありませ

  ん






プロローグ


去年の八月。お盆も終わりかけの頃。熊谷が十年ぶりに日本の最高気温を更新して湧き上がった次の日。街には雪が降った。ジージーうるさかったセミは一晩で死んで、辺りは積もった雪で一面真っ白に染まっていた。突然冬の様相を呈した夏休みに一番早く順応したのは小中学生で、その年彼らのあいだでは雪合戦と雪だるま作りが流行した。テレビではこの異常気象を、地球の危機とか環境破壊の末路とか仰々しく嘆いていて、難しい肩書きの難しい顔をした学者たちは各々の見解を自慢気に語っていた。雪が降ってから一週間後、厚い灰色の雲に覆われた空に真っ白な塊が現れた。それはきっと自然現象的ななにかで、生き物ではないとわかっていたけれど、空に浮かぶ大きなそれは海を泳ぐクジラにそっくりで、自然とみんなクジラと呼んでいた。真っ白なクジラが空に現れて、地球の危機ブームは世界の終わりブームへと進化していった。白いクジラは世界を終わりへ導くらしい。クジラを神と崇める人もいたし、悪魔の化身として嫌う人もいた。アンゴルモア大王の襲来説とか宇宙人の侵略説とか悪の組織のロボット説とか、いろんな説がネットには書き込まれて、本屋では過去に生きた人たちの預言書が飛ぶように売れた。だけど、僕たちの期待とは裏腹にクジラは一ヶ月たっても、半年たっても、世界を破壊する様子はなかった。地球を破壊することも、人類を侵略することも、ましてや巨大ロボットに変形することもなく、ただ空に浮かんで漂うだけだった。クジラはだんだんと日常になっていって、今では誰も気に留めていない。偉い人達の間では研究が進んでるみたいだけど、僕はそこらへんにいるただの高校生だし、テレビでは今日も芸能人の結婚のニュースと、グルメ特番が放送されている。一年中冬になったこと以外は生活にほとんど変化はない。あれから一年たって、また八月がやってくる。どんなに世界の様相が冬だろうが、八月は夏だ。学生の夏には夏休みがやって来る。小学生はもう雪合戦にも雪だるま作りにも飽きて、暖かい部屋の中で友達とゲームをしている。だけど、これは夏の話だ。そして、言い忘れていたけれど、この物語は絶対的に僕の話で、相対的にキミの話だ。だから、これは僕とキミの物語だ。街に雪が降って、空に真っ白なクジラが現れた一年後、僕はキミと出会った。ボーイミーツガール。少年は、夏、少女と出会う。それは運命の出会いで、最初で最後の初恋だった。世界には、僕とキミだけがいて、二人の間には恋があった。恋。僕はキミのことが好きだった。キミも僕のことが好きだった。だから、たとえこの物語にどんな悲しい結末が待っていても、これは変わらない。僕とキミの物語はラブストーリーだ




一年前。七月。猛暑の野球場。バッターボックスにはカナデ。9回裏ツーアウト。カウントはツースリー。肌を焦がすような日差し。キャッチャーのサインにうなづくピッチャー。緊張が走る。振りかぶる。汗が頬を伝う。足を上げ、腕を振るピッチャー。放たれる白球。ミットの音。カナデのバットは空を切っている




屋上。グラウンドからは運動部の声が聞こえてくる。カナデがラジオを聞いている。しばらくの間。扉の開く音がして、リュックを背負った女の子がやって来る。リュックからはなにかしらのコードが出ていて、体につながっている。二人、お互いに気づくが声はかけない。カナデはラジオを聞いて、ハルは空を見ている。しばらくすると一通のはがきが読まれる


 カナデ あ

 ハル  え?

 カナデ あ、これ僕なんです

 ハル  え?

 カナデ 書いたの

 ハル  ああ。おめでとうございます

 カナデ ありがとうございます、、


二人、気まずくなってまた目を背ける。しばらくの沈黙


 ハル  一年生?

 カナデ え、ああ、はい

 ハル  たまにいるよね

 カナデ え、なんで、、、?

 ハル  あたしもよく来るから

 カナデ え、全然気づかなかった

 ハル  キミいつも寝てたから

 カナデ え、なんかすいません

 ハル  え? なんで?

 カナデ え? なにがですか?

 ハル  すいませんって、、

 カナデ ああ。いや、別に、、

 ハル  ああ

 カナデ あ、いや、寝てて

 ハル  え?

 カナデ 寝てて、すみませんでした

 ハル  え?

 カナデ あ、だから、屋上で寝てたから

 ハル  あ、ああ。はいはい

 カナデ すみません

 ハル  いやいや、全然

 カナデ 何してるんですか?

 ハル  え?

 カナデ 三年生ですよね?

 ハル  うん

 カナデ こんなところで何してるのかなって

 ハル  あれ


ハル、空に浮かぶクジラを指さす


 カナデ クジラ?

 ハル  ここが一番良く見えるんだよね

 カナデ へぇ

 ハル  気づかなかったの?

 カナデ 全然。へぇ、そうなんだ。ここらへん、平地ですもんね

 ハル  うん

 カナデ 山とかないし

 ハル  そうだね


ハル、クジラをジッと見ている。と、雪が降ってくる


 ハル  あ、

 カナデ え?


と、ハル、突然カナデの方を微笑みながら向いて、


 ハル  降ってきた


カナデ、心がキュンとする。君に胸キュン♪


 ハル  じゃあね

 カナデ え?

 ハル  バイバイ

 カナデ あ、


ハル、カナデに手を振り、屋上をあとにする。ひとり残されるカナデ




アキラの部屋。カナデがいる。アキラがやってくる


 アキラ ドーナツ食べる?

 カナデ うん

 アキラ おいしいよ

 カナデ え、どこのなの?

 アキラ ミスド

 カナデ ミスドかよ

 アキラ ミスドうまくない?

 カナデ ミスドうまいけど

 アキラ どれ食べる?

 カナデ じゃあこれ

 アキラ それはダメだよ

 カナデ は?

 アキラ それは俺食べるから

 カナデ じゃあ聞くなよ

 アキラ はい、これ

 カナデ ありがと

 アキラ お茶飲む?

 カナデ うん

 アキラ もってくるね

 カナデ うん


アキラ、お茶を持ちに出て行く。カナデ、ドーナツを食べる。

ナツキがやって来る


 ナツキ おつかれー

 カナデ おつかれー

 ナツキ 肉まん食べる?

 カナデ えードーナツあるからなぁ

 ナツキ どうしたのそれ?

 カナデ アキラがくれた

 ナツキ いいなー

 カナデ 肉まんあるじゃん

 ナツキ 肉まんとドーナツは違うじゃん

 カナデ 似てない?

 ナツキ 似てないよ。アキラは?

 カナデ お茶持ってくるって

 ナツキ ドーナツと一緒に持ってくればいいのに

 カナデ ドーナツ食べる?

 ナツキ いいの?

 カナデ いいんじゃない?

 ナツキ やった。じゃあこれ

 カナデ あ、それダメだよ

 ナツキ なんで?

 カナデ アキラが食べるんだって

 ナツキ ええーすきなのにー

 カナデ じゃあいいんじゃない?

 ナツキ いいかな?

 カナデ いないし

 ナツキ いないほうが悪いよね。しょうがない


ナツキ、ドーナツを食べる


 ナツキ おいしい


アキラ、戻ってくる


 アキラ あ、おつかれー

 ナツキ おつかれー

 アキラ あ! なんで食べてるの!

 ナツキ ごめん

 カナデ だから、ダメっていったじゃん

 ナツキ はぁ?

 アキラ え、なんでー。ありえないんだけど

 ナツキ ごめん

 カナデ 肉まんあるよ?

 アキラ え、マジ

 ナツキ アタシが買ってきたんじゃん

 アキラ ピザまんある?

 ナツキ ないよ

 アキラ センスねーなぁ

 ナツキ はぁ?

 カナデ アキラお茶

 アキラ ちょっとまって

 カナデ はやくー

 ナツキ 自分で淹れろよ

 カナデ アキラの淹れたお茶が飲みたいの

 ナツキ キモ

 アキラ ナツキも飲む?

 ナツキ 飲む


アキラ、お茶を淹れる。3人、お茶を飲む


 ナツキ はぁ~

 カナデ 溜息出るよね、お茶飲むと

 アキラ 確かに。なんでだろ?

 ナツキ アレじゃない? 反射

 アキラ 反射?

 ナツキ 条件反射

 カナデ バカじゃないの?

 ナツキ え、違うの?

 カナデ 違うでしょ?

 アキラ カナデわかるの?

 カナデ 息吸うからでしょ

 アキラ え?


アキラ、ナツキお茶飲む


 アキラ あ、ホントだ

 ナツキ ホントだ

 カナデ ナツキ塾いいの?

 ナツキ 今日休みだから。でも、明日からまた毎日講習

 アキラ めんどくさいね

 ナツキ アキラは? ギターうまくなった?

 アキラ ああ、うん

 ナツキ 何か弾いてよ

 アキラ いいよ


アキラ、エレキギターを弾く。アンプに繋がっていない


 ナツキ 音ちっちゃいんだけど

 アキラ アンプないから

 ナツキ なんで?

 アキラ お母さんに怒られるんだよ

 ナツキ カナデは? いつも何してんの?

 カナデ 聞いてよ。読まれたんだよ

 アキラ はがき? おめでとう

 カナデ まぁ、メールだけどね

 ナツキ いいじゃんそこは。まぁ、おめでとう

 カナデ ありがと

 アキラ 何通位送ったの?

 カナデ 3通くらい?

 アキラ あ、そんなもんなんだ

 カナデ そういえばさ、今日屋上にいたんだけど、

 二人  うん

 カナデ そこでラジオ聞いてて、

 二人  うん

 カナデ そしたらなんか女の人がいたのね

 アキラ え、なに、怖い話?

 カナデ 違うよ。で、話してはなかったんだけど、いて、そしたらハガキ読まれて

 ナツキ まぁ、メールだけどね

 カナデ ああ。メールメール。で、あ。って声出しちゃって俺

 アキラ え、なに、エロい話?

 カナデ 違うよ

 ナツキ まぁ、メールだけどね

 カナデ あーもういい。この話ナシ。おしまい

 アキラ あーごめんごめん。ちゃんと聞く

 ナツキ あ。って声だしてどうしたの?

 カナデ そしたらえ?って言われて、なんか変な感じになっちゃった

 アキラ は? 何それ?

 カナデ いや、なんか上履き赤だったから、たぶん三年生なんだけど、ずっとクジ

     ラ見てんだよね

 ナツキ へーなにそれ

 アキラ 可愛かった?

 カナデ かなり

 アキラ 誰だろ?

 カナデ 3年生なんか知らないからなぁ

 ナツキ 名前は?

 カナデ さぁ?

 ナツキ 聞かなかったの?

 カナデ すぐ帰っちゃったから

 アキラ えー気になる、誰だろ?

 ナツキ 三年生の可愛い先輩でしょ? 湯川さんとかは?

 カナデ 湯川さんって?

 ナツキ 170センチくらいのスラーっとした黒髪の

 カナデ そんなに大きくなかったなぁ

 アキラ どのくらい?

 カナデ うーん、ナツキと同じくらい?

 ナツキ うーん、じゃああの3組の、あの、

 アキラ あー3組のあのーなんだっけ?

 ナツキ 髪短い、

 カナデ あーあの人か。なんだっけ?

 アキラ 木下さん

 ナツキ あー木下さん

 カナデ 木下さん可愛いわ

 アキラ 木下さんじゃないの?

 カナデ 木下さんじゃない

 ナツキ えーほかにいる?

 アキラ うーん、あ

 ナツキ ん?

 アキラ あれは? 一組の。いるよね?

 ナツキ あーわかるかも

 カナデ 誰?

 アキラ でも、顔しか知らないんだよね

 ナツキ アタシも名前とか聞いたことない

 アキラ えーなんでだろう

 ナツキ えーカナデ聞いてきてよ

 カナデ えーどうやって?

 ナツキ また屋上行けば会えるんじゃない?

 アキラ 夏期講習明日もあるよね? どうせサボるんでしょ?

 カナデ サボるねぇ

 ナツキ じゃあまた来るかも

 カナデ 来るかな?

 ナツキ 来たら運命だよ

 カナデ 運命って

 アキラ 運命だね

 カナデ そっかぁ

 アキラ 初彼女おめでとう!

 カナデ いや、早いでしょ

 ナツキ だって可愛いんでしょ? いかないと

 アキラ そうそう。早くしないと取られちゃうかも

 カナデ 彼氏いるかもしれないじゃん

 アキラ その時はその時だよ

 ナツキ とりあえず仲良くなろうよ

 カナデ え~

 ナツキ そういうとこカナデのダメなとこだよ

 カナデ だって話すのとかうまくないし

 アキラ そこは頑張るんだよ

 ナツキ はがきとか書けば?

 カナデ はぁ?

 アキラ 真面目に考えなよ

 ナツキ 真面目だよ

 カナデ センスないよ

 ナツキ あるよ

 アキラ とりあえず俺たちも協力するからさ

 ナツキ そうそう

 カナデ うん

 アキラ 遊びに行くのとか楽しいよ。想像してみ。彼女と海とか動物園とか行くん

     だよ。どう?


カナデ、想像する


 カナデ すごくいい

 アキラ デートしたいでしょ?

 カナデ したい

 アキラ じゃあ頑張ろう

 カナデ そっかぁ

 ナツキ アキラはどうなの? うまくいってるの?

 アキラ まぁ、それなりに

 ナツキ デートとか行くの?

 アキラ 向こうが忙しいから。でも、たまにいくよ

 ナツキ そっか

 カナデ なんかうらやましいなぁ。俺もデートしたい

 アキラ ナツキはどうなの?

 ナツキ アタシはないよ

 カナデ ナツキも作ろうよ。みんなでデート行こう

 ナツキ そうだね。うん


電話がかかってくる


 アキラ あ、ちょっとごめん

 ナツキ 彼女さん

 アキラ うん


アキラ、部屋を出て行く


 ナツキ ここで話せばいいのにね

 カナデ やっぱり恥ずかしいんじゃない?

 ナツキ 確かにここでアキラが好きだよとか言いだしたらキモいもんね

 カナデ それはキモいw

 ナツキ お茶飲む?

 カナデ うん


ナツキ、お茶を淹れようとするがお湯がない


 ナツキ お湯もらってくるね

 カナデ うん


ナツキ、部屋を出て行く。カナデ、ひとり残される。しばらくの間。

おもむろにアキラの部屋にあったバットを振る




一年前。七月。猛暑の野球場。バッターボックスにはカナデ。9回裏ツーアウト。カウントはツースリー。肌を焦がすような日差し。キャッチャーのサインにうなづくピッチャー。緊張が走る。振りかぶる。汗が頬を伝う。足を上げ、腕を振るピッチャー。放たれる白球。ミットの音。カナデのバットは空を切っている




屋上。グラウンドからの運動部の声がラジオの音に混ざって聞こえる。ひとりベンチに座っているカナデ。ハルを待っている。間。カナデのハガキが読まれる。カナデ、少し期待してドアの方を見たりするがハルは現れない。グラウンドの音はいつの間にか聞こえなくなり、ラジオの音だけが響く




夕方。商店街のような場所。少しだけ雪が降っている。買い物客や家路に付く人が行き交っている中、カナデがやる気なくホッカイロを配っている


 カナデ どうぞー。よろしくお願いしまーす。ホッカイロでーす


機械のように単調にホッカイロを差し出すカナデ。もらう人はいない。

ハルが通りかかる


 カナデ どうぞー。よろしくお願いしまーす。ホッカイロでーす

 ハル  一個いいですか?

 カナデ あ、どうぞ。あ!

 ハル  あ!

 カナデ どうも

 ハル  どうも。バイト?

 カナデ あ、はい。派遣で

 ハル  へぇー。ホッカイロ

 カナデ はい。ノルマがあって

 ハル  じゃあ3個もらう

 カナデ あ、マジですか?

 ハル  うん

 カナデ ありがとうございます

 ハル  貼るとあったかいやつでしょ?

 カナデ まぁ、ホッカイロなんで

 ハル  うん

 カナデ 先輩は何してるんですか?

 ハル  え、ちょっと本屋さん行って、ぶらぶらしてた

 カナデ ああ

 ハル  なんでバイトしてるの?

 カナデ いや、意味はないんですけど。暇だし

 ハル  まぁ、お金貯めといて悪いことはないもんね

 カナデ ですよね

 ハル  あたしもバイトやってみたいなぁ

 カナデ してないんですか?

 ハル  親がそういうのさせてくれないの

 カナデ 厳しい感じですか?

 ハル  そういうわけでもないんだけどさ。それに受験もあるしね

 カナデ 進学するんですね

 ハル  うん。したいね、、、

 カナデ 頑張ってください

 ハル  うん。ありがと

 カナデ あ、これいくらでも持っていってください


カナデ、カイロをたくさん渡す


 ハル  そんなにいらないよ

 カナデ あ、すいません

 ハル  そういえば名前聞いてなかったね

 カナデ あ、坂本です。坂本可鳴手

 ハル  いい名前だね。カナデ。奏でる?

 カナデ いや、可能性の可に、鳴き声の鳴、手足の手で、カナデです

 ハル  え、めずらしい

 カナデ なんか生まれた時に産声より先に手の関節がなったみたいで

 ハル  そんなことあるんだ

 カナデ らしいです。聞いた話ですけど

 ハル  へ~めずらしい

 カナデ 先輩は?

 ハル  あ、藤本春。春夏秋冬の春

 カナデ 1組ですよね?

 ハル  うん。6月に転校してきたの

 カナデ そうなんですね。なんか珍しいですね。3年の6月に転校なんて

 ハル  親の都合でね

 カナデ へぇ~

 ハル  坂本君、今日は屋上行かなかったの?

 カナデ え?

 ハル  行ったけどいなかったから

 カナデ え、俺もいたんですけど。あ、でも、バイトだったから昨日より早めに帰

     ったんですよね

 ハル  じゃあすれ違ったんだ

 カナデ そうなんですね

 ハル  っていうか。バイト中なのに話してて大丈夫?

 カナデ ちょっとくらいなら大丈夫です

 ハル  そっか

 カナデ はい

 ハル  大変だね

 カナデ そんなでもないですよ。配るだけだし

 ハル  そっか


気まずい間


 カナデ 藤本先輩なんか好きなものとかありますか?

 ハル  え、なんで?

 カナデ え、いや、なんとなく

 ハル  好きなもの、、、

 カナデ 食べ物とか漫画とかテレビとかなんでもいいんですけど

 ハル  うーん、クジラは好きかも

 カナデ ああ。見に来てましたもんね

 ハル  あれはそういうわけじゃないんだけど。あの、海にいる方のクジラ

 カナデ 生き物の?

 ハル  そうそう

 カナデ どこが好きなんですか?

 ハル  うーん、大きいところかな

 カナデ 大きいところ

 ハル  地球で一番大きいんだよ? カッコよくない?

 カナデ なんか男の子みたいですね

 ハル  そうかな?

 カナデ 人気ありますよね、クジラ

 ハル  だと思う。写真集とか出てるし

 カナデ へぇ~

 ハル  あのね、クジラの話で好きな話があるんだけど

 カナデ なんですか?

 ハル  世界の海でね、一匹だけ「52」って呼ばれるクジラがいるの

 カナデ 52?

 ハル  そう。「52」

 カナデ 生体番号とか?

 ハル  ううん。「52」は、52ヘルツで鳴くから「52」って言うの

 カナデ へぇ~

 ハル  クジラって世界中の海にいるでしょ?

 カナデ はい

 ハル  でも、海ってすごく広いから同じ種類のクジラと出会うことって結構希な

     のね

 カナデ へぇ~

 ハル  しかも、そこで偶然異性と出会うことなんてもっと確率が低いわけだか

     ら、繁殖がすごく大変なんだって

 カナデ はい

 ハル  それで超音波を使うんだけど。だから、歌って仲間を探したり、会話とか

     するの

 カナデ 陽気なやつらですね

 ハル  だね(笑) でね、その歌の周波数って普通15~25ヘルツなんだって

 カナデ え

 ハル  そう。だから、どんなに「52」が頑張っても、他のクジラには聞こえな

     いの

 カナデ え~

 ハル  「52」は誰ともコミュ二ケーションが取れないから、ずっと独りで泳い

     でいるの。クジラってラブソングとかも歌うんだけど、「52」の歌は絶

     対誰にも聞こえないし、もし聞こえたとしても、他のクジラには雑音にし

     か聞こえないんだって

 カナデ なんか悲しいですね

 ハル  悲しいけど、なんか好きなんだよね。一人ぼっちのクジラ

 カナデ ……

 ハル  じゃあそろそろ行くね

 カナデ あ、はい

 ハル  邪魔しちゃってごめんね

 カナデ いや、ぜんぜん

 ハル  じゃあね

 カナデ あ、

 ハル  ん?

 カナデ いや、

 ハル  なに?

 カナデ あの、

 ハル  ?

 カナデ 、、、メアドとか聞いていいですか?

 ハル  え、、

 カナデ あ、やっぱ大丈夫です、すいません

 ハル  (アドレス)

 カナデ え?

 ハル  覚えた?

 カナデ え、ちょっと、

 ハル  じゃあ、もう一回だけね、これで最後

 カナデ ちょ、

 ハル  (アドレス)

 カナデ (アドレス)

 ハル  じゃあメール待ってるね

 カナデ え、


ハル、帰っていく


 カナデ ……。(アドレス)、(アドレス)、(アドレス)……


カナデ、アドレスを忘れないようにずっと暗唱している。少し嬉しそうにも見える。バイト中も、帰り道も、家に帰っても暗唱している




屋上。カナデとアキラいる。カナデ、携帯電話をもっている


 カナデ もう完璧に覚えた

 アキラ キモ

 カナデ キモくないよ

 アキラ それはちょっとキモいよ

 カナデ いいんだよ。そんなことよりなんて送ったらいいかな?

 アキラ え、まだ送ってないの?

 カナデ うん

 アキラ なんで昨日のうちに送らないの?

 カナデ すぐ送ったら好きみたいじゃん

 アキラ 好きじゃないの?

 カナデ うーん、でも、、すぐ送ったらやっぱりがっついてるなって思われそうじ

     ゃん

 アキラ ちょっとくらいがっついてないと相手にされないでしょ

 カナデ そういうもん?

 アキラ そうだよ。ここは少しだけ強気なところを見せて、ギャップだよ。ギャッ

     プ

 カナデ 後輩だし

 アキラ 男は引っ張っていかなきゃ。たとえ先輩でも女の子なんだから、男の子に

     リードされたいって思ってるんだよ、向こうも

 カナデ そうなの?

 アキラ そうやっていつもこっちにリードさせといて、男のほうが弱音を見せたり

     したら、優しくしてあげる。そうやって男たちを手玉にとっていくんだ

     よ。女の人は

 カナデ なんか大人っぽいね

 アキラ 男も女も持ちつ持たれつだよ

 カナデ そっか

 アキラ ちょっといきがってるくらいが扱いやすいんだって

 カナデ で、なんて送ったらいいの?

 アキラ 途中まで書いたんでしょ?


アキラ、カナデの打ったメールを見る


 アキラ ダメだよ。もうちょっと攻めないと

 カナデ どんなふうに?

 アキラ え? うーん、ここはこんな感じで

 カナデ え、攻め過ぎじゃない?

 アキラ そんなことないよ。これくらいやるのがちょうどいいんだって

 カナデ そっか。そうかも

 アキラ あとここはこんな感じで、

 カナデ えーそれはないでしょ!

 アキラ あるある

 カナデ ホントに?

 アキラ ホントだよ

 カナデ これでいいのかな?

 アキラ 大丈夫だって

 カナデ ホントに?

 アキラ いいから送りなよ

 カナデ えー

 アキラ いいから

 カナデ わかったよ


カナデ、メールを送る


 カナデ 返事くるかな

 アキラ くるよ

 カナデ そういえばナツキは?

 アキラ 肉まん買ってくるって

 カナデ あいつ肉まん好きだな

 アキラ 肉まんうまいじゃん

 カナデ 肉まんみたいな体して

 アキラ はぁ?

 カナデ 何食べたらこんなになるの?

 アキラ 普通にご飯食べてるよ

 カナデ それじゃならないよ

 アキラ なったんだよ


カナデ、アキラのお腹に触る


 カナデ なんか固いよ?

 アキラ え?ホントだ

 カナデ デブって柔らかいんじゃないの?

 アキラ デブとか言うなよ

 カナデ 固いデブって嫌だね

 アキラ そういうこと言うなよ

 カナデ メール来ないよ?

 アキラ さっき送ったばっかでしょ

 カナデ アキラ嘘ついたんじゃないの?

 アキラ 嘘ついてないよ

 カナデ ホントに?


と、メールが来る


 カナデ あ、きた!

 アキラ なんて?

 カナデ 違う。ナツキだ

 アキラ なんだよ

 カナデ 今屋上?だって

 アキラ まぁ、そんな早く返事来ないよな

 カナデ あー、先輩何してんだろ?

 アキラ 何してるんだろうね

 カナデ アキラは彼女と付き合う前ドキドキとかした?

 アキラ うーん、どうだったろ

 カナデ あー

 アキラ なに?

 カナデ なんか余裕が見えてイラっとした

 アキラ 何それ?

 カナデ 幸せだなぁって感じがした

 アキラ そんなことないよ

 カナデ いいなぁ~


屋上の扉が開いて、ナツキが入ってくる


 ナツキ おつかれー

 カナデ なんだナツキか

 アキラ おつかれ~

 ナツキ なんだって何よ? ねぇ、ピザまんと肉まんどっちがいい?

 アキラ あんまんは?

 ナツキ え、ないよ

 アキラ まじかー

 カナデ センスねーな

 ナツキ この前ピザまんがいいって言ってたじゃん!

 アキラ 今は口があんまんなんだよ

 ナツキ なにそれ意味わかんない

 カナデ まぁ、ピザまんでいいよ

 ナツキ はぁ?

 アキラ ドーナツ食べたいなぁ

 ナツキ デブかよ

 アキラ 甘いものがいいんだよ

 ナツキ じゃあもう自分で買ってきなよ

 アキラ ナツキ、ピザまんと肉まんどっちがいいの?

 ナツキ 肉まん

 アキラ じゃあ俺も肉まんにしよ

 ナツキ マネされた

 アキラ してないよ

 カナデ ピザまん一個余ったけど、食べていい?

 アキラ 半分頂戴

 カナデ ナツキは?

 ナツキ アタシはいい

 アキラ なんかもうずっと肉まん食べてるよね

 カナデ いいじゃん、寒いんだし。寒い時は肉まんかおでんでしょ

 ナツキ いつまで続くんだろうね、冬

 カナデ このままずっとじゃない?

 ナツキ あんなに騒いでたのにね

 カナデ もう当たり前だもんな

 アキラ ナツキとかずっと言ってたよね、滅亡説とか

 ナツキ いや、今は信じてないし

 カナデ なんだっけアンゴルモア大王だっけ?

 ナツキ やめてよ

 アキラ アレなんなんだろうね


三人、クジラを見る


 ナツキ 最新の情報だとね、あれはちっちゃい惑星で、もうすぐ爆発するんだって

 カナデ まだ調べてるの?

 ナツキ 調べてはないけどなんか目に入ってくるじゃん

 アキラ あれ惑星なの?

 ナツキ オカルト板の情報だから多分嘘だと思うけど

 カナデ 惑星があんなとこにいられるわけないでしょ

 ナツキ だよねぇ

 アキラ 地球とかなくなっちゃうの?

 ナツキ らしいよ

 カナデ また滅亡説だ

 ナツキ しかも、それを防ぐための人型のロボットが開発されたんだって

 カナデ アトムじゃん

 アキラ もう完璧デマだね

 カナデ アンゴルモアと変わらないよ

 ナツキ だから、アタシが言ったわけじゃないって

 アキラ クジラがいなくなったら冬終わっちゃうのかな?

 カナデ なんで?

 アキラ 汗っかきだから夏は嫌だ

 カナデ あーわかる

 アキラ おでんとか美味しいし

 ナツキ アキラ、おでん好きだよね

 カナデ おでん何が好き?

 アキラ えー、たまご、大根、ソーセージ

 ナツキ ソーセージ!?

 アキラ なに?

 ナツキ ソーセージかぁと思って

 カナデ 餅巾着は?

 アキラ あー美味しい

 カナデ 冬ってなんかご飯おいしいイメージ

 アキラ 確かに

 ナツキ 夏だってスイカとかあるじゃん

 アキラ もうあんまり食べられないしなぁ

 カナデ 暑いからうまいんだろうね

 アキラ もう暑くないからなぁ

 カナデ やっぱこのまま冬でいいよ

 ハル あたしは夏来てほしいなぁ


いつの間にか扉の近くにハルが立っている




放課後。公園。カナデとハル、ベンチに座っている。ナツキとアキラすこし離れたところでキャッチボールをしている


 ハル  毎月やってるの?

 カナデ はい。高校にいったら、みんなバラバラになっちゃうから、毎月第一土曜

     日は集まって野球しようって三人で決めたんです

 ハル  仲いいんだね

 カナデ そうなんですかね?

 ハル  なんで野球?

 カナデ 中学の時、三人とも野球部だったんで。ナツキはマネージャーで

 ハル  へー。野球部には入らないの?

 カナデ いや、まぁ、なんか高校は違うこと始めようと思って

 ハル  へぇー

 カナデ 藤本先輩は部活とかしてないんですか?

 ハル  うん。ずっと帰宅部

 カナデ そうなんですね



 ハル  そういえば、覚えてたね

 カナデ え?

 ハル  メアド

 カナデ あ、はい。覚えてました

 ハル  メール読みました

 カナデ あ、え、どうでしたか?

 ハル  どうでしたかって

 カナデ あ、いや、どうでしたかっていうか、

 ハル  あとで返信するね

 カナデ 返信するんですか?

 ハル  え、まぁ、メールだし

 カナデ あ、まぁ、そうですよね



 ハル  なんか緊張するよね

 カナデ そうですね

 ハル  あんまりちゃんと話したことないもんね

 カナデ 確かに

 ハル  坂本君は、なんか好きなものとかありますか?

 カナデ あー、寝袋好きです

 ハル  寝袋?

 カナデ いや、俺はアウトドアとか興味ないんですけど、父親がそういうの好きな

     人で。昔、泊まりで山の上に天体観測しに行ったんですよ

 ハル  えーすごーい

 カナデ まぁ、結局、曇っちゃって、ほとんど星は見れなかったんですけど、テン

     トに入りながら、寝袋で寝る感じがすごく気持ちよくて、それから家でも

     寝袋で寝てるんですよ

 ハル  へー。珍しい

 カナデ 気持ちいいですよ、寝袋

 ハル  使ったことないからなー

 カナデ 貸しましょうか?

 ハル  いいの?

 カナデ いいですよ

 ハル  でも、それじゃ、坂本君寝れなくなるんじゃ、

 カナデ あ、布団であるんで、

 ハル  えー


ハル、笑う


 カナデ え、なんかおかしいこと言いました?

 ハル  だってー


ハル、笑っている


 カナデ えー、なんですか?

 ハル  なんでもない

 カナデ えー

 ハル  坂本君って面白いね

 カナデ え、馬鹿にしてます?

 ハル  してないしてない

 カナデ ハルさんの方がおかしいですよ

 ハル  おかしくないよ

 カナデ 寝袋貸しませんよ?

 ハル  えーそれはヤダ

 カナデ えー。藤本先輩はクジラ以外に好きなものないんですか?

 ハル  えー、なんだろ。散歩とか好きだよ

 カナデ このへん歩くんですか?

 ハル  そうだね。深夜の公園とか楽しいよ

 カナデ え、危なくないですか?

 ハル  え、全然大丈夫だよ?

 カナデ え、でも、変な人来たら、

 ハル  そういう時はこっちも変な顔するの

 カナデ 変な顔?

 ハル  そうすれば大丈夫

 カナデ どんな顔ですか?

 ハル  え、恥ずかしいよ

 カナデ え、気になるじゃないですか

 ハル  むりむり

 カナデ えー。でも、なんでわざわざ夜歩くんですか?

 ハル  なんでかなぁ。なんか冒険みたいじゃない?

 カナデ 冒険?

 ハル  車の通らない道路の真ん中を歩いたり、ゴミ捨て場にいる猫に話しかけた

     り、壁にスプレーで落書きする人を眺めたり。昼間じゃできないでしょ?

 カナデ えー、なんなんですか?

 ハル  え?

 カナデ 俺、バカみたいじゃないですか

 ハル  バカ?

 カナデ 俺、寝袋の話したんですよ

 ハル  え、別にいいじゃん

 カナデ 俺ももっとおしゃれな感じの話すればよかった

 ハル  え、してよ

 カナデ え? なんだろ。あの、オリーブオイルって何にでも合いますよね?

 ハル  え?

 カナデ あ、ちょっとタンマ。今のナシ

 ハル  えー

 カナデ ちょっと考えます


と、アキラとナツキやってくる


 アキラ あーつかれた

 カナデ おつかれー

 ナツキ カナデなんで来ないの?

 カナデ いや、ハル先輩、野球できないっていうし

 ナツキ えー


ハル、バツが悪そうな顔をする


 アキラ カナデ教えてあげなよ?

 カナデ え? 

 アキラ はい


アキラ、カナデにボールを渡す


 カナデ やって、みます?

 ハル  うん


カナデとハル、キャッチボールをはじめる。と、しばらくしてカナデ、ナツキにボールを投げる。続いてナツキ、アキラに投げる。アキラ、ハルに投げる。ハル、カナデに投げる。四人でキャッチボールをする




三日後。屋上。カナデとアキラがいる。カナデ、電話している


 アキラ カナデ、宿題とかやってんの?

 カナデ え? やってるよ

 アキラ 絶対やってないでしょ

 カナデ やってるよ

 アキラ え、じゃあ見せないよ?

 カナデ え、それはナシだよ

 アキラ やってるならいいじゃん

 カナデ やってるわけないじゃん

 アキラ はぁ? もうお盆も終わったんだよ?

 カナデ いや、でも、毎年終わってるし

 アキラ 毎年写してるだけじゃん

 カナデ 提出できればいいんだよ

 アキラ ちゃんとやりなよ

 カナデ 親かよ

 アキラ 写されたくないんだよ

 カナデ 別にいいじゃん

 アキラ 貸した俺まで怒られるんだよ

 カナデ 大丈夫だよ。バレないから、

 アキラ 貸さないよ?

 カナデ え? なんで?


と、カナデの携帯にメールがくる。カナデ、メールを見る


 アキラ だれ?

 カナデ ああ。ナツキ

 アキラ なんだって?

 カナデ お母さんに今日は課題やれって相当言われたみたい

 アキラ そっか

 カナデ 今日はナツキなしか

 アキラ ナツキんち、微妙に厳しいからな 

 カナデ 大変だな

 アキラ まぁ、ナツキならうまくやるでしょ

 カナデ そうだな

 アキラ ところで、あれからどうなの?

 カナデ あれから?

 アキラ 藤本先輩と何かあった?

 カナデ 毎日メールしてるよ

 アキラ なんて?

 カナデ 今何してますか? とか、今遊んでます! とか

 アキラ え? それだけ?

 カナデ うん

 アキラ デートとか行ってないの?

 カナデ 行ってないよ

 アキラ え? いい感じだったじゃん

 カナデ でも、だって、早すぎでしょ

 アキラ そんなことないよ、もう三回くらい会ってるんでしょ? 三回目にはもう

     キスだよ。キス

 カナデ はぁ? 絶対早すぎだよ

 アキラ そんなことないって。絶対いけるから!

 カナデ えー?

 アキラ 海とか誘ってみれば?

 カナデ 先輩勉強忙しいし

 アキラ そこは息抜きとか言えばいいじゃん

 カナデ え~


と、ハルが扉を開けて入ってくる


 ハル  おつかれさま

 二人  お疲れ様です

 アキラ あ、じゃあ俺ちょっと部室行かなきゃなんで

 カナデ え?

 ハル  そうなんだ

 アキラ すみません、また


アキラ、屋上をあとにする


 ハル  佐野さんは?

 カナデ あ、ナツキも今日は来れないみたいで

 ハル  そうなんだ

 カナデ ハル先輩はいいんですか?

 ハル  え?

 カナデ 勉強

 ハル  ちゃんとしてるよ。今だって昼休みだから来ただけ

 カナデ そっか

 ハル  でも、よかった

 カナデ え?

 ハル  あんまり会えなかったから

 カナデ え、

 ハル  なんとなく会いたいなぁって思ってたから


ほんの少しの間


 カナデ じゃ、じゃあまた来てください

 ハル  え?

 カナデ お昼休みだけでもいいんで。待ってるんで

 ハル  屋上で?

 カナデ はい

 ハル  寒いよ?

 カナデ カイロあるんで

 ハル  そっか

 カナデ はい

 ハル  じゃあまた来るね

 カナデ はい!

 ハル  うん

 カナデ あ、あと、

 ハル  ?

 カナデ え、あ、やっぱなんでもないです

 ハル  え?なに?

 カナデ いや、ホント何もないです

 ハル  そう言われると余計気になるじゃん

 カナデ いや、ホントに

 ハル  え、なに?

 カナデ えー

 ハル  教えてよ

 カナデ ……

 ハル  ん?

 カナデ 海とか、興味あります?

 ハル  海?

 カナデ いや、アキラと夏だし海行きたいねーって話してて

 ハル  夏だけど、寒くない?

 カナデ え? あ、いや、でも逆にそれもいいかなみたいな? 

 ハル  へー

 カナデ で、いつもの三人で行くのもなんだし、藤本先輩もどうかなぁと思って

 ハル  え、でも、あたしいいの?

 カナデ え?

 ハル  邪魔じゃない?

 カナデ いやいや、全然そんなことないです

 ハル  そう?

 カナデ そう

 ハル  そっか

 カナデ ダメですか?

 ハル  ううん、じゃあ一緒に行こうかな

 カナデ ホントですか?

 ハル  うん

 カナデ え、じゃあいつ空いてますか?

 ハル  え? ああ。えーっと、今度の日曜日とか

 カナデ 了解です。空けときます

 ハル  みんなは大丈夫なの?

 カナデ ああ、大丈夫です

 ハル  そっか

 カナデ じゃあ今度の日曜日

 ハル  うん

 カナデ あ、あと、明日の昼休みもここで

 ハル  そうだね

 カナデ はい


と、ハルの携帯が鳴る。ハル、携帯を見て、少し戸惑ってから、出る


 ハル  ちょっとごめんね。(今までにない真剣な声になって)もしもし? ……は

     い。すみません。はい。大丈夫です。はい。すみません。はい。……わか

     ってます。はい。はい。終わったらすぐ。はい。はい。本当にわかってま

     すから。大丈夫です。はい。それじゃあ

 カナデ …… 

 ハル  あ、ごめんね

 カナデ いや、全然


少しだけ重い空気の間


 ハル  じゃああたしちょっと、、、

 カナデ え? もう?

 ハル  うん。ごめんね。あと、海もやっぱり無理かも

 カナデ え?

 ハル  ちょっとね。ほんとにごめんね。じゃあね


ハル、屋上をあとにする


 カナデ え、ちょっと、


ひとり、残されるカナデ



10


夕方。グラウンド。カナデとナツキ、キャッチボールしながら話している

 

 ナツキ ねぇ? 何かあったの?

 カナデ ……

 ナツキ ねぇーカナデー

 カナデ なんでもないよ

 ナツキ えーなに?

 カナデ なんでもないって

 ナツキ ってかアキラは?

 カナデ 彼女とデートだって

 ナツキ そっか

 カナデ だから、ナツキで我慢してるんじゃん

 ナツキ えー。ってか、アタシだって家抜け出してるのバレたら怒られるんだけど

 カナデ 別に大丈夫でしょ、ちょっとくらい

 ナツキ ダメだよ。今日お母さん機嫌悪いんだよ

 カナデ ナツキんちのお母さんたまにヒステリー入るよな

 ナツキ まぁ、シングルだし色々あるんでしょ

 カナデ そっか


二人、ゆっくりボールを投げ続ける


 カナデ ナツキさあ、

 ナツキ んー?

 カナデ 最近どうなの?

 ナツキ えーなにが?

 カナデ いや、前はずっと一緒にいたからアレだったけど、最近会わないし、元気

     かなって

 ナツキ 元気って、別に普通だよ

 カナデ そっか

 ナツキ もう高校生だよ? 小学校の時とは違うよ

 カナデ だよな

 ナツキ カナデこそどうなの?

 カナデ どうって?

 ナツキ あの先輩のことどう思ってるの?

 カナデ えーどうって、、、どうなんだろ?

 ナツキ アタシなんか、嫌いまではいかないけど、ちょっとうーんって感じなんだ

     よね

 カナデ え?

 ナツキ まぁ、そんなに話してもないしわかんないんだけどさ。ちょっと図々しい

     かなって

 カナデ 図々しい?

 ナツキ うん。それになんか上辺だけっていうか、別のこと考えてるっていうか、

     そんな感じがする

 カナデ そんなことないと思うけど、、、

 ナツキ あー。はい、もうこの話おしまい。ってかアタシもそろそろ帰んないと、

     お母さん帰ってきちゃう

 カナデ ああ

 ナツキ じゃあまたね


ナツキ、グラウンドをあとにする。カナデ、しばらくぼーっと立っている。と、携帯を取り出し、ハルにメールを送る



11


深夜。大きめの公園。入口でカナデが寒そうに待っている。と、ハルがやって来る


 カナデ お疲れ様です

 ハル  おつかれさま

 カナデ 来てくれないかと思ってました

 ハル  え?

 カナデ 急に誘ってすみません

 ハル  いや、大丈夫だけど

 カナデ 先輩、夜散歩するって言ってたから、案内して欲しいなと思って

 ハル  案内?

 カナデ どんなとこ歩いてるとか、何を見てるよとか

 ハル  いいけど、

 カナデ じゃあ行きましょ

 ハル  うん

 カナデ こっち?

 ハル  うん


二人。深夜の公園を散歩する。飛行機のレプリカが置いてあったりする。足元の草は夜露に濡れている。暗い中、二人はゆっくりと歩いていく。ハルは自分が普段どんなルートを通っているのか案内しながら、カナデの先を歩く。カナデは楽しそうにあとについていく。だいぶ歩いて、二人、ベンチに座る


 カナデ 結構歩きましたね

 ハル  疲れた?

 カナデ いつもこんなに歩くんですか?

 ハル  うん

 カナデ 意外と体力あるんですね

 ハル  そうかも

 カナデ ここ結構来てるはずなのに、どこがどこか全然わからなかった

 ハル  まぁ、ほとんど見えないしね

 カナデ やっぱり見え方違うんですね

 ハル  え?

 カナデ 昼と夜だと

 ハル  ああ。楽しかった?

 カナデ 結構

 ハル  じゃあそろそろ帰ろっか

 カナデ いや、


カナデ、バックから何かを取り出す


 ハル  え?何それ

 カナデ 使ったことないって言ってたから持ってきました

 ハル  え?

 カナデ 寝袋

 ハル  え、なんで?

 カナデ 今日はここで寝ましょう

 ハル  ……ええ!?

 カナデ ここで天体観測しましょ、朝まで

 ハル  あ、でも、あたし帰らないと

 カナデ 今日は大丈夫です

 ハル  でも、

 カナデ おうちの人に怒られたら、一緒にあやまるんで。だから、大丈夫です

 ハル  えー


ハル、呆れてちょっと笑っている


 カナデ ちょっとハメとか外さないと、いい子なだけじゃバランスが悪いですよ

 ハル  なにそれ?

 カナデ なんかテレビで言ってた気がします

 ハル  はぁ?

 カナデ ほら、先輩入って

 ハル  カナデ君は?

 カナデ もういっこあるんで

 ハル  計画的だ

 カナデ いいから入って


二人、寝袋に入る。そのまま寝ながら話す。あたりは真っ暗


 ハル  これでいいの?

 カナデ そうそう

 ハル  確かに気持ちいいかも

 カナデ でしょ

 ハル  うん。でもさぁ

 カナデ ?

 ハル  全然星見えないね

 カナデ まぁ、曇ってますからね

 ハル  えー

 カナデ 見ても綺麗だねって言って終わりますよ。星座とかわかんないし

 ハル  アタシもあんまりしらないなぁ

 カナデ ですよね

 ハル  あ、でも、くじら座の話は聞いたことある

 カナデ またクジラだ

 ハル  好きだからね

 カナデ どんな話ですか?

 ハル  くじら座はね、生贄にされたお姫さまを食べようとする大きな怪物なんだ

     って

 カナデ え、悪役なんですか?

 ハル  うん

 カナデ なんかクジラってひどい話多いですね

 ハル  あんなに大きかったら怪物だって思うよ、昔の人は

 カナデ 確かにそうかも

 ハル  でも、クジラはたまたま通りかかった勇者に倒されちゃって、お姫様は救

     われるんだって

 カナデ へーそうなんだ

 ハル  ……

 カナデ 先輩?

 ハル  ううん。なんか都合いいなぁーって思って

 カナデ 確かに

 ハル  そんなにうまくいかないよね、、、

 カナデ ……

 ハル  ……

 カナデ ……俺、なりますよ

 ハル  え?

 カナデ 俺、勇者になります

 ハル  ……

 カナデ だから、なんかあっても大丈夫です


カナデ、明るくハルに告げる。ハル、無言

 

 カナデ 先輩?

 ハル  ……

 カナデ 寝ました?

 ハル  ……なってね、勇者

 カナデ はい

 ハル  でも、カナデ君弱そう

 カナデ えーそんなことないですよ

 ハル  (笑う)

 カナデ ちょっとー

 ハル  ありがとね(笑)

 カナデ 思ってないでしょ?

 ハル  思ってるよ

 カナデ 思ってないでしょ

 ハル  思ってるよ

 カナデ ホントですか?

 ハル  うん、、


少しの間


 カナデ ほら、寝ましょ

 ハル  ホントにねるの?

 カナデ 寝ますよ

 ハル  変なことしないでね

 カナデ ……しないですよ

 ハル  間があった(笑)

 カナデ しないですよ!

 ハル  (笑う)


二人、真っ暗な中、楽しそうに眠りにつく



12


海。天気はくもり。堤防の上に四人横並びになっている


 ナツキ うわー海だー

 カナデ んー気持ちいい

 アキラ 久しぶりだなー

 ナツキ 海の匂いだー


ナツキ、大きく息を吸う


 ナツキ 海の匂いってなんかクセになるよね。別にいい匂いじゃないのに

 アキラ 生き物とか結構死んでるしね

 ナツキ 前来たとき、ちっちゃいフグが死んでた

 カナデ 拾ったの?

 ナツキ うん

 カナデ なんか嫌だね

 ハル  海ってこんな感じなんだね

 ナツキ え?

 ハル  あたし海来るの初めてなんだよね

 ナツキ え、そうなんですか?

 ハル  うん

 カナデ 夏休みとか行かなかったんですか?

 ハル  家族旅行とかしたことないから

 ナツキ へー珍しい

 アキラ 家族何の仕事してるんですか?

 ハル  ん?まぁ、研究職かな?

 カナデ 研究?

 ハル  でも、世界中飛び回ったりもしてるから忙しいんだよね

 ナツキ へー

 ハル  でも、嬉しい

 三人  ?

 ハル  ずっと来たかったから


四人、海を眺める。波は静かに寄せては返しを繰り返している


 カナデ これさ、入れるのかな?

 アキラ どうだろ? 多分寒いよ

 カナデ いけないかな?

 ナツキ 入りたいの?

 カナデ せっかく来たし

 アキラ 足くらいならいけるんじゃない

 カナデ 行ってみようよ

 ナツキ えーやだよ。普通の靴で来ちゃったし

 カナデ 脱げばいいじゃん

 ナツキ びしょびしょになるじゃん

 カナデ 先輩は?

 ハル  うーん、あたしもいいかな

 カナデ えー

 アキラ カニとか生きてんのかな?

 カナデ 死んでんじゃない?

 アキラ ちょっと行ってみよっか

 カナデ じゃあちょっと行ってきます


二人、海に向かっていく。ハルとナツキ残る


 ナツキ 行っちゃいましたね

 ハル  ね



 ハル  二人で話すの初めてだね

 ナツキ そうですね

 ハル  なんかちょっと緊張するね

 ナツキ すみませんでした

 ハル  え?

 ナツキ 受験とか忙しいのに付き合ってもらって

 ハル  いいよ、一日くらい。息抜きになるし

 ナツキ 受験って、大変ですか?

 ハル  死ぬほど大変

 ナツキ それは嫌ですね

 ハル  ね

 ナツキ 藤本先輩はなんで大学行くんですか?

 ハル  なんで?

 ナツキ やりたいこととかあるんですか?

 ハル  うーん、普通みんな大学行くからかな

 ナツキ え、そんな理由なんですか?

 ハル  おかしい?

 ナツキ いや、なんか、もっとしっかりした計画とか立ててるのかと思ってました

 ハル  そんなのないよ

 ナツキ そうなんだ。意外

 ハル  そうかな? 普通のことできるのが一番だよ、、

 ナツキ そっか

 ハル  そうそう。佐野さんは進学?

 ナツキ たぶん

 ハル  迷ってるの?

 ナツキ まぁ、親は進学って言うけど、実感わかないです

 ハル  まぁ、そんなもんだよね



 ハル  え、なんかごめんね

 ナツキ え? なんでですか?

 ハル  あんまり参考になるような話できなくて

 ナツキ いや、全然いいですよ。むしろ、こっちこそ、すみません。せっかく休ん

     でるのに

 ハル  ううん。逆に誘ってもらえて嬉しい

 ナツキ そうですか?

 ハル  あんまり後輩とか出来たことないから

 ナツキ そうなんですか?

 ハル  うん。それにいきなり三人の輪に勝手に入っちゃったでしょ? あたしが

     同じ状況だったらちょっとアレだし、ちょっとやっちゃったなぁって思っ

     てたから

     

少しの間


 ハル  ありがとね

 ナツキ いや、

 ハル  佐野さん、好きな人とかいないの?

 ナツキ え?

 ハル  ガールズトークとかしようよ

 ナツキ どうしたんですか?

 ハル  せっかくの女の子同士だし

 ナツキ えー

 ハル  いいじゃん

 ナツキ えー、うーん、好きな人ですか


ナツキ、考えながら、アキラの方に一瞬目を向ける


 ナツキ ……いないです

 ハル  いないんだ

 ナツキ いないです

 ハル  そっかー

 ナツキ 恋愛とかよくわかんないですもん

 ハル  そうだね

 ナツキ なんか恋愛って漠然としてませんか?

 ハル  まぁ、確かにそうかも

 ナツキ 好きだからって恋じゃない時もあるじゃないですか

 ハル  そうかな?

 ナツキ そうじゃないですか?

 ハル  どうだろ、、

 ナツキ 叶わないことだってあるし、、

 ハル  、、、そうだね

 ナツキ まぁ、しょうがないですよね

 ハル  しょうがないかぁ、、、


少しの間


 ナツキ 初恋って、なんで叶わないっていうんですかね?

 ハル  え?

 ナツキ 初恋

 ハル  あーなんでだろうね

 ナツキ 好きなのに叶わないって辛すぎますよね

 ハル  ホントにね

 ナツキ 先輩はいないんですか、好きな人

 ハル  うーん、どうだろうね


カナデ、ちっちゃいカニを持ってやってくる


 カナデ 見て見て。カニいましたよ

 ハル  えーすごい。見せて


ハル、カナデに近づく。ナツキ、二人を少し羨ましそうに、でも、どこか嬉しそうに見ている



13


海からの帰り道。住宅街。カナデとハルが二人で歩いている


 カナデ 先輩、こっちの方に住んでるんですね

 ハル  カナデ君はむこうの方?

 カナデ あ、そうです

 ハル  ちょっと遠いね

 カナデ そうですね


ほんの少しの間


 ハル  海楽しかったね

 カナデ そうですね

 ハル  カニとか結構いるんだね

 カナデ 先輩も今度は海入りましょ?

 ハル  うん、、、

 カナデ はい

 ハル  またどこか行けたらいいね

 カナデ ホントですか、行きましょ

 ハル  うん

 カナデ どこがいいですかね?

 ハル  どこだろ

 カナデ どっか行きたいところとかあります?

 ハル  えーなんだろ

 カナデ 水族館とか動物園とか

 ハル  あーいいね。行ってみたい

 カナデ 上野とか。水族館は池袋にあるし

 ハル  そういうところも行ったことないんだよね

 カナデ ホントに出かけない家なんですね

 ハル  忙しいからね

 カナデ 友達と遊びに行ったりもしなかったんですか?

 ハル  え?あー、転校が多かったからあんまり、ね

 カナデ そうなんですね

 ハル  うん。あ、カラオケとかボーリングも行ってみたい

 カナデ え、行ったことないの?

 ハル  うん

 カナデ 箱入り娘なんですね

 ハル  それは、ちょっと違うかも、

 カナデ いや、箱入り娘ですよ。今時なかなかいないですよ

 ハル  そうかなぁ

 カナデ そうですよ

 ハル  そっかぁ。あたし箱入り娘だったのか

 カナデ そうです

 ハル  まぁ、行きたいとは思ってるんだけどね、


ほんの少しの間


 カナデ じゃあ連れて行きます

 ハル  え?

 カナデ 行きたいとこ、全部

 ハル  えー

 カナデ もちろん先輩の受験が終わったらでいいんで、

 ハル  ……

 カナデ ダメですか?

 ハル  ……そうだね。行こっか

 カナデ じゃあアキラとナツキも呼びます!

 ハル  うん。ありがと

 カナデ 受験頑張ってくださいね

 ハル  うん。頑張る

 カナデ 受からないと遊びいけないんで

 ハル  プレッシャーだ

 カナデ え、そういうんじゃないですよ

 ハル  大変だー

 カナデ えーちょっとー


二人、楽しげに帰っていく



14


屋上。カナデとハルとアキラがいる。カナデがギターを持ってFのコードに挑戦している


 カナデ え、無理でしょ? 指取れるよ?

 アキラ 取れないよ


カナデ、必死に押さえて、弾いてみる


 ハル  全然ダメだね

 カナデ えー

 アキラ 貸してみ


アキラ、軽々と弾く


 ハル  おー

 カナデ えーなんで

 アキラ 練習してるから

 カナデ なんかムカつく

 アキラ カナデもやる?

 カナデ やらないよ

 ハル  えー貸して


ハルも弾く。弾ける


 ハル  おー

 アキラ おー

 カナデ なんでー


ナツキ、やってくる


 ナツキ おつかれー

 二人  (各々返事)

 ナツキ あ、ハル先輩も。お疲れ様です

 ハル  お疲れ様

 ナツキ 何してるの?

 アキラ みんなでギター弾いてた

 ナツキ えーアタシもやりたい

 カナデ ナツキ絶対できないよ

 ナツキ え、どう押さえるんですか?

 ハル  こう人差し指で全部の弦を押さえて中指がここで、小指と薬指がこう

 ナツキ え、むずかしそう

 ハル  簡単だよ

 カナデ 簡単じゃないです


ナツキ、ハルに教わりながら弾いてみる。弾ける


 アキラ おー

 ナツキ あってる?

 アキラ 合ってる合ってる

 ハル  簡単でしょ?


ナツキ、何回も弾く


 ナツキ できてる?

 アキラ できてるできてる

 カナデ えーなんで

 アキラ 練習あるのみだよ

 カナデ しないよ

 ハル  すればいいのに

 カナデ しないですよ

 ナツキ 寒くて手痛くなってきた

 アキラ あ、お茶あるよ


アキラ、カバンからお茶を出して、コップに入れてナツキに渡してあげる


 アキラ はい

 ナツキ ありがと。あったかい

 カナデ いいなぁ


ナツキ、一口飲む。お茶がまずい


 ナツキ まっず! え、なにこれ

 アキラ え、まずくないでしょ

 ナツキ マズすぎだよ。え、カナデちょっと飲んでみて

 カナデ え、


カナデ、一口飲む


 カナデ え、まっず!

 ナツキ でしょ?

 アキラ え、おいしいでしょ

 カナデ 何茶これ?

 アキラ お母さんが作ったハーブティー

 カナデ え、いつものお茶は?

 アキラ 最近これにハマってるんだよ

 ナツキ え、なんかすごい後味残るんだけど

 アキラ 普通に美味しいよ

 カナデ ちょっと先輩も飲んでみてくださいよ

 ハル  え、あたしは、

 ナツキ いや、逆にこれは飲むべきですよ

 ハル  いや、

 カナデ 一口だけ

 ハル  いや、でも、

 ナツキ お願いします


ハル、押し切られ、一口飲む。なんともない


 ナツキ どうですか?

 ハル  え、あ、いや、

 カナデ まずくないですか?

 ハル  え、

 アキラ 美味しいですよね?

 ハル  え、あ、うん

 ナツキ うそー

 カナデ ホントですか?

 ハル  え、

 ナツキ 無理してません?

 ハル  (愛想笑い)

 アキラ お前らがおかしいんだよ

 ナツキ 絶対そんなことない

 カナデ あーちょっと無理。ジュース買ってくる

 ナツキ あ、アタシも


カナデとナツキ、屋上をあとにする。アキラ、お茶を一口飲む


 アキラ 美味しいですよね?

 ハル  え、ああ。うん


アキラ、ギターをいじる。ちょっと上手い


 ハル  おー。上手

 アキラ 毎日やってますからね

 ハル  頑張ってるんだ

 アキラ それなりに。藤本先輩ってギターやってたんですか?

 ハル  え、なんで?

 アキラ うまかったから

 ハル  いや、やってないよ

 アキラ そっか。すごいですね

 ハル  すごくないよ。アキラ君はなんでギター始めたの?

 アキラ モテたかったんで

 ハル  え?

 アキラ 女の子に

 ハル  あ、そんな理由なんだ

 アキラ やっぱりギターってモテるじゃないですか

 ハル  らしいね

 アキラ あえてベースかなとも思ったんですけど、そのまた逆を狙って、王道を行

     ってみました

 ハル  へぇー

 アキラ 実際彼女できたし

 ハル  おめでとう

 アキラ ありがとうございます

 ハル  でも、それはアキラ君がギター頑張ったからでしょ?

 アキラ 男の努力なんて好きな女のためでしかないんですよ

 ハル  へぇー

 アキラ 漫画のセリフ言っただけです(笑)

 ハル  なんだ(笑)


少しの間


 アキラ 先輩って好きな人いないんですか?

 ハル  どうしたの、いきなり

 アキラ いや、どうなのかなぁって

 ハル  好きな人かぁ、、、

 アキラ どうなんですか?

 ハル  うーん、いるよ


アキラ、少し驚いたようにハルを見る


 ハル  どうしたの?

 アキラ いや、はぐらかされると思ってたんで

 ハル  なにそれ

 アキラ 誰だか聞いてもいいですか?

 ハル  意外とグイグイ来るんだね(笑)

 アキラ そりゃ。え、誰なんですか?

 ハル  うーん、誰だろうね

 アキラ えーなにそれ


ハル、笑う。ほんの少しの間


 ハル  アキラ君は彼女さんと順調なの?

 アキラ えー? まぁ、それなりに

 ハル  それなりって?

 アキラ いや、まぁ、放課後たまに一緒に帰ったりとか、予定合わせてデート行っ

     たりとか?

 ハル  一緒にいて楽しい?

 アキラ 楽しいですよ

 ハル  そっか

 アキラ 藤本先輩は楽しくないんですか?

 ハル  え?

 アキラ カナデと一緒にいて

 ハル  なんでカナデ君?

 アキラ いや、なんとなくですけど

 ハル  、、楽しいよ

 アキラ そうですか

 ハル  うん、、、

 アキラ よかったです



 アキラ あ、そういえば気になってたんですけど

 ハル  なに?

 アキラ 藤本先輩いつもそのリュック背負ってますよね?

 ハル  え?

 アキラ いや、みんなでいる時もいつも背負ってるし、何かあるのかなって思っ

     て。大事なものでも入ってるんですか?


カナデとナツキ戻ってくる。手にはジュース(紙パックとか高校生っぽい)を持っている


 カナデ ただいまー

 アキラ あ、おかえりー

 ナツキ あとでちゃんと50円返してよ

 カナデ わかってるよ

 ナツキ わかってないでしょ

 アキラ 50円でケンカしないでよ

 ナツキ してないよ

 カナデ やっぱ屋上寒いね

 ハル  冬だからね

 カナデ いつまで続くんですかね、冬

 ハル  どうだろうね

 アキラ クジラがどっか行くまでじゃない?

 カナデ あれどっか行くの?


みんな、空のクジラを見る。ナツキだけ財布の中身を数えている。クジラちょっと大きくなってなくもない


 カナデ あれ?なんかアレ大きくなってない?

 アキラ え、そう?わかんない

 カナデ そう?

 ナツキ ねぇ、今月厳しいんだけど

 カナデ まだ言ってるの?

 ナツキ ホントに返してよね

 カナデ わかったって

 ハル  じゃあ私そろそろ午後の講習あるから

 アキラ あれ? もうそんな時間ですか?

 ハル  うん。部活?

 アキラ はい


アキラ、ギターをケースにしまう


 カナデ じゃあ俺も帰ろうかな

 ナツキ え、みんないないならアタシも帰る

 ハル  じゃあ行こっか

 カナデ そうですね


四人、屋上をあとにする



15


放課後。誰もいない屋上。夕焼けで橙に染まってるかもしれない。しばらくしてハルがやって来る。ハル、空のクジラを見て、リュックをおろし、おもむろにブレザーを脱ぎ始める。リュックから出たコードで上着は脱ぎづらい。上着をリュックのとなりに置く。リュックからは何本もコードが伸びていて、それはハルの背中へと続いている。両手を広げ、クジラを見つめるハル。しばらくしてブレザーを着て、リュックを背負う。少しの間。と、突然カナデがやって来る。ハル、気づいて振り返る


 カナデ あ、

 ハル  帰ったんじゃなかったの?

 カナデ いや、、携帯忘れちゃって、、


ハル、あたりを探す


 ハル  あ、これ?

 カナデ あ、そうです


ハル、携帯をカナデに渡す


 カナデ 先輩は何してるんですか?

 ハル  ああ。またぼーっとしてた

 カナデ クジラですか?

 ハル  うん。でも、もう帰るよ

 カナデ 寒くないんですか?

 ハル  え? ああ、うん。大丈夫

 カナデ そうですか

 ハル  行こう?

 カナデ 先輩ってなんか謎ですよね

 ハル  謎?

 カナデ なんかミステリアスっていうか、儚げっていうか

 ハル  そんなことないよ

 カナデ なんか悩み事とかあるんですか?

 ハル  そりゃ、人並みにはあるけど

 カナデ なんかあったら聞きますよ?

 ハル  いや、受験がキツイとかだよ

 カナデ えー。いや、えーでもないけど

 ハル  大丈夫だよ

 カナデ ホントですか?

 ハル  うん

 カナデ 受験終わったら、みんなで遊び行きましょうね

 ハル  うん

 カナデ 約束ですよ?

 ハル  わかってるって。ほら帰ろ


二人、屋上をあとにする



16


夜。アキラの家。アキラがいる。しばらくしてカナデがやって来る


 カナデ おつかれー

 アキラ おつかれー

 カナデ あれ、ナツキは?

 アキラ ああ、家族と親戚でご飯行くから来れないって

 カナデ そっか

 アキラ なんで?

 カナデ いや、最近ずっと3人でいたからさ

 アキラ 夏休みだしね。でも、夏休み終わったらこんなには集まれないよね

 カナデ だよな

 アキラ 藤本先輩も本格的に受験モードだろうし、

 カナデ うん、、、

 アキラ なに? どうしたの?

 カナデ いや、夕方さぁ、、、いや、なんでもない

 アキラ え、なんだよ

 カナデ いや、うーん、なんかハル先輩って不思議じゃない?

 アキラ そう? どこが?

 カナデ なにがってわけじゃないんだけど、なんかつかみどころないっていうか。

     みんなでいても、なんかいつも寂しそうっていうか、、

 アキラ そうかな? そんなこと思わないけど。今日だってギターとか弾いて楽し

     そうだったじゃん

 カナデ そっかぁ

 アキラ なんかあったの?

 カナデ いや、、そういうわけじゃないんだけど

 アキラ ホントに?

 カナデ うん。ホントになんでもない

 アキラ そっか

 カナデ そうだ、お茶ちょうだい

 アキラ ああ。取ってくるね


アキラ、お茶を取りに行く



17


真夜中。カナデは夢を見る。夢の中で世界は崩壊していて、そこに日常はない。倒れたビルの残骸がところ狭しとあって、道路はひび割れている。周りは舞い上がる粉塵で白んで先まで見渡せない。人は誰もいない。そんな中で、カナデはひとりバットを持って呆然と立ちつくしている。彼には何もできない



18


夕方。グラウンド。カナデとナツキ、キャッチボールをしている

 

 カナデ 今日は塾いいの?

 ナツキ 明日から合宿だから。今日は休み

 カナデ そうなんだ

 ナツキ すぐ帰ってくるね

 カナデ ちゃんと勉強してこいよ

 ナツキ うん



 ナツキ 今日は会えなかったの?

 カナデ うん

 ナツキ どうしたんだろうね?

 カナデ いや、まぁ、勉強とか忙しいんでしょ

 ナツキ 死ぬほど大変って言ってたもん

 カナデ そっかぁ

 ナツキ カナデ、告白とかしないの?

 カナデ はぁ? いきなりなに?

 ナツキ いや、どうなのかなぁと思って

 カナデ ナツキこそどうなの?

 ナツキ え? アタシはだって相手いないし、

 カナデ アキラのこと好きじゃん

 ナツキ え? 何言ってんの?

 カナデ いや、見てればわかるよ

 ナツキ だって、彼女いるじゃん

 カナデ 彼女いるからって好きになっちゃいけないってことないじゃん

 ナツキ ……

 カナデ ってか、彼女いる前から好きだったじゃん

 ナツキ 気づいてたの?

 カナデ ずっと一緒にいたし

 ナツキ ……

 カナデ しないの?

 ナツキ ……いや、できないでしょ

 カナデ いいの?

 ナツキ うん、、、このままで大丈夫


二人は、キャッチボールを続ける


 カナデ ナツキと初めて遊んだの小3だっけ?

 ナツキ うん

 カナデ 7年くらい一緒にいるんだ

 ナツキ そうだね

 カナデ ずっとだよね?

 ナツキ え?

 カナデ アキラのこと

 ナツキ ……

 カナデ 長いよなぁ

 ナツキ ……そうだね


二人、何も言わず、しばらくキャッチボールを続ける


 カナデ そろそろ帰るか

 ナツキ そうだね

 カナデ 合宿頑張れよ

 ナツキ うん

 カナデ じゃあ

 ナツキ うん。またね


ナツキ、グラウンドをあとにする。カナデ、ひとり考えている



19


昼。屋上。カナデがいる。と、ハルがやって来る


 ハル  あれ今日はひとり?

 カナデ ああ。二人ともなんか用事あるみたいで

 ハル  今日もサボり?

 カナデ まぁ

 ハル  もうちょっとで夏休み終わりだね

 カナデ そうですね

 ハル  楽しかったね

 カナデ うん

 ハル  カナデ君はさ、将来の夢とかあるの?

 カナデ 将来? うーん、まだ全然考えてないですね

 ハル  そっか。まだ一年生だもんね

 カナデ これからなにか見つかるのかもわかんないですけどね

 ハル  見つかるよ

 カナデ 先輩はなにかあるんですか?

 ハル  夢?

 カナデ はい

 ハル  うーん、夢かぁ。なんだろうなぁ

 カナデ 見つかってないんじゃないですか

 ハル  ごめん(笑)

 カナデ どんな職業に就きたいとか、何がしたいとか

 ハル  うーん、

 カナデ ないですか?

 ハル  ないっていうか、なんかうまくイメージできないんだよね。将来、自分が

     何してるかとか

 カナデ そっかぁ

 ハル  一緒だったわ

 カナデ 大学とか行ったら見つかるんですかね?

 ハル  見つかるんじゃない、行けたら

 カナデ 行ってくださいよ

 ハル  行く行く

 カナデ ホントですよ?

 ハル  うん、、、、



 ハル  あーダメだ

 カナデ え?

 ハル  ダメだよ

 カナデ どうしたんですか?

 ハル  怖いなぁ

 カナデ え?

 ハル  怖いよ

 カナデ え?

 ハル  ……ううん。ごめんね

 カナデ 大丈夫ですか?

 ハル  うん

 カナデ この前も言いましたけど何かあったら俺、話聞きますからね?

 ハル  ……

 カナデ 先輩?

 ハル  カナデ君さ、ここにある雪全部溶かしてよ

 カナデ え?

 ハル  屋上もグラウンドも、街にある雪もぜーんぶ溶かして

 カナデ ……


少しの間


 ハル  いや、ごめんね、なんでもない

 カナデ ……

 ハル  気にしないで

 カナデ ……

 ハル  ほら、帰ろ


と、カナデ、屋上の雪を溶かし始める


 ハル  え、ちょっ、

 カナデ 溶かせばいいんですよね

 ハル  ちょっと、


カナデ、雪を溶かし続ける。と、ハル、雪が降り出したのに気づく。カナデは構わず雪を溶かす。一心不乱に溶かし続ける。どんなに溶かしても雪が無くなることはない。ハルは、そんなカナデの姿を、優しく、どこか諦めたような表情で見守っている



20


8月31日。アキラの家。カナデ、ナツキ、必死に宿題をしている


 カナデ 全然終わらない

 ナツキ 写してるだけじゃん

 カナデ 文末とかちょっと変えながら写すから時間かかるんだよ

 ナツキ やってないのが悪いんでしょ

 カナデ ナツキだって終わってないじゃん

 ナツキ これは塾で出てる分。学校のはとっくに終わってますー


アキラ、やって来る


 アキラ ドーナツ食べる?

 カナデ それどころじゃないんだよ

 アキラ 美味しいのに?

 ナツキ どこの?

 アキラ ミスド

 カナデ ミスドかよ

 アキラ ミスド美味しいじゃん

 カナデ あー全然終わんない

 ナツキ アキラは終わってるの?

 アキラ まだだけど残ってるのは提出来週だし

 カナデ うわ、ずるっ!

 アキラ ずるくないでしょ

 ナツキ アキラそういうとこ要領いいよね

 アキラ 早くやりなよ

 カナデ やってるよ

 アキラ 全然進んでないじゃん

 カナデ だから、ちょっと変えながら写すから時間かかるんだよ

 アキラ やってないのが悪いんじゃん

 カナデ えーちょっとアキラも手伝って

 アキラ 嫌だよ

 カナデ いいじゃん。これだけ


カナデ、多めのプリントをアキラに渡す


 アキラ めっちゃあるじゃん

 カナデ ちゃんと俺の字に似せて書いてね

 アキラ 自分でやりなよー

 カナデ 自分でやってたら終わらないんだよ

 アキラ えーめっちゃめんどくさい

 カナデ いいからやってよ

 アキラ わかったよ


アキラ、ドーナツを食べる


 カナデ やってよ!

 アキラ やるから


カナデの携帯にメールがくる


 カナデ なんだよ!

 アキラ マナーモードにしなよ

 カナデ そんな暇ないんだよ


カナデ、無視して宿題をする。少しの間


 アキラ 受験勉強とかこんなもんじゃないんだろうね

 ナツキ 三年生とかずっと勉強してるもんね

 アキラ 嫌だなぁ

 ナツキ あと二年もしたらあんな感じになるんだよ?

 アキラ 無理だ

 カナデ 早くやってよ

 アキラ わかってるよ

 ナツキ やっぱ今からやっとくべきだよね

 アキラ カナデは二年後もこうなんだろうね

 カナデ うるさいなぁ。早くやってよ

 アキラ やってるじゃん

 ナツキ ドーナツ食べていい?

 アキラ いいよ

 カナデ アキラお茶

 アキラ はぁ!?

 カナデ お茶持ってきてよ

 アキラ 宿題やれっていったじゃん!

 カナデ 喉渇いたんだよ!

 アキラ はぁ!?

 カナデ いいから持ってきてよ!

 アキラ もう自分で持ってこいよ!

 カナデ はぁ!


カナデの携帯が鳴る


 カナデ なんだよ、もう!


カナデ、携帯を見る。ほんの少しの間があって、カナデ、電話に出る


 カナデ もしもし、、、


少しの間。カナデ、固まっている


 アキラ カナデ?

 カナデ ……

 ナツキ 誰から?

 カナデ ちょっと行ってくる

 アキラ は?

 カナデ アキラ宿題やっといてね

 アキラ はぁ?

 カナデ お願い

 アキラ ちょっと!


カナデ、上着を着て、部屋を出て行く


 アキラ 行っちゃたよ

 ナツキ 行っちゃったね


カナデの宿題が大量に残されている


 アキラ これ終わるのかな?

 ナツキ どうだろうね?

 アキラ (溜息) とりあえずお茶飲む?

 ナツキ ……

 アキラ ナツキ?

 ナツキ ねぇ、

 アキラ なに?

 ナツキ アキラに言いたかったことがあるんだけど、


と、二人の声はそこで聞こえなくなり、場面は変わっていく



21


駅前。雨が降っている。傘をさしたハルが立っている。傘をさしてカナデがやってくる


 ハル  行こっか

 カナデ 先輩、


ハル、駅へ向かう。カナデ、何も言わずにハルについていく



22


海。前に来た時とはちがって少し荒れている。堤防に並んで立つ二人


 ハル  ごめんね。急に呼び出して

 カナデ いや、

 ハル  宿題とか大丈夫?

 カナデ 全然大丈夫です

 ハル  よかった

 カナデ どうしたんですか?

 ハル  海荒れてるね

 カナデ 昨日からずっと雨降ってますからね

 ハル  そうだね

 カナデ 晴れないですかね?

 ハル  いいよ。最後に見たかっただけだから

 カナデ 最後?

 ハル  夏休みの最後にもう一回海見たかったの

 カナデ ああ

 ハル  あとカナデ君にも会いたかった

 カナデ え、

 ハル  うれしい?

 カナデ なんですか、それ


二人、笑う。少しの間


 ハル  それあったかそうだね

 カナデ え?

 ハル  マフラー

 カナデ ああ


カナデ、マフラーを外してハルに渡す


 カナデ どうぞ

 ハル  いいの?

 カナデ はい

 ハル  ありがと


ハル、マフラーを巻く


 ハル  ……あったかい


間。波の音


 ハル  あ、見て


ハル、上着をめくる。カナデにもらったカイロが貼ってある


 カナデ それ

 ハル  使ってみた

 カナデ ありがとうございます

 ハル  これも、あったかい、、

 カナデ よかった


と、雪が降ってくる


 カナデ 雪になりましたよ

 ハル  あったかいから大丈夫。寒くない?

 カナデ 大丈夫です


二人、しばらく海を見ている。長い間


 ハル  なんか来てよかった

 カナデ そうですか?

 ハル  うん

 カナデ なんもしてないですけど

 ハル  でも、なんか元気出た

 カナデ よかった

 ハル  あー受験頑張らなきゃー

 カナデ そうですね

 ハル  落ちたらカナデ君うるさそう

 カナデ 落ないでくださいよ

 ハル  落ないよ。あたし頭いいし

 カナデ ホントですか?

 ハル  ホントホント。それに約束もあるし

 カナデ ホントですよ


また海を見る二人。少しの間。波の音


 カナデ そういえば先輩に言おうと思ってたことがあって

 ハル  なに?

 カナデ 先輩、前、クジラの話してたじゃないですか

 ハル  クジラ?

 カナデ 52ヘルツの

 ハル  ああ

 カナデ あれから考えたんですけど、きっと、そのクジラは俺たちが思ってるより

     悲しくないんじゃないですかね

 ハル  え?

 カナデ そりゃ、まぁ、寂しい時もあるかもしれないですけど、もしも自分の歌が

     届いたらって考えたら楽しくないですか? そいつはずーっと運命の相手

     のこと考えながら、世界中の海を歌いながら泳いでるんですよ。結構陽気

     じゃないですか?

 ハル  そうかもね

 カナデ それに、嬉しいじゃないですか

 ハル  嬉しい?

 カナデ そいつにちゃんと相手が見つかったら

 ハル  ……そうだね

 カナデ だから、きっと、悲しくないですよね?

 ハル  ……

 カナデ ……悲しくないですよ

 ハル  ……うん


少しの間


 ハル  ……ねぇ

 カナデ はい?

 ハル  ……ううん。なんでもない

 カナデ ……


二人、海を見つめる。海は寄せては返し、寄せては返しを繰り返し続ける



23


海からの帰りの電車の中。規則的に揺れる車体。隣同士に座る二人。二人の手は、お互いの温度を確かめるように繋がれている



24


そうして僕とキミは、雪の降る夏休み最後の日、「またね」と言ってお別れをした。アキラの家に戻ると宿題はほとんど手つかずのまま残されていて、少しだけアキラとケンカをしてから、結局、朝までかかって終わらせた。宿題を終えてから学校へ向かうまでの短い睡眠の中、不思議な夢を見た。夢の中で、キミは白い鯨と楽しそうに海を泳いでいた。それがあんまり楽しそうだったから、僕は少しだけ嫉妬した。僕がヤキモチを焼いていると、鯨はキミを連れたまま、海を飛び出して、宇宙に消えてしまった。鯨が飛んでいった空を見ると、流れ星が一つ流れていたから、僕は一つ願い事をした。そこで目が覚めて、僕は遅刻に気づく。9月1日、僕が大急ぎで学校へ向かうと、街は長かった冬を終えて、また夏に戻っていた。空を漂っていたクジラは跡形もなく消えていて、キミが屋上に来ることももうなかった



エピローグ


屋上。カナデが見たことないギターを持って座っている。カナデはギターを弾くでもなく弾かないでもなく、ただどこか遠くを見ている。その顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも、何かを決意しているようにも見える。ずっと黙っている。かすかにギターの音。そのまま、かなり長い間。と、扉が開いて、アキラがやって来る


 アキラ カナデ?


ほんの少しの間


 アキラ あれ? それ、

 カナデ アキラ、、

 アキラ ん?

 カナデ ……バンドやろうぜ


空は、夏の青さに晴れている






おしまい

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(August white whale) Soundtrack. 相田みょん @akatusay420

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