エピローグ

 それがもう、いつの頃だか分かりませんが


 なにやら辺鄙へんぴな山奥の、そのまたもう一つ、山を超えた辺りに


 どかんと拓けた、岩盤がんばん地帯がありまして


 人知れず、せっせとピッケルを振るう、考古学者というものがおりました


 彼は名高い学術院の名誉教授で、つまりとても偉い人でしたが


 そんな肩書きなど霞んでしまうほどに、周りは自然であふれかえっておりました


「間違いない! この辺りなんじゃあ! この辺りに、むかし洞くつがあったはずなんじゃあ!」


 考古学者は老人でしたが、そのピッケルさばきときたら、年齢など忘れてしまうほどに見事なものでした


 さて、そこに偶然、若い女性が通りがかりました


 彼女が「なにをしているのか」と尋ねますと、老翁ろうおうは振り向きもせず答えました


「宝を捜しておるんじゃあ! ワシの見立てによれば遠い昔、この辺りには洞くつがあったはずじゃあ! さすれば大昔の財宝なんてものが見つかるかもしれん! ふはは、ロマンだのぉ!」


「ロマン、ですか」


「そのとおり! 不思議なものよのぉ! 時間というものは! どんな宝も、いずれ土塊つちくれに変えちまう! どんな人間も、どんな思いも! 時間っつーのはなにもかも飲み込んで、ただの地層に変えちまう! なぁ、お前さん、考えてもみろ! ワシらだって一万年も経てば、タダの土塊になっとるんだぞ!? ワッハッハッハ!!」


「一体なにがおかしいのですか?」


「ロマンじゃよ! ロマンを思うておるから、笑っておる! ワシはな、いつか時間に勝ちたいんじゃ! 分かるかね!? 時間はなにもかも土に還す! 還してしまう! だからこそ我々は今という時間を、死に物狂いで生きねばならん! 土になったら思いもクソも無いからなぁ! ワハハ!」


 ひとしきり笑った後に「だが」と、老翁は、おごそかに続けました


「だが、それでもだ! ワシはいつか、見てみたい! 時間を超えて伝わる想いというものを! 時間を超越し! 風化の運命をぶち壊す! そんなロマン溢れた想いの形を、死ぬまでに一度は見たいものじゃあ!」


 と、そのとき老翁のピッケルに、確かな手応えがありました


 彼は思わず呼吸を止めて、慎重にピッケルを振るっていきます


 やがて「がぼん」と音を立てて崩れ落ちたのは――四角形のぼろぼろでした


 見るからになんの価値も無さそうな、ただの土塊です


 老翁は「やれやれ」と、悲しそうに呟きました


「やっぱり夢ってのは結局、夢でしかないのかのぉ」


「いや、そうじゃないかもしれません」


 と、背後で女性が呟きました


 その時、彼は初めて振り返って


 橙色の艶髪と、藍色の瞳が美しく輝いているのを見届けました


「あなたが言っていたのは――多分、こういうことかもしれません」


 女性は四角形のぼろぼろに近づいて、そっと手をかざすと


 もう片方の手刀で手首を切り裂き、噴水のような血を降り注がせました


 すると四角形のボロボロは、その中心から紅い光を放ちました


 それは土塊を弾き飛ばし、みるみる内に、本来の姿をかたどっていきます


 しばらくすると、地面にはひとつの箱が横たわっていました


「あの時に送った私の血が、まだこんな風に役立つなんてねぇ……」


 女性は穏やかに微笑むと、箱にそっと両手を添えて


 誰にも聞こえないように、そっと呟きました


「ただいま」


 その言葉を待っていたかのように、宝箱のフタが、ゆっくりと、ゆっくりと開いていきました


 それは永い、永い、時間の中で


 ずぅっと止まっていた誰かの想い出が


 ゆっくりと、ゆっくりと


 懐かしく、動き始める音でした。





 終わり



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喰らう箱と死なない少女 神崎 ひなた @kannzakihinata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ