山に住まう野分(風の一種)が、捨てられた人間の子を拾うお話。
昔話です。と、そう言い切ってしまうとちょっと語弊がある(というか人によってイメージが違いそうな)気がしなくもないのですけれど、でも個人的には昔話してる物語。おとぎ話とか童話と言ってもいいのかもしれませんけれど、でもどことなく和風な絵面というか、全体を通じてひしひし伝わる古代日本的なイメージが、まさに「昔話!」という印象です(伝われ)。
圧倒されました。何にかは正直わかりません。たぶん細かく散りばめられたいろいろなものに、というのが正確だと思うのですけれど、とりあえずその〝いろいろ〟の内のひとつとして、自然の描写の際立ち方がもうえげつないことになっていました。そういうお話、というかこれだけのパワー溢れる自然の描き方ができればこその物語だというのはわかるのですけれど、それにしたってとんでもない鮮やかさです。あまりにも彩り豊かなこの語彙力と表現力。なんだか文字使って絵を描いてるような感じ。
この表現力があればこそのお話、というのはまさにお話の筋や設定からもわかる通り。なにしろ主人公からして野分、すなわち擬人化された風そのものであり、他にもお天道様がいたり長老は熊だったりと、ここでは自然が人格を持って生活しています。ただいるだけでなく「生活している」というのがはっきりわかる描かれ方で、物語の舞台となる〝山〟は彼らの共同社会として機能しており、そして社会である以上そこには守るべきしきたりがあります。
物語としてはあくまで昔話(おとぎ話)、故に彼らはただ擬人化されただけの自然そのものと読むべきだと思いますが、でもそれ以外の解釈もできそうなのが面白いところ。伝承の中で擬人化される自然、神格化された存在(とそこにまつろうもの)はだいたい異民族のような存在だったりするとかしないとか、例えば狼の鳴き声の音韻表現なんかは露骨に示唆的な感じもするのですけれど、でもこの辺はどなたか詳しい人に任せます(すみません)。
いやもう自分ではあまりに力不足というか、真剣に紐解いていくには学がないと絶対無理なところ。ただ知識不足で全然わからない割には、それでもわからないなりのワクワク感があって、つまり下支えしている『何か』の分厚さがとんでもないのだと感じます。最初に言った通り圧倒はされたものの、それを説明できるだけの知識や知恵がない状態。己の浅学を恥じ入るばかりです。
以下は思いっきりネタバレ、というかお話の核心に触れる感想になります。
一番好きな点はやはりというか、この物語がハッピーエンドになっていることです。というのも個人的にはこのお話、本来どこにもハッピーエンドの要素がないように見えるんですよ。ここに描かれているのはいくつもの禁忌で、例えばいくら子供とて迂闊に異民族を招きいれるべきでないこと、一度コミュニティのしきたりを破れば二度とは戻れないこと、さらには弱肉強食の理などなど、ほとんど戒めの物語として読みました。であればこの物語は彼らが不幸に落ちてこそのもの、また実際そうなるべき材料しか見当たらないのに、でも一体何をどうしたらこうなるというのか、辿り着いた先はこれ以上ないくらいの見事なハッピーエンド。あまりに豪腕にただひれ伏すしかないというか、何をされたのか未だに理解できていません。魔法かな?
びっくりしました。読後の爽やかな気持ちと、分厚い満足感だけがしっとり肌に残る、でっかい油彩画みたいな力強い物語でした。狼たちがわーってやるところが好きです。命拾いしたはずなのに全然そんな気になれない、ゾッとするような光景の生々しさ。素敵。
人間が神様を求めるように、神様も人間を求める。これは「信仰」という名の共依存であり、お互いの存在理由の一つなんだなと思いました。だからナギには野分がなくてはならない、その逆もまた同様で結末の説得力に繋がるのだなと。ただこれは個人的な思いですけど一度山を離れたナギが野分の感情だけに救われてしまうのがカタルシスが些か弱い(或いは軽い)気がしました。ナギが許されるのは理由が純朴な願いであること、山を離れたのは一度であるけれどナギ自身が二度捨てられてしまうので対価は成立することとして理屈はつくのですが、もっと別離が大きな意味を持つ流れであれば感情は更に揺さぶられたと思います。
好きなように申しましたが個々の場面は美しく、中盤で野分が憤怒し落胆するまでの流れはディズニーアニメのような雰囲気が伝わってきて感動しました。ひなたさんの言葉えらびはとにかく綺麗でファンタジーとの親和性が抜群です。童話と捉えると対象年齢は高めだけど幼い頃に読んでも意味以外のところでも得るものに溢れていると思います。