最終話 船出
「うん、まあ、なんや。アスロ、ニナ、おまえらその船に乗れ」
ユゴールの指差す先には大きな船が丸太に繋がれていた。
アスロとニナは顔を見合わせる。
「そんなことよりも先に、仲良く繋いでるオテテを離そうか?」
額に青筋を浮かべてルドミラが二人の間に入り、手を引き剥がした。
「ねえ、アスロ君。ウチのことはアンタの中でもう、いい思い出にされたんかなぁ?」
強引に笑顔を浮かべながら、顔面をアスロに近づける。
「いや、そんなことはなくて……」
しどろもどろになるアスロに、ニナが冷たい視線を向けていた。
「なによ。ついて来たらいいじゃない。別に邪険にしたりしないわ」
冷淡な言葉にルドミラが顔をしかめる。
「ウチかてな、そら気軽について行けるなら行くわい。アスロのことは好きやで。でもなあ、家族のことも好きやねん。今、ホンマにいろいろ大変やから、やらないかんこともアホほどあんのんじゃ」
なんともいたたまれなくなってアスロは視線を星空に向けた。
ユゴールも大きな悲しみを受け、星空を眺めてごまかしていたのだろうか。
と、アスロの脳に疑問が沸いた。
「あの、ハメッドさんの怪我具合は?」
ユゴールはため息を吐いて首を振る。
「あかん。しばらく芋虫や。それに骨はまだ、くっつくんやけど片膝は腱が切れてるからな。一か月もすりゃあ、徐々に歩けるようにはなってくるらしいが、それもせいぜい日常生活が可能とかいう範囲までの話で、元通りの運動能力はまったく望めん」
「それは……」
アスロは言葉に詰まった。
もともとのきっかけはアスロだったのだから申し訳なさも強い。
「他にも大勢、殺されたからな。立て直しには人手も銭も要る。ちゅうわけでこの船には高値で売れる武器の類が積んであるねんけどアスロ、おまえ責任を感じてるやろ。この船の護衛をやってや。どうせ、国を出るんやから渡りに船やろ」
ユゴールは懐から紙巻タバコを取り出すと、マッチで火を着けた。
暗闇に、橙色の光点が浮かぶ。
「それは、ありがたいけど大丈夫ですか?」
こんな、人目に付きにくい時間帯とはいえ、アスロにもユゴールにも間違いなく監視は付けてある。
にも関わらず、アスロを逃がすというのは新たな火種を招きかねない。
「ええねん。ガンザノフのボケもオマエに負けてしばらくは勢いが出せんやろ。それに古株の戦争狂どもはほとんど、始末したしな。はっきり言って、今の時点で狼の教導隊なんて怖くないねん」
しかし、優秀な候補生はほとんど無傷で残っている。
戦力としては十分に脅威だろう。
「あ、勘違いしとるな。アスロ君。他人の腰を引かせるっていうのは腕が立つとか、命令に忠実とか、そういうとこじゃないのよ。どんだけ厄介かを相手に思い知らせる頭のおかしさや行動の不気味さがいつだって要るのよ。ほな、アスロ。半年後に片足を引き摺ったハメッドと再会したとして、舐めてかかれるか?」
言われて生々しい想定をアスロは浮かべた。
あの、獣のような目つきの男は、半年後どころか、ほとんど身動きできない今、遭遇したとしても最大限の警戒を欠かせない。
「あ、そうや。ハメッドの兄さんから伝言預かってるで。なんや、ウチを泣かせたから今度会ったらボテクリまわすって」
横からルドミラが口を挟み、アスロは顔をしかめた。
「まあ、この辺はボージャ閣下とガンザノフもわかっとったやろう。しかし、何をするかわからん連中を抱えるってのは、それはそれで苦労も多いから、ごそっと斬り捨てた気持ちもわかるけどなぁ」
紫煙を吐き出すユゴールは他人事のように話すが、最も厄介な部下というのはこのユゴールに違いあるまい。
「ワシもな、やられっぱなしじゃおれんから、クソ優等生どもを端から闇討ちしてやろうと思ってんねん。戦闘中以外にも時間は流れるっちゅうことをあいつらに教えてやるわい」
暗闇に、ユゴールの目がギラりと光った。ハメッドと同種の、獰猛な目つきである。
なるほど、戦闘の腕前では大した事のない、この道化のような男が確かに恐ろしい。
アスロは納得して頷いた。
「巻き込まれたいなら残れ。存分に巻き込んだるわ」
「絶対に、嫌です」
アスロは明確に断った。
しばらくは厄介ごとから距離を取っていろいろと考えたかった。
自分が盲従してきた革命への思想や、それを言い訳に命を奪った人々。
ただ、自らの命を守るために殺害した人たち。
ウーデンボガやガンザノフのような強敵。
旅の途中で出会った老婆や労働者。
そうして、どこかで致命的なまでに接し方を間違えたユーリのこと。
「まあ、ええやろ。そろそろ船に乗れや。荷物の運び込みは終わってる。あとはこの木箱とおまえら載せて出航や。河を下って七日、船を乗り換え、荷を載せ替えて海を渡って三日。河賊や反革命主義者、それに他国の沿岸警備隊やら海軍やら兼業海賊団も出て来るが、おまえらが歩いてきた道のりに比べりゃあ、ぬるいもんや。船旅を楽しめ」
ユゴールは木箱から降りて火のついたタバコを頭上で大きく振った。
船から屈強なジプシー風の男が二人、降りて来て木箱を船に運んで行った。
「ちょ……海軍まで出て来るんですか?」
「当たり前やんけ。他国の反政府組織に武器を送る密輸船やぞ。あっちもこっちも敵も味方もない。大砲かてバンバン撃ってくるわ。しっかり気張って、ワシの積み荷と部下を守れよ」
ユゴールは分厚い手のひらでアスロの背中を叩いた。アスロの表情が歪むのは、決して骨折に響く痛みだけが原因ではない。
道理で、やたら親切だと思った。
護衛の名目で海外脱出を手配してくれたと思えば額面通り、護衛だったのだ。
「おまえらやったら、上手くやる。そう信じとるのも事実やで。なあ、ルドミラ」
アスロがルドミラに視線を動かすと同時に、唇を押し当てられていた。
背に手を回されたが、こちらは優しくて不快さもない。
アスロもそっと手をまわし、ルドミラの背を撫でた。
たっぷり、一呼吸分の時間を経過し、ルドミラは名残惜しそうに口を離しす。
「落ち着いたら、迎えに来てや。なんも持たんと待ってるから。それから、ニナ。あんたの無事もついでに祈ってやるわ。感謝せえよ」
憎まれ口に、ニナが苦笑を浮かべる。
「ありがとう。私も、あなたたちとの生活は楽しかったわ。リリー姉さんにもよろしく」
「うん。ほな、ね」
アスロとニナは二人と別れ、渡し板を上って乗船した。
数人の船員が渡し板を引き上げ、桟橋側の人足が船を固定していた綱を切ると、船は河の流れに乗ってゆっくりと進んでいく。
山の影に沈み、都市は真っ暗だったが、東の空は既に白んでいる。
甲板の縁から身を乗り出しても暗闇の中のルドミラは既に見えないが、もう間もなく、太陽は彼女も照らすだろう。
アスロは離れつつある真っ暗な桟橋に向かって力いっぱい手を振るのだった。
劣等市民の俺だけどSSRパーティから追放されて美少女な聖女と逃げることになりました イワトオ @doboku
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