6-3

 旅立ちというには最高すぎる青空が広がる、ある日の昼下がり。


 詞御は駅のホームにいた。本当は直ぐにでも出発したかったのだが、「完全回復するまでおとなしくしてなさい」と、過保護とも言える依夜とセフィアの言いつけで、数日間の入院を余儀なくされたのだった。

 

 そして、退院後、思い立ったが吉日とばかりに、急いで準備を終えて、こうして駅にいる。服装は養成機関の受験時に着ていた特殊素材の服、左手首には女王から貰った刀――待機状態――のリングを嵌めている。そして、手元には凍結が解除され、再発行されたエース・ライセンスがあった。


 それを詞御は何度も何度もポケットから出しては入れ、感慨深く見つめる。


「これでやっとやりたいことが出来る」

「嬉しそうですね」

「そりゃあ、これを目的で闘ったわけ……で?」


 独り言に返されたので、つい答えてしまった訳だが、はて、どこかで聞いた声で……、


「い、依夜? なんでここにいる? 学校は、というか公務はどうした?」


 後ろから聞こえた声に、詞御は慌てて振り返りながらその名を紡ぐ。そこには制服に身を包み、更に、左肩にどでかくて真四角なケースを掛け、大きなキャリーケースを引く依夜の姿があった。


「あの~、つかぬ事をお聞きしますが、その肩掛けの真四角なケースとキャリーケースの中身は一体なんでしょう?」

「これですか? 肩掛けのは新調したばかりの折りたたみ式の戦斧が収納されています。キャリーケースの中は二十日分の着替えです」


 それがなにか? といわんばかりの顔をする依夜。

 詞御は頭が痛くなった。依夜の意図するところが分かったから。だから、説得するために言葉を発しようとしたが、依夜から先手を打たれる。


「見聞を広めて来いって、お母様が。はい、これ」


 そう言いつつ、依夜は手紙を詞御に渡す。詞御は恐る恐るそれを手に取ると、開けたくは無かったが、開けないと後で色々拙いことになりそうで、〝仕方なく封を切る〟という選択肢しかなかった。


『高天さんへ。そうそう付け忘れてましたが、高卒扱いの件、貴方の旅に依夜も同行させるのも条件の一つに加えます。もし、このまま依夜を送り返したら、高卒扱いの件、つまりはエース・ライセンスの凍結解除は取り消としますので、そのおつもりで。依夜の武者修行の為とでも思ってください』


 がっくりと詞御は肩を落とした。何を考えているんだ、あの女王ははおやは。

 浄化屋稼業は危険を伴うのを知らないわけでは有るまい。確かに、依夜の実力ならば、並みの者にはそうそう遅れは取られないだろうが、それでも危険がまったく無いという訳ではないのだ。戦場いくさばでは予測が付かない事も起きるからだ。


 しかし、条件に付け加えられてしまった以上、突っぱねて依夜を返す事も出来ない。詞御は途方にくれたくなった。

 そういえば、もう一枚あったな、と思い、見ると、


『娘に手を出したらゆるさん。国王より』


 何か得体の知れない物が詞御の肩に重く圧し掛かってくる錯覚を感じた。


「……浄化屋は、危険な稼業。それは分かってるいるのか?」

「勿論、覚悟の上でここに居ます。決して、生半可な気持ちで付いてきたのではありません!!」


 依夜の眼を、親友からもらった紅い眼を見れば、確かに真剣な眼差しだった。そして、譲れない、という決意も読み取れる。詞御は一度だけ深いため息をし、依夜に右手を差し出した。


「……分かった。同行を許可するよ、これからよろしく」


 それを聞いた依夜は嬉しい顔をして、か細い腕の小さな手で詞御の手を握り返す。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 こうして詞御の浄化屋としての再開は、思わぬパートナー――依夜を得て再び始まった。

 ある意味、この日が波乱の幕開けの日となることを詞御は未だ知らない。

                                                             

                                                             【完】

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俱(とも)に纏(まと)いし、纏われし ― 〔新たなる一歩〕― 緋村 真実 @makoto_himura

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